クリーム

クリーム
ジミ・ヘンドリックスと共に60年代中旬の音楽シーンに革命と言っていいほどの影響を与えたクリーム。ブルースとハードロック、サイケデリック・ロックを融合させたサウンドが特徴で、全世界のロック・ファンに指示されました。アルバム売上枚数は世界で3,500万枚以上という驚異的なもので、このことからも大きな影響力を持っていたことが窺い知れます。
メンバーは、ジャック・ブルース(ベース、ボーカル、ハーモニカ)、エリック・クラプトン(ギター、ボーカル)、ジンジャー・ベイカー(ドラム)の3人です。
代表的な曲としては、全米5位となった「Sunshine of Your Love」などが有名です。
3人のメンバー
活動期間は1966年に結成して、解散するまで僅かに2年半です。伝説のバンドにしては非常に短く感じますが、当時は結構どのバンドも短命でした。
しかし、その短い期間で3人のメンバーはそれぞれ伝説の人となっているわけですから今更ながらスゴイですね。
それでは、ご紹介しましょう。ボーカルとギターを担当したのは、エリック・クラプトンです。

エリック・クラプトン
「スローハンド」の異名を持つエリック・クラプトンですが、クリームでは弾きまくっています。まさにスローハンド。近年の、特にアンプラグド以降のクラプトンしか知らないような若いリスナーには、ギターを弾きまくるよりも、渋い歌を歌っている印象しかないかもしれませんね。
当時は今とは逆にギターばかり弾いていて、クリームではクラプトンよりもベースのジャック・ブルースの方が多くの曲で歌っているほどです。
それと言うのも、エリック・クラプトンはとてもシャイな人だそうで、人前で歌うのが恥ずかしかったのだそうですよ。クリームを結成する際にもボーカリストとしてスティーヴ・ウィンウッドを加入させることを提案したほどです。
クラプトンは、クリーム結成以前にジャック・ブルースと共演しており、その際に彼ののボーカルと楽器演奏の腕前に感動して、ジャック・ブルースが参加することがクリーム結成の条件にしたほどです。

ジャック・ブルース
クリームを結成する前にジャック・ブルースは、全英No.1ヒットとなった「プリティ・フラミンゴ」などで知られるイングランド出身のブリティッシュビート・バンド「マンフレッド・マン」で活躍していた歌えるベーシストです。
それまでベースという楽器はどちらかと言えば控えめな存在でしたが、ジャック・ブルースは大音量で常にベースソロのような状態で弾くという独特なベースプレイを編み出し、多くのベーシスト達に影響を与えロック界を代表するベーシストとなりました。
そのジャック・ブルースとエリック・クラプトンを結びつけたのがドラムスのジンジャー・ベイカーです。

ジンジャー・ベイカー
「グレアム・ボンド・オーガニゼーション」というバンドにいたジンジャー・ベイカーは、新しいバンドを結成するためにエリック・クラプトンに声を掛けます。クラプトンは先にもふれたようにジャック・ブルースが参加することを条件に承諾するのですが、ジャック・ブルースもグレアム・ボンド・オーガニゼーションに在籍しておりジンジャー・ベイカーとは旧知の間柄ではあったのですが、なんと、犬猿の仲だったのです。
とは言え、実力は認め合っていたのでしょうね。無事にクリームは結成されます。
ジンジャー・ベイカーの演奏スタイルもまたロック・ドラマーの新しいスタンダードとなるほど個性的なものでした。現在では考えられないような長い即興のドラムソロもそうですが、ツー・バスと呼ばれる2つのバスドラムを使用した演奏方法のパイオニアでもあります。
クリームの素晴らしき世界
クリームは解散までに4枚のオリジナルアルバムを発表しています。
・フレッシュ・クリーム - Fresh Cream(1966年)

フレッシュ・クリーム
・カラフル・クリーム - Disraeli Gears(1967年)

カラフル・クリーム
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・クリームの素晴らしき世界 - Wheels of Fire(1968年)

クリームの素晴らしき世界
・グッバイ・クリーム - Goodbye(1969年)

グッバイ・クリーム
いずれも歴史に名を残す素晴らしいアルバムですが、ファースト・アルバムの「フレッシュ・クリーム」はブルースのカバー曲が多く、オリジナリティという部分では物足りないものがあります。ラスト・アルバムの「グッバイ・クリーム」は解散間際でメンバーの状態もあまり良いものではなかったのでしょう、散漫な感じがしないでもありません。
その点、2枚目の「カラフル・クリーム 」と3枚目の「クリームの素晴らしき世界」は文句のつけようがありません。
特に「クリームの素晴らしき世界」の出来は素晴らしく、クリームの全てがここにあるといっても過言ではありません。クリームに限らず、ロック全体で見ても文句なしに名盤といえます。
全米1位を獲得したこのアルバムは、初めてプラチナディスクを獲得した2枚組アルバムとしても知られています。
収録されている代表曲としては「ホワイト・ルーム」でしょう。
その後
しかし、やはりと言うべきか、ジャック・ブルースとジンジャー・ベイカーの仲がこじれて、バンドは1968年11月に解散し、ラストアルバムの「グッバイ・クリーム」は解散後の1969年2月にリリースされています。
それでもアルバム同様、シングル・カットされた「バッジ」もヒットしています。
解散後、クラプトンは以前から一緒にやりたかったスティーヴ・ウィンウッドを誘い、ジンジャー・ベイカーと直ぐにブラインド・フェイスを結成します。
一方のジャック・ブルースは、様々なソロワークで成功をおさめた後、1969年にはアルバム「ソングス・フォー・ア・テイラー」をリリース。全英6位のヒットを記録するなど成功を収めました。