発行部数の黄金期が1990年代なのは事実ですが、80年代のジャンプには魅力的な作品が実に多くまた、90年代を彩った超人気作が登場したのも80年代だっといえるでしょう。
80年代前半
1980年、公称発行部数が300万部を突破。
-「北斗の拳」
-「3年奇面組(のちの「ハイスクール!奇面組」)」
-「キャプテン翼」
-「ブラック・エンジェルズ」
-「風魔の小次郎」
-「よろしくメカドック」
-「シェイプアップ乱」
-「銀牙 -流れ星 銀-」
-「Dr.スランプ」
-「ストップ!! ひばりくん!」
-「キャッツ♥アイ」
-「キックオフ」
-「ウイングマン」
凄いラインナップです、全部読んでました。
80年代中盤
1984年12月の年末最終号(1985年3・4合併号)で公称発行部数が400万部を突破。
-「ドラゴンボール」
-「きまぐれオレンジ☆ロード」
-「魁!!男塾」
-「ついでにとんちんかん」
-「シティーハンター」
-「聖闘士星矢」
-「県立海空高校野球部員山下たろーくん」
などがヒット。
80年代後半
1988年12月の年末最終号(1989年3・4合併号)で公称発行部数が500万部を突破。この頃に発売したファミリーコンピュータのゲームソフト紹介コーナーが登場。ゲーム紹介コーナーはゲーム機の主役が変わった後も続くこととなります。
-「ジョジョの奇妙な冒険」
-「燃える!お兄さん」
-「BASTARD!! -暗黒の破壊神-」
-「ろくでなしBLUES」
-「ジャングルの王者ターちゃん」
-「まじかる☆タルるートくん」
-「DRAGON QUEST -ダイの大冒険-」
-「電影少女」
などがヒット。いずれも言うまでもなく人気作品でしたね。
超黄金期到来~ドラゴンボール終了と共にマガジンに抜かれた1990年代
少年漫画雑誌の絶頂期とも呼ばれる90年代。そのなかにあってジャンプは空前絶後の黄金期を迎えることとなります。後半には失速したとはいえ、もはや国民的娯楽の代名詞といってもよいポジションを確立した時代であったと言えます。
90年代前半
公称発行部数は1991年3・4号で602万部を突破。週刊誌が全国紙の発行部数を抜いたとして一般メディアも報道しました。
-「花の慶次」
-「SLAM DUNK」
-「珍遊記 -太郎とゆかいな仲間たち-」
-「幽☆遊☆白書」
-「BØY」
-「地獄先生ぬ〜べ〜」
-「NINKU -忍空-」
-「とっても!ラッキーマン」
などがヒット。
90年代中盤
1994年12月の1995年3-4号で653万部の歴代最高部数を達成したものの、その後ドラゴンボール、SLAM DUNK品が立て続けに終了して公称発行部数が減少に転じました。
-「るろうに剣心 -明治剣客浪漫譚-」
-「みどりのマキバオー」
-「陣内流柔術武闘伝 真島クンすっとばす!!」
-「セクシーコマンドー外伝 すごいよ!!マサルさん」
-「封神演義」
-「遊☆戯☆王」
などがヒット。
90年代後半
発行部数がこれまでの公称から印刷証明付部数(実際に発行した証明のある部数)に切り替わりました。その結果、1997年48号でマガジンに発行部数を抜かれることとなります。しかしながら、日本を代表する漫画は登場したのはこの時期でした。
-「ONE PIECE」
-「NARUTO -ナルト-」
その他には
-「花さか天使テンテンくん」
-「I"s」
-「世紀末リーダー伝たけし!」
-「ROOKIES」
-「ホイッスル!」
-「HUNTER×HUNTER」
-「シャーマンキング」
-「ヒカルの碁」
-「テニスの王子様」
などもヒット。
どちらかというとこの少年漫画雑誌黄金期は、団塊ジュニア世代が社会人になっていったことで緩やかに終焉を迎えたとみるのが正しいように思います。
ドラゴンボールの戦闘力は絶大!「週刊少年ジャンプ」発行部数の推移とドラゴンボールの相関関係!! - Middle Edge(ミドルエッジ)
