朝日ソノラマ文庫版『機動戦士ガンダムⅢ』の表紙を再現! 理由は本文後半にて!
前回までは、80年代初頭のガンプラブームの(基本その後リメイクされなかった)メカのキットを中心に紹介してきたが、 今回からは90年代以降の、いわゆる「HG」路線を中心に、1/144スケールを軸に、最初のアニメ『機動戦士ガンダム』(1979年)に登場したメカを、可能な限り全て紹介していこうと思っております!
その第1弾は、ガンプラ10周年記念モデルでもある、ガンプラで初めて「HG」の冠を掲げた、栄光のHigh Gradeガンダムを紹介していきます。
ガンダム 1/144 HG 1990年3月発売 1000円
栄光の、HG第1号であるガンダムのボックスアート。基本デザインは今のHGUCでも変わっておらず、むしろ現行のキットのボックスとしても、充分通用するデザインとセンスが、既に完成形で出来上がっている
これまで、この『ガンプラり歩き旅』で扱ってきたように、ガンプラは1980年のスタートから、1983年までの間に、『機動戦士ガンダム』(1979年)に登場したモビルスーツは全てプラモデル化し終わり、その後「モビルスーツバリエーション(MSV)」や、『機動戦士Zガンダム』(1985年)『機動戦士ガンダムZZ』(1986年)『機動戦士ガンダム 逆襲のシャア』(1988年)『機動戦士ガンダム0080 ポケットの中の戦争』(1989年)等々、テレビ、映画、OVAで新作ガンダムを作り、そこで登場するモビルスーツをプラモデル化するというビジネスで、ガンプラ市場は成り立っていた。
そこで驚くべきは、バンダイという企業が、ガンダムのプラモデル「ガンプラ」を、自社を急成長させた貴重な資産であるという自覚を強く抱いた結果、1980年のシリーズ開始以来、2017年の現代に至るまでにおいても、基本としては絶版品を出さず、常に定期的に再生産販売を繰り返すという方針を貫いていることである。
基本的に、こういったマスコミ玩具(テレビや漫画のキャラの玩具や模型)ビジネスは、映像作品放映終了後は速やかに契約と共に商品金型が破棄されたり、商品が絶版になることが多いが、ことガンプラの場合、エンドユーザー市場層が広すぎて、また、どの時代どの時代のキットも、技術面でこそ時代進化による明確な進歩の差があれど、「キットの味わい」そのものは世代単位で愛されていて、旧キットといえど、おいそれと絶版には出来ない状況が続いた。
ガンプラ10年の技術革新を結集させたガンダムの雄姿!
事実上は、ガンプラ初期隆盛期の仇花である、1/20 キャラコレや、1/220 情景模型シリーズ、1/250 色プラシリーズなどは、基本的に再生産されることはないが、逆をいえばそれら以外は、1980年の初代1/144 ガンダムから始まって、1/144 武器セットや1/550 モビル・アーマーシリーズなど、今やアンティークトイの領域に入ろうかという初期のガンプラも、それらにはそれらに思い入れがあるユーザーもいるという配慮で、2010年代の今でも再販がかかったりもするのだ(だから筆者も『機動戦士ガンダムを読む!』再現画像で、初期ガンプラをアイテムとして使えたのだ)。
これは、事業面で考えるとものすごいことで、もちろん37年間に渡るガンプラの商品点数は莫大に増えたので、おいそれと再販の順番が回ってくるとは言い切れないが、逆を言えば、気長に待ってさえいれば、プレミア価格の当時品に手を出さなくても(バンザイマークの箱が欲しいとかでなければ)、ちゃんと定価で買える順番が回ってくるという、すさまじいロングスパンの供給サービスが完備されているのである。
しかし、そんなガンプラの歴史の中で、「自然消滅ではない」明確に「このキットは、今回を持ちまして絶版とさせていただきます」と、予めアナウンスされて絶版になったガンプラが、たった一つだけ存在するのだ。
「それ」が、今回紹介する、「1/144 初代HGガンダム」なのである!
