もともと少年を描くのが好きだった竹宮惠子
「少女コミック」でのデビュー作の『森の子トール』でも
少女よりは少年をクローズアップして描いています。
そこに同好の志である増山法恵との共感が拍車をかけて
「少年同士の恋愛を描きたい」という思いがふくれあがります。
ところが世間は「お目目キラキラの少女マンガ」の時代。
萩尾望都のSFですら困難をきわめたのに
少年愛のまかり通るすきまは全くありません。
竹宮惠子は、長期連載の合間に受けた読み切りに対し
どうしても少年が描きたい、と思いつめ
少年同士の恋愛の短編『雪と星と天使と・・・』をすり替えて提出してしまいます。
これが『風と木の詩』の最初の習作となる作品でした。
『雪と星と天使と・・・』 扉絵
神田神保町 古典籍 自然誌関係古書専門 ふくべ書房
たまたま代原(代わりに掲載する原稿)がなかったため
このごり押しは通ってしまい掲載されますが
担当に叱られ、自分自身の信用も下がり、
理解を得るにはまだ遠い道のりであることを、あらためて認識することになります。
この作品が発表されたあと
当時集英社で描いていた山岸凉子が、大泉サロンを訪ねてきます。
「自分もやってみたいと思っていたことを発表した人がいて驚いた」と。
少年愛の世界を描くのは遠い道のりではあるけれど
間違いなく需要があることを確信し
少年が主人公ではあるものの
少年の動きにこだわりリズミカルに描く作品を、ミュージカル的な仕立てで連載しはじめます。
編集サイドの理解を広げる意味もあったのかもしれません。
『空がすき!』プチコミックスカラーイラスト
ライバルへの嫉妬と苦悩
しかし一方で、竹宮惠子は
大泉サロンで一緒に住み一緒に活動する萩尾望都との差を、痛切に感じ始めていました。
萩尾望都の表現力、構成力、素材を扱う新鮮な視点
そしてその結果得られる業界内外の評価が、竹宮惠子を少しずつ苛んで行きます。
萩尾望都の描く世界、
ヨーロッパの映画のように、説明もないままに静かに情景からはじまり、
導入へと至る表現は、これまでの少女マンガにはないものでした。
その形が、いつの間にか大島弓子や他の作家にも表れてきて
竹宮惠子は「自分の作品スタイルは古いのではないか」と思い悩みます。
あれだけ革命を起こしたい、突破したいと反発した古い形に
自分が陥っているのではないかと。
大泉サロンの解散
竹宮惠子にとって、【大泉サロン】という場所は
萩尾望都との差をいやがおうにも見せつけられる
精神的に非常にきつい場所になってしまっていました。
ちょうど賃貸の更新時期にあたることもあり、
竹宮惠子は「一人暮らしをしたい」と言い出します。
それはすなわち、大泉サロンの解散を意味しました。
少女マンガ界の「トキワ荘」【大泉サロン】は、2年間で終了となりました。
『ファラオの墓』という踏み切り板
ちょうどそのころ、竹宮惠子の担当編集者が代わります。
それまで少年誌にいて、少女マンガのセオリーにはこだわりのない新担当は
「読者アンケートで1位を取ったら描きたいものを描かせる」と提案をしてきます。
すべては、ジルベールを描くために。
ジルベールの物語を世に出すために、
読者アンケートで1位を取れる作品を描こうと竹宮惠子は決心します。
では1位を取れる内容の作品とはどのようなものか?
ラブコメがまだ大きなシェアを持っている世界の中で
ラブコメを描きたくない竹宮惠子が見せられる世界とは何か?
増山法恵に相談してたどりついたものは「貴種流離譚」。
高貴な生まれの人間があるきっかけで流され
苦労しながらも周囲の人心を得ながら復活するドラマです。
こうして生まれた作品が『ファラオの墓』でした。
『ファラオの墓』第一巻
ファラオの墓(1) / 竹宮惠子 | 中古 | 少女コミック | 通販ショップの駿河屋
『ファラオの墓』は、エジプトを舞台にした
それまでの少女マンガにはない、スケールの大きな世界を持っています。
ですが最初から完成された構造は持っていませんでした。
アンケートの結果があまりはかばかしくないことを受け
自分の作品に対するテコ入れを、途中から始めたのです。
どんな要素を入れれば読者は喜ぶか
どう登場人物を動かせば、リアルな心情や表現が生まれるか
そのための「脚本」が必要なのだと、竹宮惠子は気づきます。
ただ流されるように絵を話を描くのではなく
人心を掌握するに足る主人公の、説得力のある行動やエピソード
魅力的な悪役や脇役
政治的な背景や世界観
張り巡らせた伏線をカタルシスに導く筋道
これらを、少女マンガの読み手に、わかりやすく、かつ魅力的に読ませる力を
竹宮惠子は『ファラオの墓』を描くことで、獲得していきます。
『ファラオの墓』は結局、読者アンケートの1位は取れなかったのですが
この作品を作り上げたことは、竹宮惠子の作家としての実力と信用の獲得につながりました。
そして『風と木の詩』の連載が決定します。
エポックメイキングとしての『風と木の詩』
今でこそBL(ボーイズラブ)が市民権を得た世界になっていますが
当時は少年同士の性愛(性愛ですよ!)は相当なタブーでした。
(「薔薇族」「さぶ」といった雑誌はありましたが、超マニアな世界でした)
「少女コミック」という少女マンガの一般誌で
これが発表された時の衝撃は忘れられません。
ただ、元祖BLとかいろいろ言われてはいますが
『風と木の詩』で描かれているのは「人が人を求めるということ」だと
わたしは思います。
少年同士の性愛はその手段にすぎません。
「少女マンガ」は少女を、少女の世界を描くもの
というワクを大きく突破し
