アカデミー賞受賞を逃してしまった優秀傑作映画、あれこれ!!①

アカデミー賞受賞を逃してしまった優秀傑作映画、あれこれ!!①

アカデミー賞と言えば、映画界で”最高の栄誉”とされるが、映画史に残る傑作映画がすべてこの賞を受賞できた訳ではない。特に、アカデミー賞で重要な賞として作品賞が挙げられるが、いくら最高傑作と映画評論家などに言われても、色々な理由で受賞できなかった優秀作品が存在する。そんな映画作品をいくつか紹介します。


アカデミー賞って何だったっけ??

アカデミー賞(アカデミーしょう、Academy Awards)は、1927年5月11日に創立された“映画芸術科学アカデミー協会”が授与する賞であり、アメリカ映画の健全な発展を目的に、キャスト、スタッフを表彰し、その労と成果を讃えるための映画賞。授与されるオスカー像から、単にオスカー(Oscars)とも呼ばれる。アカデミー賞は授賞式前年の1年間にアメリカ国内の特定地域で公開された作品を対象に選考され、また映画産業全般に関連した業績に対して授与される。前年の作品が対象となるため(第7回から)、2012年に開催されたアカデミー賞を2011年度などと表示することが慣例である。第1回アカデミー賞は、1927年から1928年7月31日までに公開された映画がノミネート対象となっている。

それでは、“映画芸術科学アカデミー協会”とはどういう団体なの??

“映画芸術科学アカデミー協会”とは本来、当時のMGM撮影所のボス、ルイス・B・メイヤーが労働組合に頭を痛めていたことから計画した、調停目的の組織であった。創立時、会員の3分の2以上が撮影所とプロデューサーの大物たちに占められていたことからも、それは明らかであろう。
では賞そのものを発案したのは誰かというと、初代会長の俳優ダグラス・フェアバンクスである。当初、投票権を持つのはたった5人の中央選定委員会のみであり、選定方法に疑問を持つ声も少なくはなかった。第1回の特別賞チャールズ・チャプリンの「少数の人間の決めた賞など、たいした名誉ではない」という発言もそうだし、第2回の女優賞メアリー・ピックフォードが全員を自宅で接待していたスキャンダルなどが、それに輪をかけることとなった。第3回からは公平を期すためと賞を盛り上げるために、全員が投票権を持つようになっている。
アカデミーに入会するには、映画芸術、科学に貢献したと認められ、同会員の推薦を必要とする。創立時は275名だった会員も現在では5000人を越え、今後も増え続けていくのだろう。開催は毎年3月か4月で、ロサンジェルス地域で年内に一週間以上、有料で上映された35ミリ以上の作品に限られる。記念すべき授賞式の第1回はローズヴェルト・ホテルで200人だけが集まり、わずか12部門、授賞式はたったの4分22秒で終わったという。だが年々会員も増え一般参加者も加わることとなり、会場を変え、第25回からはテレビ中継されるようになりショウ的要素も強まることとなった。
数ある部門の中でも歴史が古く、かつ名誉あるのは、作品、監督、脚本、主演男優、主演女優の五部門で、いわゆる五冠と呼ばれているものだ。また授賞式と言えば、その司会者とプレゼンターの華やかな顔ぶれも見どころの一つだが、どちらも第3回からで、初の司会は俳優のコンラッド・ネイゲルが務めた。
なお受賞者に贈られる黄金像には正式な名前はなく、“オスカー”とはニックネームである。アカデミー側は、女子事務員がおじさんのオスカーにそっくりだと言ったことに由来するとしているが、それはハリウッド流のジョークであろう。

作品賞を獲ったからと言っても必ず優れた物とは限らない!!

