Joni Mitchell
2003年にアメリカの雑誌ローリング・ストーン誌で行われた大規模なアンケートによるオールタイム・ベストアルバム500で、女性ソロ・アーティストとしては最高位となる第30位に選ばれたことからも分かるようにジョニ・ミッチェルは大きな才能と影響力を持ったアーティストです。

ジョニ・ミッチェル
そんな彼女は恋多き女としても知られており、デヴィッド・クロスビー、グレラハム・ナッシュ、レナード・コーエン、ジャコ・パストリアス。ジェイムス・テイラーにラリー・クライン。そうそうジャクソン・ブラウンともそんな話がありましたね。
数々のミュージシャンと恋に落ちたことで美しく繊細な楽曲を生み出してきたジョニ・ミッチェル。まさしく男は芸の肥やしといったところですが、そんなジョニ・ミッチェルの恋のお相手をご紹介します。
David Van Cortland Crosby
1943年11月7日にカナダのアルバータ州フォート・マクラウドで生まれたジョニ・ミッチェルは、60年代前半に起こったフォーク・ブームのスターたちに憧れ、フォーク・ミュージシャンになる決心をします。
最初の夫だったチャック・ミッチェルとデュエットを組み、キャリアをスタートさせますが、すぐに離婚し、ニューヨークへ移ります。そこで苦労しながらも地道に音楽活動を続けレコーディングのチャンスをつかみます。

デヴィッド・クロスビー
ジョニ・ミッチェルは1968年に念願のデビュー・アルバムを録音することになります。その時のプロデューサーが、その後にジョニ・ミッチェルと恋に落ちることになるデヴィッド・クロスビーです。
デヴィッド・クロスビーといえば、バーズ、クロスビー・スティルス・ナッシュ&ヤングといった1960~70年代を代表するロックバンドに在籍し、独特のリズムギターと美しい声で知られています。代表曲となるとマイルス・デイヴィスにもカバーされた「グウィニヴィア」や「デジャ・ヴ」でしょうか。
Graham William Nash
「デジャ・ヴ」は、1970年にリリースされた「クロスビー、スティルス、ナッシュ&ヤング」ファースト・アルバムのタイトルでもあります。このアルバムは大ヒットし、ウェストコースト・ロックを代表する名盤とされています。
バンド名が示す通りメンバーは、デヴィッド・クロスビー、スティーヴン・スティルス、グラハム・ナッシュ、ニール・ヤングの4人です。

グラハム・ナッシュ
クロスビー、スティルス、ナッシュ&ヤングは1969年に行われた伝説の野外コンサート「ウッドストック・フェスティバル」に出演し大人気を得るわけですが、名盤「デジャ・ヴ」には「ウッドストック 」と言う曲が収録されています。この曲を作ったのは他でもないジョニ・ミッチェルです。ウッドストック・フェスティバルに出演していないジョニ・ミッチェルがなぜこの曲を作ったかといいますと、当時恋人だったグラハム・ナッシュからフェスティバルについて聞いた話をもとに作ったのだそうです。
グラハム・ナッシュといえば、イギリス出身のミュージシャンでホリーズのメンバーです。グラハム・ナッシュの代表曲といえば、日本ではアルバム「デジャ・ヴ」に収録曲されており、映画「小さな恋のメロディ」にも使われた「ティーチ・ユア・チルドレン」が有名ですね。
因みにクロスビー、スティルス、ナッシュ&ヤングのニール・ヤングとはカナダのマニトバ大学の「4次元フォーク・クラブ」で一緒だったそうです。
そこで二人は「シュガー・マウンテン」などをいっしょに歌っていたそうですが、この曲に対するジョニ・ミッチェルのアンサー・ソングが、映画「いちご白書」でも使われ代表曲となる「サークル・ゲーム」です。
Leonard Norman Cohen
「サークル・ゲーム」や「ウッドストック 」で既にその才能を示していたジョニ・ミッチェルですが、1971年に先述したローリング・ストーン誌のオールタイム・ベストアルバムで第30位に選ばれた名盤「ブルー」をリリースします。

レナード・コーエン
名盤「ブルー」の最初を飾るのは「All I Want 」です。この曲はジョニ・ミッチェルの熱烈なラブレターといった感じで、そのお相手はというと、同じカナダ出身のレナード・コーエンへ向けられたものです。
日本ではシンガーソングライターとして知られているレナード・コーエンですが、最初は詩人として表舞台に出てきます。勿論ミュージシャンとしても素晴らしく、1984年にリリースされた「ハレルヤ」は、ジェフ・バックリィをはじめ、多くのミュージシャンにカヴァーされています。
若いころよりも年を取ってからの方がレナード・コーエンはカッコいいですね。その佇まいには憧れてしまいます。
しかし、惜しくも 2016年11月7日に亡くなられました。

ブルー
Amazon.co.jp: ジョニ・ミッチェル : ブルー - ミュージック
この素晴らしいアルバムの向こうにレナード・コーエンあり!レナード・コーエンとの愛がこのアルバムを作らせたのかというと、そうでもないようです。アルバム・タイトル曲である「ブルー」は同じくカナダ出身のシンガー・ソング・ライターであるデヴィッド・ブルーとの恋を歌ったものだとか。女心は分かりませんね。
Jaco Pastorius
1974年あたりからジャズをはじめとして様々な音楽的要素を取り入れるようになっていたジョニ・ミッチェルが1976年にリリースしたのが、「ブルー」と並び大傑作と言われているアルバム「逃避行」です。本作は基本的にジョニ・ミッチェルによるギター・ヴォーカルと、ジャコ・パストリアスの信じられないような超絶的技巧のベースだけというシンプルな作りなのですが、奥行きのある豊かなアルバムとなっています。

ジャコ・パストリアス
このアルバム以降、ジャコ・パストリアスを中心としてジャズ・フュージョン系のミュージシャンを豪華に使ったアルバムを制作していくわけですが、このジャズ路線のキーマンになっている若き天才ベーシストであるジャコ・パストリアスが新しい恋の相手です。

逃避行
Amazon.co.jp: ジョニ・ミッチェル : 逃避行 - ミュージック
ウェザー・リポートのベーシストとしても知られるジャコ・パストリアスですが、ドラッグとアルコール中毒に陥り、僅か35歳で他界してしまいます。
今となっては、ジョニ・ミッチェルと同じステージで演奏している姿をみると何とも微笑ましいですね。
ジャコ・パストリアスの死はジョニ・ミッチェルにとって辛いものだったでしょうが、それを乗り越え素晴らしい作品をこの後も作り続けています。
ジョニ・ミッチェルの男性遍歴はここに紹介しただけではありません。女は強いなぁと思わずにはいられませんね。