現在絶賛公開中の映画『アイ、トーニャ 史上最大のスキャンダル』が、実はミドルエッジ世代を中心に話題を集めている。

『アイ、トーニャ』ポスター
実際、朝のワイドショーでも本作の紹介VTRや観客へのインタビュー映像が放送されたほどなのだが、当時リアルタイムでこの事件報道を見た我々ミドルエッジ世代にとっては、どうしてもトーニャ・ハーディングが一方的に悪役にされ、逆にケリガン側が悲劇のヒロインとしてクローズアップされていた印象が強かった、この世界的な大スキャンダル!
現在公開中の映画『アイ、トーニャ』では、あくまでもハーディング側の視点から真相が語られるのだが、実はもう1本の実録映画、しかも事件直後にアメリカで放送されたTVムービーがあるのをご存知だろうか?

『氷上の疑惑』VHSビデオ
そのタイトルは『氷上の疑惑』。『アイ、トーニャ』とは違い、ちゃんとケリガンとハーディング二人の視点から事件が描かれ、公開中の映画では語られていない重大な事実も赤裸々に描かれているこのTVムービーを、今回は是非取り上げてみたいと思う。
だがその前に、ここでもう一度ケリガン殴打事件の方を振り返ってみることにしよう。
あのナンシー・ケリガン殴打事件とは、いったい何だったのか?

因縁の二人、ハーディング(左)とケリガン(右)。
1994年の、リレハンメル・オリンピックの選考会となる全米選手権の会場で、当時代表選手の最有力候補だったナンシー・ケリガン選手が、会場に侵入していた不審者により膝を殴打され、そのせいで全米選手権を欠場するという事件が発生!
その結果、ハーディングはこの大会で優勝を果たし、見事にオリンピック代表選手に選ばれることになったのだが、発生から2週間後、事件はハーディングの元夫であるジェフ・ギルーリーらが逮捕されるという、驚くべき展開を見せることになる。その後、次第にハーディングにも疑惑の目が向けられ始めたが、彼女はそのままオリンピック代表として出場。負傷したケリガンも奇跡の回復を見せて同じくオリンピック代表として出場し、見事総合で2位の銀メダルに輝いている。一方のハーディングは、事件の余波に苦しめられたためか、結局8位入賞に留まった。
オリンピック終了後の1994年3月16日、ついに自身の罪を認めたハーディングは、3年間の執行猶予、500時間の奉仕活動、罰金16万ドルの判決を受けることになった。
その後、全米スケート協会は、1994年全米選手権での優勝と1999年までの公式大会出場権やコーチになるための権利を剥奪。1998年には、アメリカのテレビ番組でハーディングがケリガンと対面して直接謝罪したことで、ついに両者の間に和解が成立することとなり、こうして史上最大のスキャンダルは、遂に収束することになったのだった。
映画でこの事件に興味を持たれて、もっと詳しく知りたいと思われた方は、以下のリンクからどうぞ。
幻のTVムービー『氷上の疑惑』の概略

日本版VHSソフトのジャケット
この作品がアメリカで放送されたのは、襲撃事件の判決が出た直後の1994年4月30日のこと。日本でビデオリリースされた時の邦題は『氷上の疑惑』だが、原題『TONYA AND NANCY:INSIDE STORY』の通り、被害者と容疑者の二人を同時に描いた内容となっているのが特徴だ。事件直後の放送ということもあり、今回の映画化では語られていない部分や人物についても、隠さず赤裸々に描かれている本作は、正にこの事件の背景と真相を知るための最良のテキストと言えるだろう。
しかし残念ながら、現在に至るまでDVD化が成されていない本作。
幸いアマゾンなどではプレミアも付いておらず、当時のVHSソフトが数百円で入手可能なので、興味を持たれた方は是非入手して頂ければと思う。
TVムービー『氷上の疑惑』の内容紹介
本作の進行は、この事件を取材しているジャーナリストが観客に語りかける形で物語が進むという形で進むのだが、途中で関係者のインタビューが挟み込まれる形式を取っており、この部分は現在公開中の『アイ、トーニャ』でもちゃんと踏襲されている。

本編のタイトル部分。
原題は、『TONYA AND NANCY:INSIDE STORY』。

この男が本作の進行役

母親はやっぱりソックリ!