順を追って、まずはHGガンダムの成り立ちから解説していこう。
80年代後半、ぶっちゃけ、ガンプラはその売り上げがピーク時より落ち、期待値を下回る結果が続くようになっていった。
バンダイは、新しいガンプラ新商品を作るためには、その素材となる新作アニメガンダムをスポンサードしなければならず、しかし、上記したこの時期までの新作ガンダムは、決して駄作はなかったものの、ガンプラのビジネス数字的には苦戦を強いられていた。
それは「ガンダム物語世界の進行による、世界観設定の複雑化」や「モビルスーツデザインの幅が広がり過ぎて、独自性に欠けた」等が主な原因であり、しかし一方、初代のガンダムやザク、MSV等のファンは根強く、それらの旧キットの再販がかかるたびに買い支えるファンの恩恵もあって、そのバランスの上でガンプラビジネスは成り立っていた(これが、現在に至る「絶版品を生まない主義」に繋がる)。
一方で、難解になり過ぎた作品世界やロボット設定を迂回するかのように、当時から台頭し始めた「SDガンダム」という、2頭身ディフォルメガンダムのキャラクターグッズが大ヒットして、80年代後半は、売り上げ的にはSDの方が本来のガンプラを上回る逆転現象が巻き起こっていた(ちなみに、SDビジネスはガンダムに限らず、ウルトラマン、ゴジラ、仮面ライダーなどでも展開されていた)。
実際、劇場用映画新作の『機動戦士ガンダム 逆襲のシャア』と『機動戦士ガンダムF91』(1991年)では、保険のように『SDガンダム』のアニメが同時上映されている。
箱に同封されている3冊の冊子。一つは当然組み立て説明書だが、後の2冊は当時のバンダイのカタログであり、中を見るとガンダムもウルトラマンも、SD全盛期だったことが分かる
バンダイやサンライズは悩んだ。
映像作品の新作を作らなければ新作のガンプラは作れない状況で、しかし新作のガンプラは、旧作商品やSD商品に挟まれ、伸び悩んでいる状態にあることを。
そこでバンダイとサンライズは、一つの実験に踏み出てみた。
旧作のガンダムやザク、ドムやズゴックのプラモデルがまだ売れ続けているのだとしたら、それらをデザインリファインし、最新の技術でプラモデル化すればいいのではないかという、今では当たり前になっているアイディア。
「1979年当時のアニメーション技術では簡略化されて描かれていたけれども、ザクもドムもズゴックもジムも、本当はこれぐらい精密なデザインだったんです」を、念には念を入れて、『機動戦士ガンダム』の番外編という形でOVAで映像作品を作り、そこに登場させてアリバイを作る。それが『機動戦士ガンダム0080 ポケットの中の戦争』であり、そのガンプラ商品群であった。
初代HGガンダムのサイドビュー
しかし、当時まだ「最新技術で、デザインをリファインしてVe.2を出す」商法に前歴と実績が皆無だったため、保険に保険をかけるために、『機動戦士ガンダム0080』に登場するザクやドムやゲルググやズゴックは、ガンプラ発売が決まった時には、結果的には全て『機動戦士ガンダム』のザクやゲルググとは別のモビルスーツとして設定やネーミングが変えられ、ガンプラ化されることになった。
幸か不幸か、そこでの「別機体設定」も、これはこれで、90年代からのガンプラビジネスで、じわじわとメインストリームに伸びていくのであるが、それはまた別の話。
やはりバンダイにとっては、社を支え、発展させてくれた功労者たるガンダムというコンテンツを「まるで当初のデザインが無かったかのように」刷新するだけの意気込みは足踏みを呼び、まずは『0080』の「別機体群」で様子を見たところ、同時期の『機動戦士ガンダム 逆襲のシャア』のガンプラと同等の、当初の期待値を大きく上回る結果を出し、その結果は次なる挑戦への担保となって「禁断の扉」を開けるアリバイとなり、礎となったのだ。
初代HGガンダムのリアビュー。アニメ版では存在があったりなかったりした、ガンダムのバックパックのバーニアノズルを、公式に立体に取り入れた初めてのガンプラである
そして、ガンプラという商品カテゴリが10周年を迎えようとする1990年に向けて、一つのプロジェクトが動き出した。
“究極のRX-78”ガンダム”
それは、雑誌『ホビージャパン』とも連動し、高らかに謳い上げられたテーマでいやがおうにも盛り上げられた。
1990年を迎えようとするタイミング、この頃既にガンプラは、ポリキャップやビス、ボールジョイント等を標準装備することで、ガンプラスタート時とは比較にならないほどに、技術力を高めていた。
それらの全てを注ぎ込んで、究極の1/144 ガンダムを商品化する!という、いささか肩に力が入り過ぎたそのプロジェクトは、しかし、ガンプラの総本山のバンダイが「これが決定版の1/144 ガンダムです」と新商品を出せば、今まで(作品世界も商品も)未来へ、未来へと突き進んでいたガンプラの、歴史を上書きする前例のない挑戦だけに、ある種の社運がかかっていたのだろうとも推察できる。
