奈良・吉野の過疎村を描いた映画『萌の朱雀』尾野真千子の淡い恋が切ない

奈良・吉野の過疎村を描いた映画『萌の朱雀』尾野真千子の淡い恋が切ない

1997年11月に公開された映画『萌の朱雀』。河瀬直美の初商業作品であり、女優・尾野真千子のデビュー作でもある。奈良県の過疎化が進む村のある家族の物語。俳優・國村隼がふるさとを想う父親役を好演している。


孝三の死は、慣れない仕事勤めで体調を崩していた泰代など、残された家族それぞれの心に影を落とす。それでもなんとか日常生活を保っていく一家。

泰代は実家に帰ること決める。栄介のことが好きで、村から離れたくないみちるだったが、しばらくして母と共に新たな土地へ行くことを決心した。
みちるは家を出ていく前、栄介の部屋を訪ねる。みちるは気持ちを伝える。「あんな好きやねん。でも行くわ、お母さんと」。そして、栄介は「うん」とみちるの頭をなでた。

家族で、孝三が残した8ミリフィルムの温かな映像を観る。それを最後に離れていく家族。
みちると泰代が軽トラックの荷台に乗っかり、村を離れていく。

残された栄介と幸子は、旅館で住み込みとして働くことになった。栄介は手紙などを庭で燃やし、幸子は縁側に腰掛け、吉野の山々を見ながら、かつて子どもたちが歌っていた童謡を口づさんでいた。

栄介に気持ちを伝えたみちる

女優・尾野真千子のデビュー作

現在ドラマなどで女優として活躍する尾野真千子が、本作でデビューを果たしており、劇中での演技が評価され、1988年から開催されている「シンガポール国際映画祭」で「主演女優賞」を受賞した。

尾野は奈良県吉野郡西吉野村(現・五條市)出身。本作のロケハンで訪れた河瀬が尾野の中学校を訪ねた。その際、靴箱の掃除をしていた中学3年生の尾野をスカウトし、本作での主演デビューに繋がったというエピソードがある。
後に河瀬は「初めて会った時のまっすぐな目を見て、この子なら出来ると思った」と述懐している。

劇中で中学生・みちるを演じた尾野だが、時折みせる初々しくもあどけない表情が非常に物語と合っており、飾らない純朴な少女を好演した。

みちる役の尾野真千子

近年の尾野真千子

ロケ地

本作で中止となる鉄道計画。これは実際の計画を基にしている。
奈良県五條市のJR和歌山線の五条駅と、和歌山県新宮市の紀勢本線新宮駅を結ぶ計画だった国鉄の鉄道路線のことである。

木材を鉄道で輸送させる構想で1939年に建設に着手。工事は太平洋戦争の影響で一時中断するが、1957年に工事を再開。しかし、1982年に時代背景もあり、工事が凍結された。

劇中、この計画がとん挫したことで家族は離散していくことになるが、撮影場所周辺は吉野杉などの木材の産地で、のどかな風景が広がっている。

山々の緑が美しかった『萌の朱雀』

撮影時は当時使用されていたバスの車両を、塗装はそのままにJRマークや社名をテープで隠したり、「国鉄」バスに貼り替えて撮影に使ったという。

また、赤い屋根が特徴的な舞台の家は今も現存している。

みちるが屋根に登るシーン

舞台の中心となった家。「恋尾村の田原家」として登場した

家の庭側に「萌の朱雀」撮影地記念碑が建っている

家の中。かまどのある台所

劇中、村人たちが鉄道に関する会合を行う。廃止が避けられない状況になり、「あそこまでつくったのにもったいない」「このままじゃ村が寂れる」「わしらが生きてる間に列車は来ない」などネガティブな台詞が多く登場する。
それほどにこの村が鉄道事業を望み、心待ちにしていたことが分かるシーンだった。

本作を素晴らしくした要素に、鉄道の工事が凍結され、その影響から孝三は自ら命を絶つのだが、鉄道が一切登場しない点がある。

終始、自然に包まれた本作であるが、無機質で工業的なもので登場するのは大きなトンネルが特徴的である。
そのトンネルを要所要所で印象的に、登場人物の心情を代弁するかのように用いることで、工事凍結の空虚感を演出した。
また、このトンネルは孝三だけでなく、子どもにとっても思い出の場所として機能しており、過去と現在を行き来する媒体としても存在感を示した。

凍結し、夢と消えた鉄道を登場させずに、異なる舞台装置とも言えるトンネルを用いて、鑑賞者に鉄道の存在を喚起させる。非常に巧みで、読後感として切なさが残る本作らしい仕掛けであった。

孝三(右)が子どもたちを連れてトンネルにやってきた

幻想的な色合い

思いつめた孝三は、トンネル前に佇む

音が印象的だった

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