昭和生まれで平成を駆け抜けたアイドルレスラー『キューティー鈴木』の現在

昭和生まれで平成を駆け抜けたアイドルレスラー『キューティー鈴木』の現在

平成の時代に巻き起こった「女子プロレス」ブーム、かつての三度と大きく違うのは団体が複数存在した事です。 それにより各団体でエースと呼ばれるアイドル的存在のレスラーも出現し、男性ファンの視線を釘付けにしました。 今回はその中で知る人ぞ知る究極のアイドルレスラーである「キューティー鈴木」をご紹介しましょう。


キューティー鈴木ってどんな選手?

では早速「キューティー鈴木」についてご紹介していきましょう。知ってる人にはおさらい、知らない人にはご案内としてまずはプロフィールからいってみましょう。

【プロフィール】

●本 名 : 原嶋 由美(はらしま ゆみ) 
●身 長 : 155㎝
●体 重 : 55㎏
●誕生日 : 1969年10月22日(49歳) ※2019年6月現在
●出身地 : 埼玉県川口市
●学 歴 : 川口市立川口女子高等学校 中退
●デビュー: 1986年9月19日

【経 歴】

かつては「キューティー鈴木」と聞いて知らない人はいなかったんじゃないかと思わせるほど、ドラマやCM、グラビア等数多くのメディアに出演していました。それでいて本業は「女子プロレスラー」ということから『史上最高の美女レスラー』と言われたこともあります。
女子プロレスブームの波は「第1波:マッハ文朱時代」、「第2波:ビューティーペア時代」、「第3波:クラッシュギャルズ時代」、そしてキューティー鈴木等が活躍した第4波の対抗戦時代に分けられます。
キューティー鈴木もそのブームの中で憧れを持つ1人として、1985年に「全日本女子プロレス」のオーディションを受けることになります。規定では160㎝以上なのに、履歴書にはサバ読みで応募しましたが、第一次審査で見事に落選します。
更に高校時代には中学生から始めたハンドボール部に所属しますが退部し、柔道場に通い出します。そして高校1年生の10月、「全日本女子プロレス」へリベンジを果たすため再度応募したんですが、今度は書類審査で落選。しかしプロレスの神様はキューティーを見捨てていませんでした。
『捨てる神あれば拾う神あり』、1986年に新団体「ジャパン女子プロレス」が旗揚げするという情報を聞きつけ即応募、体力テストと「ジャッキー佐藤」の面談を受けて見事合格し女子プロレスの世界に足を踏み入れることになります。

【テーマ曲】

プロレスラーにとって入場曲はとても大切なもので、新人時代を除くとほとんどが本人のお気に入りが使われています。「〇〇選手の入場です!」とコールされテーマ曲が流れだすと、会場の雰囲気は一変し観客は上気し、選手のテンションも最高潮に達します。未だにキューティーの入場シーンは目に焼き付いて離れません。テーマ曲に乗り白いロングガウンを身にまとい、颯爽とリングインすると右手を挙げて歓声に応えるお決まりのルーティーンがありました。
思い出に浸るのはここまでにして取りあえずお聴きください。

アイドルとレスラーの板挟み

【練習時間がない!】

「キューティー鈴木」というリングネームの名付け親をご存知でしょうか?実はあの「秋元康」さんなんですね。ちなみに「アップル鈴木」や「キウイ鈴木」なども候補に挙がったそうですが、本人曰く「当時はキューティーというのにも不満があった」そうです。
さて、めでたく女子プロレスラーとなったキューティーですが、理想と現実の間で悩み始める時期がやってきました。とにかく「全日本女子プロレス」OGの「ジャッキー佐藤」や「新日本プロレス」の山本小鉄氏の練習のキツさに耐え兼ね、『出来ない子』の烙印が押されかつ試合も組まれず料理番や場内整理ばかりでした。そうしているうちに団体は大手芸能事務所と提携し、広告塔となる選手を作り出そうと画策しキューティーに白羽の矢が立ちました。
同期の「尾崎魔弓」との対立という構図を作り、次第に尾崎にひたすらいじめられるキューティーに注目が集まることになります。間もなく芸能メディアからのオファーが増え始め、グラビアやイメージビデオにも起用されるようになりますが、反面レスラーとして練習する時間が削られ体の動きが悪くなってきました。

裏方仕事が出来ず嫉妬の的に

そんな毎日が繰り返されそのうち、芸能の仕事現場から試合会場へ向かい試合をこなして、即芸能の現場へ戻って行くということが当然のようになっていきます。お客さんもキューティー目当てで増え始めますが、皮肉なもので選手の間では「リング作りなどの裏方仕事をしない」等の不満が芽生え始め、日ごとに人が離れていき団体内で疎外感を味わうことになります。
また芸能の仕事は顔が命なのでキューティーへの顔面攻撃はご法度となる始末、徐々に対戦相手からは嫉妬心からくるえげつない攻撃を受けることになりました。

「ジャパン女子プロレス」からJWPへ

【JWPメンバーとして新たな船出】

そうしているうちに一旦は取り戻したお客さんも離れ始め、1992年1月26日遂に「ジャパン女子プロレス」は崩壊し解散することになります。選手達は自分の道を模索しますが結果的には『LLPW』と『JWP女子プロレス』に分裂しました。本当はこの時キューティーはプロレスを辞め普通の仕事に就くことを考えていましたが、周りの空気に流され辞めるということが言えず尾崎と共にJWPへの道を歩むことになりました。この時所属選手は総勢8名でしたが1992年4月に旗揚げへとこぎつけ、一時は「後楽園ホール満員伝説」という言葉を生み出したほどの人気団体まで登り詰めました。

【ライバル・井上貴子との激闘】

1993年には「全日本女子プロレス」「JWP女子プロレス」「LLPW」「FMW」と他団体化が進み、団体の威信をかけた対抗戦がブームにより女子プロレス人気が再燃することになります。
ちなみにこの対抗戦、最終的には東京ドームで開催されるまでの規模に膨れ上がりました。当初興味を示さなかったキューティーでしたが、「全日本女子プロレス」所属の「井上貴子」との試合には燃えたそうです。「全女の井上貴子」と「Jのキューティー鈴木」の熱戦はアイドル対決として対抗戦の目玉カードにもなりました。その時の映像が残っていますのでご覧ください。

【キューティー鈴木の代名詞となったフィニッシングホールド】

キューティーの得意技は幾つかありますが、やはり最後に相手を仕留める技として多用していたのが、「ダイビング延髄ニー」でしょう。これはコーナーポストから相手の後頭部めがけて膝を落とす技で、当初は試合の流れを変えるために使っていたようですが、次第にフィニッシングホールドとして使われるようになりました。また引退後は長年キューティーの付き人を務めた「日向あずみ」(引退)へと受け継がれました。

引退、そして母として

親の反対を押し切り踏み入れることになった女子プロレスの世界でしたが、「レスラーとしてやり残したことはもうない」また「後進へ道を譲る」という観点から1998年12月27日現役を引退しました。
経験が長いのに目に見える怪我もなく第2の人生を歩いています。引退後はしばらく芸能活動を継続していましたが、30歳の時3歳年下で「シュートボクセ・アカデミージャパン」代表の「原嶋秀行」さんと結婚しました。現在は中学1年生と小学2年生の男の子の母として子育ての第一段階も終えて、新しいステージを模索中だと聞きます。

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