その“究極”を示す冠として「HG(High Grade)」という商品カテゴリがこの時生み出され、その後テレビで展開された『機動戦士Vガンダム』(1993年)『機動武闘伝Gガンダム』(1994年)等でも、1/100キットにその冠を受け継ぎ、後は皆さんご存知のとおり、HGUCシリーズなどに、冠もパッケージデザインも受け継がれるのだが。
HGシリーズの歴代の「RX-78 ガンダム」のボックスを縦に全部並べてみた。10年スパンの違和感が全くないばかりか、旧HGのボックスアート画調は最新のREVIBE版に近い
その「HG」第1号が、今回紹介する「1/144 HG RX-78 ガンダム」だった(当時はまだ機体ナンバーが「RX-78-2」ではなかった)。
1990年春、ガンプラ10周年の満を持して発売された、そのバンダイの社運がかかった「HGガンダム」を初めて手にしたガンプラユーザーは、皆衝撃を受けた。
箱を開けて中身を見た瞬間、度肝を抜かれた。
イマドキのガンプラから参入した世代には信じられないかもしれないが、それまでのガンプラユーザーにとってガンプラとは「パーツを接着剤で接着して、塗料で塗装する」という、当たり前のプラモデルの常識の産物であった(接着不要仕様は、『Zガンダム』の1/220キットや、直前期の『逆襲のシャア』ガンプラから導入されていたが、前者は模型としての仕様が食玩的なレベルゆえであり、後者は接着剤が要らない代わりに、ビス止めが必要であった)。
しかしこのキットは、接着剤が完全不要で、はめ込みだけの組み立てキット(スナップフィット)であり、また、一つのパーツが何色にも分けて成型されている、フルカラーリングの塗装不要キットであったのだ。
箱を開けてすぐの状態。黒地に金色の「HG」が高級感を醸し出す。
ランナー層の最上部に、これみよがしに配置された、システムインジェクションランナー
過去にも「彩色済みキット」と称して、既存の旧キットに、生産ラインで塗装した者が売られていた時期はあったし、今のHGUC等のように、パーツ単位で成型色を変え、そのパーツを組み合わせることで、多彩色の機体を再現するという設計は、既に80年代終盤から『機動戦士ガンダム 逆襲のシャア』キット群等でも既に取り入れられていたが、なんとこのキット、ランナーに付いている状態のパーツが、ガンダムのボディの前半分パーツであれば、それがそれで1パーツなのに、多方向からの異なる色のプラ素材の流し込み製法によって、いきなり赤、青、黄色の三色で一つのパーツが成型されているのだ(この手法は、今のランナー内パーツ単位色配置と区別するため、「システムインジェクション」と呼ばれている)。
HGガンダムの全ランナー。MSジョイントⅡを入れても全5枚と、完成品を見て想像するよりはるかにパーツ数は少ない
この技術は既に、試験的に『機甲戦記ドラグナー』(1987年)の「1/144 ドラグナー1型リフター装備タイプ」で取り入れられていたが、今回はまるまるランナー一枚分、実に12パーツ、コア・ファイターのボデイ上面パーツにまでこの技術が用いられている。
武器や手首、バックパックやコア・ファイターの後部など、これらはグレー一色にまとめられて、このランナーに収められている
とにかく一番目を引いたパーツが、このボディパーツ。赤、青、黄色のトリコロールカラーが、一つのパーツに成型されている。胸のダクトがちゃんとまだ埋め込み式のデザインだった時代
これはバンダイの最新技術の投入であり、さすが究極を謳っただけのことはあって、実際、コア・ファイターの機首が青一色でしかないことや、関節部と武器や手首のグレーに目をつむれば、ガンダム本体で塗装しなければいけないところは、目の周りの黒の隈取部分と、ビームライフルのサイトのイエロー、そして額のブレードの基部とふんどし前部の赤(この2つの赤部はシールで補う仕様)だけなのである。
シールドの連邦軍スターマークが、色分けされて別パーツ化されたガンダムは、もちろんこのキットが初めて
それだけではない。
リファインデザインは、もちろん大河原邦男氏が任されているのであるが、実際に完成した商品とリファインデザインでは、確かにギャップは発生していたが、その後の四半世紀を振り返って、2017年の今となっては1/144のガンダムが、2種のHGUCやRG、FGなど、解釈の幅が多段階層で成り立っている現実結果論から顧みると、この、少し頭が大きくて、手首が貧弱なRX-78 ガンダムも、充分「好みの範囲」で、現行の商品と比較して、大きな遜色はないのだ。
なにもここまで!の、コア・ファイターのボディの赤、白も1パーツ成型。出来れば機首も……は、さすがに無理な相談だった
近年1/144では、ようやく赤パーツで別パーツ化されるようになった目の下の赤い隈取も、このHGでは最初から一体成型でこのとおり!