少女が嗜好する耽美で濃密な世界を、ある意味冷徹な眼で描きながら
人間のドラマとして昇華したこの作品は
1977年1月~1980年5月「月刊マンガ少年」連載の『地球へ・・・』と合わせて
第25回(昭和54年度)小学館漫画賞少年少女部門を受賞しました。
大泉サロン 増山法恵という「美意識のパトロンヌ」
【大泉サロン】の成り立ちや、竹宮惠子の『風と木の詩』が世に出る背景には
「増山法恵」という人物が存在します。
この方はマンガ家を志望してはいましたが、マンガ家ではありません。
(萩尾望都や竹宮惠子の絵を見て断念したらしいです)
この人物を語らずして【大泉サロン】は語れません。
増山法恵は【大泉サロン】を「女性版トキワ荘」とするために
訪れてくる人間をセレクトしていました。
少女マンガに対する革新的な気概があるかどうか
そして何よりも、上手い絵を描くかどうか。
人選と話題の提供、少女マンガの地位向上へのあくなき追求
サロンのいわば「パトロンヌ」として、厳しい意見もたくさん出していたようです。
少女マンガの革命を成功させるため、
よい作品を作り、世間に認められるような立場に立って、要求を通していくためには
「作家であるあなたたちの質そのものが問われている」と。
【大泉サロン】は、少女マンガ界の梁山泊でもあったわけです。
萩尾望都の『ポーの一族』『トーマの心臓』、竹宮惠子の『風と木の詩』の
「少年」というアイコンは
増山法恵のそもそもの嗜好との共感から生まれたものです。
親にピアニストになることを強要されていた彼女は、ウィーン少年合唱団や
稲垣足穂の『少年愛の美学』などの世界の、マンガでの表現を望んでいました。
『風と木の詩』とほぼ同時期に連載をしていた
早世する天才音楽家を描く『変奏曲』のシリーズの原案・原作は、増山法恵です。
変奏曲 vol.1
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今では原作つきマンガは珍しくありませんが、
原作および原案、舞台装置やシチュエーションのプロデュースにまで関わることは
当時は非常に特殊な状況でした。
『風と木の詩』を世に出すために1位を取れる作品をどうするか悩む竹宮惠子に
「世の中にコビを売るのか」と怒りながらも
「貴種流離譚がいい」とアドバイスをしたり
ファンクラブやサイン会の設定・運営等の全面的なバックアップを行うなど
有能で有力なサポーターとして、そして友人として、増山法恵は存在しました。
少年の名はジルベール 2016/1/27 竹宮 惠子 (著)
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反転する視点と驚きと祝福と 大島弓子
もともとは「悲劇担当」
大島弓子は1947(昭和22)年、栃木県生まれ。
1968年、「週刊マーガレット春休み増刊号」(集英社)にて『ポーラの涙』でデビュー。
比較的早い時期に執筆陣の仲間入りをしたものの
「ヒゲタン(悲劇担当)」という枠内に入れられ、作品内容を制限されてしまいます。
とはいえ普通の悲劇だけでは終わりません。
1970年の『誕生!』という作品では、女学生の妊娠をテーマにしていますが
目の前に展開するめまぐるしい(しかも昼メロ的理不尽な)状況に翻弄されながらも
登場人物たちが、心情に心情を重ねながら「誕生」に向けて動いていくさまに
その後の大島弓子の作風の片鱗を見ることができます。
『誕生!』 サンコミックス
誕生 (サンコミックス) | 大島 弓子 |本 | 通販 | Amazon
繊細な線を保ちながらも
「少女コミック」に移ってからは
『ミモザ館でつかまえて』での、高校女教師と男子生徒の激しい気持ちのすれ違い
『ジョカへ・・・』での悲劇的な性転換
『ロジオン・ロマーヌイチ・ラスコーリニコフ』(原作ドストエフスキー『罪と罰』)の
主人公のきつい心理描写など
どれも感情の振り幅が大きくなり、選ぶ題材や舞台装置がどんどんと変化していきます。
移籍後しばらくは、大島弓子の従来の繊細な線を保ちながらも
自由にジャンルを拡大できたのではないでしょうか。
『ジョカへ・・・』 1973年「別冊少女コミック」4・7・9月号
朝日ソノラマ 大島弓子選集第3巻『ジョカへ・・・』p131 1986年
日常のなかに、普段は見えていない「スキ」がある
「少女コミック」誌での掲載が安定してくると
感情の振り幅はそのままながら、舞台装置が少しずつ「日常」に近くなってきます。
大きな仕掛けはなくなり、
そのかわり、ごく普通の日常の中に「不用意さ」「気づかないスキ」が
ぽっかりと口を開けているのを見るような、ぎょっとする感覚が
登場人物たちの感情や行動を促すエネルギーになってきています。
描写が「日常」であるからこそ、際立って見えるのだと思います。
『さようなら女達』 「JOTOMO」9月号 1976年
小学館フラワーコミックス『さようなら女達』p41 1977年
大島弓子というとこれが物議をかもす『バナナブレッドのプディング』
大島弓子の作品について人に聞くと
『バナナブレッドのプディング』を挙げる方がけっこういます。
「大島弓子 バナナブレッドのプディング」でググると
いろいろな感想が出てくるんですよ。
いわく「男性にはわからない」「男性でこれが分かると言っているのがキモい」
まあどっちでもいいんですけど(笑
たしかなのは、この作品は
当の女性にここまで言わせるほどの、とてもとても微妙であやういところを突いた
マンガだと言うことです。