PL学園は1956年の野球部創部から、7色のボードを使って人文字を作ってきた。
人文字は高度にシステム化されている。
1996年の甲子園出場時には、定時制の生徒10人がパソコンを使って人文字を「設計」。
設計図を元にした「カラーブック」を応援席の一人ひとりが所持。
カラーブックには、青、白、赤、黄、オレンジ、緑、ピンクの順に七色の厚紙がつづられ、表紙には、「1青」「2黄色」「3黄色」という具合に、座席ごとに異なる指示表が貼られてた。
応援執行部員や生徒会役員ら二十数人が務めるリーダーが「『打て』です」と模様を示し、次に「一枚目です」「二枚目です」などと、めくるタイミングを指示。
生徒はその通りに厚紙を出していけば人文字ができあがるという流れだった。
PL学園の「PL」
智辯の「C」!
単刀直入「打て」!
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