可動の方も、従来のポリキャップ、ボールジョイントの発想を一度停止させて、まずデザイン方面から「可動が可能なように」アレンジしつつ、組み立て難易度があがらないように、本体の可動システムには、MSジョイントⅡ(最初のMSジョイントは、『モビルスーツ戦国伝』シリーズで開発された)という、完成済みのアクションフレームが用意されていて、そこに装甲を被せていく構造が採用されている。
このMSジョイントⅡは、その後のMGシリーズのフレームや、RGシリーズのアドヴァンスドMSジョイントのプロトタイプともいえて、現代にも通じる技術性をこの時点で発揮していた。
同封冊子に掲載されていた、カタログの『モビルスーツ戦国伝』武者頑駄無のMSジョイントの写真
これがMSジョイントⅡ。接続状態のままランナーに配置されている初期状態も、RGシリーズのアドヴァンスドMSジョイントに受け継がれる
さらにさらに、このHGガンダムには、1982年の1/144 コア・ブースター以来、8年ぶりとなる「1/144のコア・ファイター」が付属する。だけではなく、しかもなんとそのコア・ファイターが、非完全ながらも果敢に変形し、ガンダムの腹部に収まるというギミック付き。
コア・ファイター。2010年にRGガンダムが発売されるまでは、唯一の「1/144でコア・ブロックに変形できるコア・ファイター」だった
1/144でコア・ブロックシステムを再現したガンダムは、これの他には2010年のRGガンダムまで20年の間を空けるしかなく、システムインジェクション、可動フレーム内蔵、コア・ブロックシステム再現、デザインリファイン、と、完成した商品はまさに“究極”の名に恥じない1/144 ガンダムに仕上がっていた。
設定どおりの完全変形とはいかないが、コア・ブロックに変形して、ちゃんとガンダムのAパーツとBパーツの間に収納される
しかし、この「究極の1/144 ガンダム」は、このHGシリーズ(直接的にはHGシリーズは、テレビシリーズで主役を張った、ガンダムMk-Ⅱ、Zガンダム、ガンダムZZの3商品が継続して終了した)の後に主流となった、1995年展開開始の1/100マスターグレード(MG)での、デザインリファインと新解釈の定着で影が薄くなってしまい、そして、完全にコンセンサスを得たリファイン、リメイクガンプラビジネスが本格的に1/144で展開され始めたHGUC(1999年スタート)で、No.21として「RX-78-2 ガンダム」が商品化された2001年の春を以て「役目が終わった」とされたのか、バンダイガンプラ初の絶版キットの称号を得て、消えていったのである。
HGの初代だけあって、ポージングの幅が広い
絶版の理由としてはバンダイサイドは、システムインジェクションの生産難易度による金型の劣化、疲労破損などを挙げているが、一方では同じ技術を同時期に用いた、他の初代HGシリーズや、1/100のF91やV2ガンダム、シャイニングガンダムなどが絶版になってないことを考えると、確かにHGガンダムはシステムインジェクションガンプラ第1号でもあったので、新技術の打ち出しに力を入れ過ぎた結果、特にボディのパーツなどは負荷がかかりやすいというのも理解できるので、新規発売されるHGUC 021ガンダムに「現代版初代ガンダムのスタンダードキット」の座を、商品的にもデザイン的にも譲ってしまおうと考えたのかもしれない(というか、タイミング的にその要素は皆無とは言えない)。
30年近く前のキットなのに、手首が数種類ついてくるので、平手を使えばこのように、アニメ版で印象的だった「コンスコン隊のリック・ドムを、振り向きざま撃ち抜く」ようなポーズも可能に
確かにこの時期、2種の異なる「アニメからリファインされた新解釈のデザインの初代ガンダム」が複数生産ラインに乗るメリットはもはやあまり感じられず、1996年にOVAが開始された『機動戦士ガンダム 08MS小隊』キット化の1/144 グフカスタム(1998年発売)をピークに「古いモビルスーツのデザインアレンジは、カトキハジメ氏に」が時代の要請になっていった流れもあり、もはや初代HGガンダムが古臭いデザインアレンジに見えてしまったという事実も否めない。
ビーム・サーベルを振るうHGガンダム
そしてまた、無塗装素組派にとっては、魔法のような現象だったシステムインジェクションが、塗装派の人にとって不評だったという、残酷な現実。
確かに、筆者は当時からも、「このHGは、無理をしてまで多色成型システムインジェクションであるがゆえに、逆に塗装派には評判が悪い」という評価を耳にした。
