世界を代表するヤンチャなドラマー「キース・ムーン」とは?
60年代から現在に至るまで、ビートルズ、ローリング・ストーンズと並んでイギリス「3大ロックバンド」の一角として君臨する「ザ・フー(The Who)」。影響を受けたミュージシャンも数多く、ロックファンであれば必ず耳にしたことのあるバンドかと思います。そんなザ・フーの元ドラマーで、2016年の「ローリング・ストーン誌の選ぶ歴史上最も偉大な100人のドラマー」にて第2位を獲得した「キース・ムーン」という人物を皆さんご存知でしょうか?

キース・ムーンが引き起こした「破壊」伝説の数々!!
「マイ・ジェネレーション」「サマー・タイム・ブルース」といった、ザ・フーの代表曲の多くでドラムスを担当したキース・ムーン。ロックファンであれば誰もが知るバンド「レッド・ツェッペリン」の名付け親でもあります。こういった話だけを聞くと、凡百(?)の一流ミュージシャンに見えるのですが、キースを語る上で重要なのは、音楽にまつわるエピソードだけではありません。彼を伝説たらしめているのは、その私生活の「破壊王」っぷりです。
ホテルの部屋を爆破!
ツアーなどで世界各国を回っていたザ・フー。当然宿泊のためホテルを借りるのですが、キースが泊まった部屋は必ず「滅茶苦茶に」破壊されます。トイレに爆竹を詰め込んで破壊したり、ホテルの家具を窓から放り出すなど、やりたい放題の様相を呈していました。

ホテルに車で正面から突っ込む!
さらに部屋での破壊行為に留まらず、リムジンでホテルのフロントに突っ込み「部屋のキーをくれ」と言ったという逸話も。このような破壊活動を繰り返したため、ザ・フーは全てのホテルチェーンから出入り禁止の処分を食らうこととなりました。しかしキースはそれにめげず(?)、友人の家や自分の家を破壊。自宅の窓をショットガンで吹き飛ばしたり、自分の誕生パーティーで消火器をまき散らすなど、暴挙の限りを尽くしました。

展覧会の絵をビリビリに破る!!
キースがとある展覧会に足を運んだ時のこと。とある絵を指差し「この絵はいくらなのか?」と尋ねたキースは、その絵が500万円だと告げられると「そんなものか」と言い放ち、絵をビリビリに破り捨てました。その後おそらく弁償したのでしょうが、「気違いに刃物」という慣用句があるように、キースのような人物が巨万の富を得るのはホテルでの破壊行為同様、非常に危険だとわかります。

パーティーで必ず全裸に!!
この手の人物にありがちですが、キースはパーティーのような場では必ず全裸になったそうです。もちろん破壊行為も伴います。あまりにも彼の振る舞いが酷いため、彼の家の近隣のパブは全て出入り禁止に。入店できる店の無くなったキースですが、なんと自ら出資してパブを開店。そして、そこで破壊活動及び全裸になることを楽しんだそうです。
メンバーの耳も爆破!!
キースの破壊活動ですが、その被害はメンバーの身体にも及びました。1967年に出演したテレビ番組で、ドラムに閃光粉を仕込んで演奏の最後に爆発。その影響で、メンバーのピート・タウンゼントは一時耳が聞こえなくなる事態に。同じくメンバーのロジャー・ダルトリーも鼓膜が破れる怪我を負い、キース本人も腕に切り傷を負う事態となりました。

スティーヴ・マックイーンへの執拗なストーキング!!
上述の通り、常人では考えられない異常行動の数々を繰り広げたキース。その被害は、彼の自宅の隣人にも及びました。その隣人とは、「荒野の七人」「大脱走」などで名を馳せた名俳優、スティーヴ・マックイーンです。

車で庭に乱入!
スティーヴ・マックイーンの家の隣に自宅を構えたキース。まずは挨拶代わり(?)に、車を暴走させスティーブの家の壁をぶち破り、庭に乱入しました。ホテルで同様の事件を起こした際には「部屋のキーをくれ」と言ったキースですが、この時は高笑いをしながら帰ったとのこと。なお、スティーブ宅への侵入には失敗した模様です。

ジャンプ台を作りバイクで乱入!
キースの奇行は、もちろんこれだけでは終わりませんでした。車での突入に失敗(?)したキースですが、今度は自宅にジャンプ台を作り、バイクを使ってスティーブの家の塀を飛び越えようとしたのです。この奇行にはスティーブも応酬、飛び越えられないレベルの高さの塀を作ったのですが、今度は何故かキースもそれより高い塀を建造。バイクでの突入が無理ゲー(?)となってしまいました!

子供にドラッグを薦める!
キースの奇行ですが、それはスティーブ本人に留まりませんでした。今度は彼の息子にターゲットを絞ったキースは、息子にマリファナを勧誘。一緒にトリップすることを試みたのですが、当然ながら拒否されたため、結局つかみ合いの喧嘩を開始しました。どちらが勝利したのかは定かではありません!

他にも、スティーブ家でパーティーが開かれている際に、自宅にトランポリンを設置してピョンピョン飛び跳ねながら監視をしたり、ナチスの軍服を着てスティーブをストーキングするなど、常軌を逸した迷惑行為を続けたキース。スティーブは1980年に癌で亡くなっているのですが、キースの与えた心労が影響とも言われています。

キース・ムーン、案の定ドラッグで死亡!!
上述のような常軌を逸した行動を取り続けたキースですが、その奇行の原因のひとつとして挙げられるのは「薬物の乱用」です。ザ・フーは大半のメンバーがドラッグで汚染されており、その中でも特にキースは乱用度合いが酷く「特殊部隊が小さな宇宙人を使って俺を監視している」といった幻覚を見るほどでした。
薬物乱用の結果、体調悪化が極限に達し…
「動物用麻酔銃の麻酔と酒を混ぜ、それを飲んで倒れたりする」といった自身の体を蝕むような言動も目立ち、キースの健康状態の悪化が原因でライブが中断する事態が続出。1976年後半から1978年にかけては、キースの体調が原因でザ・フーはライブツアー自体を開催することが出来ませんでした。

1978年9月7日、死亡確認。
その一方で、キースはアルコール依存症の治療を開始するなど更生に向けて動き出していたのですが時すでに遅く、1978年9月、ポール・マッカートニーのパーティーに参加したキースは薬物乱用と飲酒でハメを外してしまい、翌日、自宅のベッドで死亡しているのを婚約者に発見されたのです。まだ32歳の若さでした。
キースの死の一報は瞬く間に世界を駆け巡り、バンドメンバーのピート・タウンゼントは「俺達はロック界きっての天性のドラマーを失った」とショックを隠し切れませんでした。キースの遺体はロンドンで荼毘に付され、葬儀ではエリック・クラプトンを始めとした錚々たる顔ぶれが彼の死を悼んだと言います。

破壊されるのを恐れたため?キースの墓石はありません!
なお彼の遺灰ですが、ロンドン郊外の墓地に広がる芝生に撒かれたため、キースの墓石は残されていません。これはキースの墓石が爆破されるのを恐れての対応でしょうか?ちなみに、墓地の一角にキースがここに眠ることを告げるプレートがあります。こちらはイタズラや爆破はされていないようです。「俺は偉大なドラマーになろうなんて思わない。ザ・フーでドラムスが出来ればそれでいい」と生前語っていたキース。ザ・フーの唯一無二のドラマーとして、これからも伝説として語り継がれることでしょう。

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