泣きゲーの誕生
1990年代から続々と発表、発売されていった。意外と新しい?それまでのただエロいだけという事に主眼に重きを置いていたエロゲーが、ストーリーに重点を置いた感動作、後の泣きゲーという一大ジャンルを形成していった。
1985年に発売されたJASTのアドベンチャー形式のアダルトゲーム。このゲームがアドベンチャーゲームの基本的な形を作り出した。これが後の泣きゲーへの進化の元。
泣きゲーとは
感動作。映画で泣くような、恋愛に主眼を置いたゲーム。エロが入っていれば良いというまだまだ大雑把な時代。その自由な雰囲気が様々なテイストを含んだゲームとなって発展していく場所になっていたのだと思います。
泣きゲーとは先ずはエロゲー
同級生
泣きゲーの前にはこのようなエロゲーも。すべてのキャラを攻略する為に寝る間を惜しんでプレイしたことだと思います。闘病生活を送っていたキャラに泣きゲーの要素が感じられます。
エロゲーのブランド化
1990年代からエロゲーの異常な進化が始まっていく。今までのしょぼいグラフィックから専門の原画家を採用し、ヒット作の原画家も人気となる。泣きゲーで一躍有名となったメーカーが続々と誕生していった。Leaf、elf、keyは有名ですね。また、シナリオを書いた人も注目を浴びていきました。
泣きゲー
雫
このゲームが泣きゲーの基本要素のテキストを読ませるという形を作り出した。このゲーム自体は泣きゲーと言えるかは、意見が分かれるとは思いますが。
To Heart
To Heart。このゲームに登場するあるキャラが非常に高い関心を得ました。そのキャラのシナリオが泣きゲーと言われた部分になるでしょう。
Kanon
Kanonは泣きゲーとして非常に高い関心を受け、エロゲーでありながらアニメ化も果たすなど、世間の関心を引き、泣きゲーというものの認知度を挙げて行った。
この世の果てで恋を唄う少女 YU-NO