日景氏に対する差別
2014年12月に話題になった俳優の成宮寛貴は、90年代に家を出た。中学卒業前後14歳のころから新宿二丁目に行き、アルバイトをしていたという。60年代の沖雅也少年の家出と同じだ。ちなみに成宮寛貴は沖雅也が亡くなる1年前に生まれている。
沖雅也が亡くなった80年代はじめ。
養父の日景氏はゲイ(同性愛者)であり、当時の彼に対する差別は酷いものだった。
日景忠男氏は、高学歴!超裕福な家庭に育っていた
日景氏は2005年12月、覚せい剤取締法違反で逮捕された、役員を退任。
2008年秋、同じ容疑で逮捕される。懲役1年2月の判決が確定した。
勾留中の、日景忠男は患っていたC型肝炎から肝硬変になり入院したという。
寝たきりで、車椅子を使い刑務所内を移動していた。
2015年2月に78年の生涯を閉じた。
沖雅也のエピソード「パリ」
養父の日景忠男氏は自身の誕生日(1月2日)に沖雅也から指輪を贈られた。
(二人でパリを旅行中だったのだろうか。)
沖雅也が死んだ後、「数百年後の恋人達に拾ってもらえるように」と願いを込め、沖が愛したパリを流れるセーヌ川にその指輪を投げ入れたという。