父親に銃を教わるハーディング。
『アイ、トーニャ』でも同様のシーンが登場しているが、父親と二人で道端のビンやカンを拾って換金してスケート代に充てる描写など、彼女の貧しさと父親との絆は本作の方が詳しく描かれている。

実は事件発覚は匿名のタレコミのせいだった!

なんと、密告者は女性!
実は意外なことに、本作では女性の情報提供者によるFBIへの通報から事件が発覚したことが描かれている。

実は兄がいた!

ケリガンを演じるのは、あのホラー映画の名女優!
本作でナンシー・ケリガン役を演じているのは、何と偶然にもあのホラー映画の名作『エルム街の悪夢』シリーズのヒロインのナンシー役で有名な、ヘザー・ランゲンカンプその人!
太い眉毛が印象的な彼女のその後の活躍を見るためだけでも、本作はホラーファンに是非オススメしたい作品だと言える。

襲撃シーンは意外に呆気ない。

実はトーニャ自身も積極的に関わっていた!
本作ではあくまでも元夫の証言としてだが、実はハーディング自身が襲撃を持ちかけたことや、ケリガンの練習スケジュールの確認の電話を、ハーディング自身がかけていたことが描かれている。事件直後に製作された映画だけに、信憑性は高そうだが・・・。

なんと、日本のあの選手も登場!
本作にはなんと、史上初のトリプルアクセルを成功させたもう一人の女子フィギュア選手、日本の伊藤みどり選手がまさかの登場!微妙に似ているかも?

最終的には真相は霧の中?
最後に
いかがでしたか?
当時テレビの報道でしか事件の情報が入って来ず、そのスキャンダル性のみが先行・増大して我々に伝えられた感が強かった、このナンシー・ケリガン殴打事件。
今回の『アイ、トーニャ』では、敢えてフィクションと現実との境目を壊すことで、トーニャ・ハーディング側からの偏った視点で事件が描かれる内容に説得力を与えている。
それに対してこの『氷上の疑惑』では、事件直後に得られた情報や裁判での証言などから、あくまでも中立の立場としてケリガンとハーディング二人の人生を描いている。
そのため、実際には事件を警察に通報した情報提供者の女性がいたことや、ハーディングの母親の行動にも同情できる理由があったこと、そして何よりハーディングの義理の兄の存在など、『アイ、トーニャ』では一切語られていない、彼女にとって都合の悪い部分が随所に登場することになるのだ。特に『アイ、トーニャ』で全編に渡って強烈な印象を残す母親が、『氷上の疑惑』では映画の序盤10分ほどに登場するだけなのは、『アイ、トーニャ』を観た今となっては、実に違和感を感じるとしか言いようがない。
この様に、今回の映画化では知ることの出来なかった部分が随所で登場する本作は、事件の真相を知る上では正に必見の作品なのだが、前述した通り未だにDVD化されていないのが困りもの。

1994年に日本でも翻訳が出た、事件への証言を基にした本『氷の炎』
氷の炎―トーニャ・ハーディング | アビー ヘイト, J.E. ヴェイダー, オレゴニアン新聞社スタッフ, Abby Haight, J.E. Vader, The Staff of The Oregonian, 早川 麻百合 |本 | 通販 | Amazon
映像作品以外の資料としては上の写真にある様な、事件の関係者の証言を元にした書籍『氷の炎』が1994年に日本でも翻訳されているが、現在では入手困難となっており、アマゾンでも5000円のプレミア価格が付いている。
『アイ、トーニャ』がソフト化される際には、是非とも本作のDVDリリースを実現して欲しいものだ。