塗装派は、システムインジェクションで複数の色のパーツを一つにされるよりは、色単位でパーツが別れていた方が、パーツ単位で塗装が出来るのでありがたいという主張だ。
確かに、2017年の現在の目で見ればそうかもしれない。
現代のHGUCやMGは、ほとんど設定の色単位でパーツが別れているので、素組派でも塗装派でも、ありがたい仕様に統合進化したといえるだろう。
しかし、だからといって、HGUC発足より10年近く前の、このHG誕生の試作型にその評価基準を当てはめるというのも、少し筋違いではないかと筆者などは思う。
サーベルを手に、テレビ版オープニングの1カットっぽく
問題点を、そもそもの時系列の順番に置き換えて考えて欲しい。歴史は過去から未来へ向かって進んでいるのだ。
1990年当時、1/144ガンプラでは、『機動戦士ガンダム 逆襲のシャア』シリーズが、パーツ単位多色成型の他にも、ビス止めスナップフィットや可動指等、意欲的な仕様進化を目指して進んでいたが、ガンプラ全体のビジネスは上でも書いたようにSD全盛期で、リアルタイプガンプラはメインストリームではなくなっていた時期。
そこで生み出されたこのシステムインジェクションという技術は、確かに後々「逆に塗装派には塗装し辛い」と酷評されたが、もう一度考えてみよう。「1/144」の「RX-78ガンダム」のガンプラは、正式にはこれの前には、ガンプラ第1号のガンダムと、その派生型の「Gアーマー付属版」しかなかったのだ。
その、ガンプラ黎明期当時のキットのパーツ構成を考えれば、当然ボディは前後貼り合わせの2パーツ構成なのだから、パーツの形と構成では、進歩してないかもしれないが、少なくとも後退はしてなどいない。
システムインジェクションという新技術は、無塗装派にとって大恩恵ではあっても、塗装派にとって、決してこれは「後退」ではなかったのである。
10年の技術の蓄積。1980年の1/144 ガンダム(右)と、1990年の1/144 HGガンダム(左)
もう二度と、新規生産分が店頭に並ぶことがない初代HGガンダムではあるが、実はガンダムというメカのデザイン変節や進化論を考察していったとき、この初代HGガンダムで産み落とされた設定が、今のガンダム立体化にも名残を残していたり、また、アニメ『機動戦士ガンダム』で描写されていたギミックが、このキット以前にも以降にも、一度も再現されないまま、この初代HGガンダムでだけ再現されていたりといったピックアップポイントが、幾つか見つけられるのである。
ここからは、それらを挙げていこう。
まず、シールド。
アニメ『機動戦士ガンダム』劇中のガンダムは、シールドに関しては、常に(初期の1/144や1/100がそうであったように)左手でシールドのグリップを掴んで構えるか、両手を使う時には、背中にマウントして背負うかの、どちらかであった。
なので、背中マウント保持方法は、当然この初代HGガンダムでも出来るようにしてあるのだが。
現行のガンプラのガンダムでは当たり前である、シールドのホールドが、グリップを指で握るだけではなく、ジョイントで左腕部にマウント出来るという発想を商品化したのは、この初代HGガンダムが最初であった。
腕のジョイントにマウントされるシールド。シールド裏には予備のビーム・サーベル(という設定のモールド)も見える
また、元々は箱型ブロックだった腰回りを、足回りの可動性を上げるために、プレート分割してフレアースカートのように解釈した初のガンダム(前腰左右のプレートが独立して動く仕様はこれも商品で実現させたのはこの初代HGガンダムが初めて)であったのだが、例えば、腰前部の2枚が別個に可動するという仕様は、実は後のHGUC版よりも高度である(可動範囲はHGUC版の方が勝るが)。
箱型だった腰ブロックをプレート分割へとデザインリファインしたことで、ここまで前に脚を踏み出すことが可能になった
これらの特徴は、『機動戦士Zガンダム』デザインスタート時で取り入れられたモビルスーツにおける基本構造を、初代ガンダムに当てはめた結果、生まれたデザインリファインである。
また、これもZガンダムでの設定からフィードバックした新設定だが、バズーカを腰の後ろに装填させるギミックは、実はこの初代HGガンダムが最初に公式化させたのだ。アニメ版『機動戦士ガンダム』では、最終決戦でガンダムがビーム・ライフルを後ろ腰にマウントさせて出撃する演出があるが、バズーカを後ろ腰にマウントさせた描写は、実は一切ないのである。