ペレの愛称で世界から呼ばれ、「サッカーの神様」と言われた男の本名は「エドソン・アランテス・ド・ナシメント」

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1940年10月23日にブラジルのトレス・コラソネスで生まれる。サッカー選手の現役時代はサッカーブラジル代表のエースとして3度のFIFAワールドカップ優勝。15歳でデビューしてから1977年に引退するまで、実働22年間で通算1363試合に出場し1281得点を記録した。その実績から「サッカーの王様、あるいは「20世紀最高のサッカー選手」とも評され、多くのサッカー選手、サッカーファンから「サッカー史上最高の選手の一人」と一目置かれている。


1970 FIFAワールドカップ

2年間のブランクの後、再び頂点に立ちたいとの意識が芽生え代表に復帰を決意。3度目の優勝を果たせばジュール・リメ杯を永久保持する権限が与えられる事も重要な動機の一つとなった。
1970年のワールドカップ・メキシコ大会ではペレを筆頭にリベリーノ、ジェルソン、トスタン、ジャイルジーニョ、クロドアウドという攻撃陣を擁して雪辱を賭ける。1次リーグ初戦でチェコスロバキアに4-1と大勝すると、第2戦では前回優勝国のイングランドを1-0で退けて決勝トーナメント進出を決める。準々決勝ではペルー、準決勝ではウルグアイを下し2大会ぶりの決勝進出を果たした。ペレ自身は決勝まで3得点に終わったが、周囲のタレントを生かすゲームメーカー役を務めていた。
決勝のイタリア戦では18分にヘディングで先制点を決めると、71分のジャイルジーニョの得点をアシスト、88分のカルロス・アウベルトの得点をアシストする活躍で3度目のワールドカップ制覇に貢献。試合終了後には興奮した観客がピッチに乱入し選手達を担いでウイニングランを行い優勝を祝福した。ワールドカップで3度目の優勝を果たしたことは、「ブラジルの奇跡」と評された高度経済成長期と重なったこともあり熱狂的に受け入れられ、ブラジルの国威高揚に大きな役割を果たした。

私生活

1966年に白人女性と最初の結婚をし一男二女に恵まれたが1978年に離婚。長男のエジーニョは後にサッカー選手を志し、父親の古巣であるサントスFCのテストを受けて合格。父親とは違いゴールキーパーを務めていたが、怪我の影響もあって1999年に現役を引退した。エジーニョは引退後は父の経営するサッカー事業に携わっていたが、2005年に麻薬密売に関わっていた容疑で逮捕され刑務所に収監された。仮釈放後は麻薬中毒のリハビリを受けていたが2006年に麻薬密売組織の資金洗浄に関わった容疑で再逮捕された。
最初の妻との離婚後、ドイツ系ブラジル人のマリア・ダ・ガラサ・メネゲルと交際した。彼女はシュシャという芸名でモデルとして活動しており、1980年代初頭には『PLAYBOY』誌の表紙を飾った。後にブラジルの子供番組の司会者に抜擢されると、ペレは彼女の経歴を懸念しPLAYBOY誌と独占インタビューに応じる代わりに彼女の写真のネガを引き渡す取引を行った。シュシャはこの番組出演を皮切りに映画出演や歌手としても成功を収め、ペレ自身も彼女の番組に特別出演した。シュシャはペレと別れた後はF1ドライバーのアイルトン・セナと交際したが、このことからシュシャを巡ってペレとセナの間でトラブルがあったとの噂が広まった。
1994年4月に心理学者でゴスペル歌手のアシリア・セイシャス・レモスと再婚し、1996年に双子が生まれた。アシリアは2006年にゴスペル界のグラミー賞といわれるGMA賞にノミネートされた。
2016年に日系ブラジル人の実業家マルシア・シビーリ・アオキと3度目の結婚をした。2人が出会ったのは、1980年代、ニューヨークのパーティーであり、その後2008年に再度出会い、2010年から交際を始めた。

神様ペレ 名前の由来

「ペレ」の愛称は、父親の所属していたサッカークラブ、ヴァスコ・デ・サンロレンソのGKの「ビレ (Bilé) 」のファンであったことに由来している。当時のペレは幼かったことや、ミナス・ジェライス訛りもあって「B」の発音が出来ず「P」と発音していた。

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