その年のアカデミー賞作品賞を獲ったからと言っても秀作とは限らない場合が多々あります。何故か?? それは、その時々の政治背景や諸々の”大人の事情”がからみあっているからです。このアカデミー賞にノミネートされた、されないは別として(大体の場合、されているようですけどね!?)、作品賞は逃してしまった「名作・傑作」をご紹介したいと思ってます。読者の方も思い出のある映画があるのでは・・・
これを書く前は簡単にサクッと書けると思っていたのですが、検索してみると、出るわ出るわのオンパレード、「名作・傑作」の数々に少々困惑してしまいました。一応、年代順に列挙しました。
では、ごゆっくりお楽しみ下さい。

チャールズ・チャップリンが監督・脚本・製作・主演したコメディ映画『街の灯』

『街の灯』(まちのひ、City Lights)は、1931年のアメリカ映画。チャールズ・チャップリンが監督・脚本・製作・主演したコメディ映画。サイレント映画だが音楽付きのサウンド版として公開された。

『街の灯』の一場面

米国版”トラさん ”と言っても過言ではない!!

世の中は極端に不景気。小男で風彩もあがらず、服装もみすぼらしく、職もなく住むところもないチャーリーは、職にありつけそうもなく、毎日あちこちさすらい歩いてフーテン暮らしをしていた。そんな彼が一人の娘に恋をした。街角で花を売っている、盲目の貧しい娘だ。彼は彼女の目を治す為に、金を稼ごうと一大決心をするが・・・。

当時、チャップリンには批判が多かった!!

私がこの映画を見た時期は、勿論1931年ではなく、高校生の頃にTVの深夜映画枠で見たのが最初であったが、何気なく見ている内についには引き込まれて、最後の方では感動の涙を流してた記憶がある。
チャップリンはコメディアンとして知られているが、単純におかしな物語を描いているのではなく、笑いと涙の人情劇であるということ、もしかしたら悲劇と喜劇のあいだには実はそれほどの大差はないのではないか?ということを漠然と考えさせられた。
おそらく、今見ても全然遜色ないであろう。このような秀作がなぜ、アカデミー賞を受賞できなかったのか??「赤狩り」(共産主義者排斥運動)の影響もあったのかもしれませんね!?
ちなみに、同年のアカデミー賞受賞作品は、エドマンド・グールディングが監督し、グレタ・ガルボ、ジョン・バリモアなどが出演した、『グランド・ホテル』だった。

ヒットラーを強烈に風刺した『独裁者』

『独裁者』(どくさいしゃ)または『チャップリンの独裁者』(原題:The Great Dictator)は、1940年に公開したアメリカ映画で、チャールズ・チャップリンが監督・製作・脚本・主演を務めた。

『独裁者』の一場面

ヒットラーを徹底的にコケおろす!!

1918年の第一次大戦末期、トメニア(ドイツ)のユダヤ人一兵卒チャーリーは飛行機事故で記憶を失い入院する。ここまでの痛快なドタバタの中に戦争諷刺を盛り込むタッチは、チャップリン映画に親しんだ方なら想像がつくと思う。さて、それから数年後のトメニアは独裁者アデノイド・ヒンケルの天下で、ユダヤ人掃討の真っ最中。そんな時、退院したチャーリーは生まれ育ったユダヤ人街で元の床屋の職に戻る。親衛隊の傍若無人ぶり、特にそれが恋人ハンナ(ゴダート)に及ぶに至り、彼は勇猛果敢かつ抱腹絶倒のレジスタンスを開始。それがどういうわけかヒンケル総統の替え玉を演じさせられることになる展開の妙、素晴らしいギャグの数々はとてもここには書ききれない。ただ目をみはるのは、かの風船状の地球儀と戯れる場面の前に見られるような狂人ヒンケルを“神”としようとする勢力の存在の示唆だ。独裁者の孤独をも憐れみをもって表現する、作者が得た神の視点といったものを感じさせる。傑作という言葉では当然その意義を言い尽くせない神話的作品だ。

当時の作品に対する批評は散々だった!!

台頭著しいナチの独裁者ヒトラーを徹底的に笑いものにした勇気ある作品であり、三部門にノミネート(作品賞、主演男優、助演男優賞)されたが、「赤狩り」(共産主義者排斥運動)の影響もあり無冠に終る。
ちなみに、同年のアカデミー賞受賞作品は、アルフレッド・ヒッチコックが監督し、ジョーン・フォンテイン、ローレンス・オリヴィエなどが出演した、『レベッカ』だった。

映画のモデルとなった本人から上映妨害運動を受けた映画『市民ケーン』

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