はじめに
若干16歳にして、2016年フィギュアスケート世界選手権女子シングルで初出場初優勝という快挙を成し遂げた、ロシアの新星、エフゲニア・メドベージェワ選手。優勝後のインタビューで、インタビュアーが日本のマスコミと知ると、彼女はおもむろに、日本語の詩の暗唱を始めました。
「ごめんね 素直じゃなくって 夢の中なら云える 思考回路はショート寸前 今すぐ会いたいよ」
そう、彼女が暗唱したのは、かつて90年代に一世を風靡したアニメ「美少女戦士セーラームーン」の主題歌「ムーンライト伝説」の歌詞だったのです。
実はメドベージェワ選手、大の日本アニメ好きとしてスケートファンには知られていました。中でも一番のお気に入りが「セーラームーン」。2016夏に日本で開催されたアイスショーでは、完璧な再現度のセーラームーンの衣装に身を包み、「ムーンライト伝説」に合わせて華麗な演技を披露しました。
そんなメドベージェワ選手に、かつて「なかよし」を愛読していたスケートファンは、一様に同じ思いを抱いたことでしょう。
「美少女戦士セーラームーン」の作者・武内直子先生が、かつてフィギュアスケートのマンガを連載していたことを、メドベージェワ選手に教えてあげたい!!と……。
そのマンガのタイトルは「Theチェリー・プロジェクト」。少女マンガならではのドキドキと、スケートファンをも唸らせる展開が楽しめる名作です。
基本情報
「Theチェリー・プロジェクト」は、講談社の少女マンガ雑誌「なかよし」1990年10月号から 1991年12月号に連載されました。単行本は全3巻、講談社コミックスより発売されています。
あらすじ
この物語のあらすじを端的に説明すると、下記のとおりになります。
「学祭でスケートリンクを作り、ちえりとペアのショーをやること」が、すなわち「チェリー・プロジェクト」の当初の目的なのですが、まずは、突然そのプロジェクトの中心人物となったヒロイン・飛鳥ちえりをご紹介しましょう。
主人公・飛鳥ちえり(チェリー)

飛鳥ちえりは中学二年生。学校では委員長を務めるしっかり者です。幼い頃に母と死別し、フィギュアスケートの元全日本チャンピオンである父と二人暮らし。スケートクラブに通った経験はないようですが、休日には、父とスケートリンクに出かけて楽しく滑っています。その、楽しく滑っている様子がこちら。



スケートクラブには入っていないものの、恐らく父親にはスケートの手ほどきを受けていたと推測されますが、それにしても素晴らしい身体能力と技術です。極め付けは……。

6種類あるジャンプのうち、どれを飛んだのかはこのコマからは判別できませんが、とにかくも3回転ジャンプです。飛鳥ちえりが、相当な能力を秘めた少女だということがお分かり頂けるでしょう。
憧れの人・続正紀
そんなちえりには、外出時に必ずする「おまじない」があります。

ちえりのキスを受けている写真の少年は、続 正紀(つづき まさのり)。2年前、小学6年生のちえりが、父と見に行ったフィギュアスケートの大会に出場していた、ちえりと同い年の選手です。若干12歳にしてトリプルアクセルを飛び、ジュニアチャンピオンのタイトルも獲得しています。その姿に、ちえりは一目で魅せられました。

しかしこの後、彼が試合に出場することはなく、消息はぷっつりと途絶えてしまいます。インターネットも普及していない時代、子どものちえりには彼の動向を追う手立てはありませんでした。
ここで話は現在に戻ります。先程紹介したコマで、華麗に3回転ジャンプを飛んだちえりですが……。


そして、自分を抱き留めた人物の顔を見たちえりは……。

「チェリー・プロジェクト」始動
そう、その人物こそ、ちえりが憧れる続正紀その人だったのです。突然の再会に心躍るちえり。
しかし、実はこの出会い、偶然ではありませんでした。



明らかに怪しい動きの少年たち。しかしそれは、続のある目標のための行動でした。

そう、続の野望とは、ペアスケーターとして、中学生のうちに世界の舞台に立つことだったのです。なお、続の進退については、何やら複雑な事情がありそうですが……。
そして、ちえりの才能を見出した続たちは、次の行動に出ます。「あらすじ」でも紹介したとおり、ちえりの学校に転校し、いきなり学祭でちえりによるアイスショー開催を計画するのです。
こうして「チェリー・プロジェクト」はスタートしたのでした。
恐るべきちえりのポテンシャル
陸上での基礎体力トレーニングをしばらく続けた後、続は初めてちえりをリンクに連れて行きます。そこでちえりがいきなり披露したのが、父親に教わったコンパルソリー。
フィギュア用語解説(コンパル・ターン)

実は高い基礎能力を備えていたちえりですが、この後も驚異の身体能力と順応力で、周囲を驚かせ続けます。


こうしてフィギュアスケートの才能を開花させていくちえり。しかし、その前に、高く大きな壁が立ちふさがります。

彼女の名はキャンティ秋山。わずか8歳で全日本ジュニアで優勝を果たし、現在、世界ジュニア選手権を連覇中という逸材です。その可憐な容姿と圧倒的な実力、そして気位の高さから「プリンセス」と呼ばれています。
そのプリンセスは、ちえりの演技に致命的な弱点を見つけたようですが……。
さて、ちえりたちはこの後「チェリー・プロジェクト」を完遂することができるのでしょうか?
おわりに
飛鳥ちえりは、続たち仲間のサポートを受けながら、数々の困難に立ち向かっていきます。その中で、ご紹介したシーンよりも遥かに驚きに満ちた展開を見せることもあります。その表現に戸惑う人もいるかもしれません。
空想科学研究所主任研究員の柳田理科雄先生は、ベストセラー「空想科学読本」のまえがきで、次のように語っておられます。
一方「プリンセス」キャンティ秋山は「四回転をとべる男子がいま世界に何人いると思うの?」と発言しましたが、この物語が発表されたのは90年代初頭。フィギュアスケートの世界は大きく進化しています。
2016年現在、男子シングルのトップ選手は各種四回転ジャンプを複数プログラムに組み込んでいます。2002年には、安藤美姫さんが女子スケーターとして初めて、競技会での四回転ジャンプ(四回転サルコウ)を成功させました。
時代をはるかに先取りしていたといえる「Theチェリー・プロジェクト」。「リアル飛鳥ちえり」のようなスケーターが、我々の前に登場する時は近いかもしれません。