『バナナブレッドのプディング』 「月刊セブンティーン」11月号 1977年
朝日ソノラマ 大島弓子選集第7巻『バナナブレッドのプディング』p170 1986年
主人公の衣良(いら)の言動は、はっきり言ってぶっ飛んでいてエキセントリックで
しかも繊細。
読んでいる自分は「いくら思春期女子でもここまで顕著じゃない」と
思ってはいても
自分の中に確かに「一瞬でくるりと狂気に反転しそうな危うさと脆さ」があり
それが、暗闇の中で綱渡りをしていて、ひやりと湧き上がってくるような
そんな自分自身のこわさがほの見える。
『バナナブレッドのプディング』にインスパイアされた女子が
「男にはわかんねーよ」と言ってしまうのは
きっとそんなところに理由があるのではないかと。
『バナナブレッドのプディング』 「月刊セブンティーン」3月号 1978年
朝日ソノラマ 大島弓子選集第7巻『バナナブレッドのプディング』p354 1986年
『すばらしき昼食』(「ASUKA」6月号 1981年)の中に
「固いつぼみが
くるりと花になるように
みなれた日常が
ぽっかり形を変えそうな
春の夜は
なにやらこわい」
というモノローグがありますが
こうした、日常にひそむ「見えないもの」を掘りおこす
「視点の反転」「発想の転換」的なファクターが集約したものが
次に発表された『綿の国星』なのではないでしょうか。
ただの擬人化マンガではない『綿の国星』
『綿の国星』 「LaLa」5月号 1978年
MFコミックス『大島弓子が選んだ大島弓子選集』2 p4 2008年
擬人化が普通に行われている現在と違い、確かに当時は新鮮な表現だったでしょう。
ですが、ただの可愛い生後3か月の仔猫の擬人化なら、
これほどのブームは起きなかったろうと思います。
ここで「チビ猫」の眼を通して語られる人間の世界は
人間が見ているものからは思いもよらない「驚き」があふれています。
普通に見慣れた日常の風景や
交わしている習慣やしぐさやことば
それが実はこんなにびっくりするような、
キラキラした、ドキドキするような世界なのだと。
『綿の国星』 「LaLa」5月号 1978年
MFコミックス『大島弓子が選んだ大島弓子選集』2 p93 2008年
橋本治は『花咲く乙女たちのキンピラゴボウ』の中で
大島弓子を「ハッピーエンドの女王」と呼び、
川上未映子は「読んだ人をひとり残らず抱きしめる」と評しました。
大島弓子の描くマンガは
思いもよらない視点やことばや行動によって、新しい世界を見せてくれて
その世界で新生した自分を、ふんわりと抱きしめてくれるような
そんな祝福に満ちた作品が多いと思います。
ムーブメントを背景に花開いた作家たち
人間の身体の描線と狂気と 山岸凉子
山岸凉子は1947(昭和22)年、北海道空知郡生まれ。
異常に甘いもの好きの家族の中で育ちます。本人は甘いものが苦手。
山岸凉子は、萩尾望都の項でも竹宮惠子の項でも登場しましたが
「りぼん」(集英社)という、少女マンガ枠を逸脱しない方針の場所で描いていたため
作品の筋立ての独特さを発揮するのは、少し遅れます。
しかしながら、1971年に「りぼん」で連載を開始した『アラベスク』は
「バレエスポ根」という従来の少女マンガカテゴリの中で描きながらも
独自の描線、独自の身体のライン表現、登場人物の設定など
リアルを追求した本格的な「バレエ」の世界を描き、注目を集めました。
初対談 山岸凉子×萩尾望都 出会いと秘密とヨモヤマ話 page3/3 - 太田出版
大泉サロンのメンバーがヨーロッパ旅行に行った際、同行した山岸凉子は
「編集部からは(『はいからさんが通る』の)大和和紀のような絵をと指導されたが
新しいバレエマンガは、筋肉がゴツゴツしたような絵で描きたい」
と語っていたそうです。
『アラベスク』第二部開始回の見開き扉絵
くだん書房:目録:マンガ:雑誌・白泉社:花とゆめ
それまでの常識を覆し、最高峰のバレエ大国ソビエトを舞台に描かれた、本格バレエマンガ「アラベスク」 - Middle Edge(ミドルエッジ)
山岸凉子はその後『メタモルフォシス伝』『妖精王』といった連載と
怖い話やギリシャ神話に題材を取った精神的心理描写の短編で
「狂気もしくはその一歩手前を描かせたら右に出るものはいない」
作家として定評づけられました。
そして1980年
あの『日出処の天子』という、センセーショナルな作品を発表するに至ります。
『日出処の天子』 (第1巻)
日出処の天子 (第1巻) (白泉社文庫) | 山岸 凉子 |本 | 通販 | Amazon
評論家で翻訳家の山形浩生は、『日出処の天子』について
山岸凉子の描きたいことは歴史ではなく、歴史や歴史的人物という舞台を借りた
きわめて現実的な現代日本人のテーゼだと述べています。
「聖徳太子」として知られる人物の歴史的な行動は、この作品にはほとんど出てきません。
陰惨なほど美しい厩戸王子を突飛な設定の中で描きながらも
現代人にも共通する
人が持つ孤独と、愛を求める狂気に近い心情と、絶望とを
硬質な、でありながら流麗な線で描き出す。
少女マンガは、たった10年で
なんて遠いところまで来てしまったのでしょうか。
24年組は、他にも
青池保子、ささやななえこ、山田ミネコ、木原敏江、樹村みのり
といった作家が名を連ねています。
男の色気と硬派なストーリーと(女は色っぽくない) 青池保子
青池保子は1948(昭和23)年、下関市生まれ。
水野英子にあこがれてマンガ家を志し、水野英子に送った原稿がきっかけで
1963年プロデビューに至りました。
当初の所属は講談社でしたが、1973年秋田書店「月刊プリンセス」に移籍し
ロックスターでゲイの3人組『イブの息子たち』から頭角を表します。
女性のほとんど出てこない内容と
独特の馬面(笑)と肉体美とシュールな笑いを踏襲した『エロイカより愛をこめて』は
当時誰も描かなかった東西冷戦という硬派な展開と
脇役の少佐のキャラクターが受けて、大ヒットとなりました。
青池保子『エロイカより愛をこめて』14巻 秋田書店
エロイカより愛をこめて 14 - 青池保子(プリンセス・コミックス):電子書籍ストア - BOOK☆WALKER -
バンカラな男子たちに花束を 木原敏江
木原敏江(初期ペンネームは木原としえ)は1948(昭和23)年、東京都生まれ。
銀行に一度勤務したものの、1969年「別冊マーガレット」(集英社)でデビュー。
少女マンガのセオリー通り、明るくて前向きでドジな主人公をメインにしますが
1974年『銀河荘なの!』で
吸血鬼の「うるわしのおにいちゃんたち」を脇にすえて
明るく切ない話を描き始めた頃から、どんどん木原ワールドが作られます。
1976年『天まであがれ!』は、題材は新撰組。
時代や世相を背景にした「命の短い」青春時代を、バンカラな男子の群像にこめて描き
それは1977年の『摩利と新吾』で花開きます。
萩尾望都や竹宮惠子の「少年」とはまた違う、「学生」のにおいのする男子たちの話は
いつか必ず終わりの来る「青春」の持つ切なさに満ちていました。
中には「24年組」のカテゴリに入れられることをあまり歓迎しない方もおいでですが
このムーブメントによって、これらの作家はみな
自分の作風を大きく広げ、秀逸な作品とそれに賛同するファンを獲得しており
そういう意味で「24年組」と言っていいのではと思います。