打ち切り(放送中止)になったテレビアニメ・特撮テレビドラマ作品

打ち切り(放送中止)になったテレビアニメ・特撮テレビドラマ作品

作品自体の実力不足や裏番組が強すぎたことによる不人気や低視聴率による打ち切り。重要な役を演じるキャストの逃亡、降板による打ち切り。大人の事情で打ち切りになったアニメや特撮作品。色々な理由で打ち切りになったアニメと特撮作品をおさらいしてみましょう。


日本最短で打ち切りになったアニメ作品『ドン・ドラキュラ』(放送:1982年) 担当広告代理店が倒産したため放送中止になった不幸な作品。

タイトルは『手塚治虫のドン・ドラキュラ』。じんプロダクションによりアニメ化され、1982年4月5日から同年4月26日までテレビ東京で毎週月曜 19時00分 - 19時30分(日本標準時、当時の裏番組はあさりちゃん)に放送されていた。

1988年7月22日に大陸書房からビデオソフトが発売された。VHSのみで価格は1,980円。第1話から第8話までを90分に再編集した内容。

2002年4月25日には、8話全てを収録したDVDが「手塚治虫アニメワールド」シリーズのひとつとしてパイオニアLDC(現・NBCユニバーサル・エンターテイメントジャパン)より税抜き5,800円で発売された。パッケージ裏面は他の「手塚治虫アニメワールド」シリーズと異なり、現代の子供にも受け入れられるような易しい文章と漢字にルビが振られている。

アニメ作品『ドン・ドラキュラ』(放送:1982年)

手塚治虫先生の同名漫画をアニメ化。なんと放送されたのはたったの4回で、「日本最短で打ち切りになったアニメ作品」といわれています。

放送1年前から制作が開始され、脚本は第21話まで完成していたものの、担当広告代理店が倒産したためにスポンサーを集められず、テレビ局への電波料未払いによって東京では第4話で終了している。地方によっては完成していた第8話まで放送された。

打ち切りが原因で放送期間が1か月にも満たないというケースは、テレビアニメ全体でも稀なケース。

打ち切り理由は作品の不人気によるものではないため、DVD化等はされています。

『ドン・ドラキュラ』は、秋田書店『週刊少年チャンピオン』で連載されていた手塚治虫の漫画作品である。1979年22号(5月28日号)から同年50号(12月10日号)まで連載。

現代社会に生きるドラキュラ伯爵の姿をコミカルに描く。『少年チャンピオン』での手塚漫画としては、『ブラック・ジャック』の次の連載となる。

本作は基本的にコメディ色が強く、ラストシーンもほとんどがギャグであり、この点はアニメでもそのまま表現されている。最終回も完結や特別な盛り上がりでなく、いつものドタバタで終了した。手塚自身も楽しく描いていたと「手塚治虫漫画全集」で語っている。その一方、回によっては人情味あふれるエピソードもしばしば見受けられる。

手塚治虫先生の漫画『ドン・ドラキュラ』

『まいっちんぐマチコ先生』 PTAの猛攻撃を食らい、広告主9社の不買運動などにも発展し、打ち切りに追い込まれた。

1981年10月8日から1983年10月6日まで毎週木曜日の19時30分から20時までの時間帯(改編期や年末年始はスペシャルなどで変則あり)にテレビ東京ほかで放送された。全95話。1983年7月28日から10月6日までは再放送。

『まいっちんぐマチコ先生』(1981年10月8日・テレビ東京ほか)

毎回乳房の露出があるという性質上PTAなどからの苦情が多かった。1982年には京都で「マチコ先生に抗議する会」まで結成された。

原作者は、後に「友情の大切さを描いたつもりだったが、PTAの人達に理解してもらうことは難しかった」と語っている。

また「マチコ先生に抗議する会」結成と同時期に、近畿地方の放送局が広域放送局の読売テレビからテレビ大阪(大阪府域局)と奈良テレビ(奈良県域局)に放映権が移行したため、滋賀・京都・和歌山・兵庫の4府県では事実上放送が打ち切られた。

このような中、『マチコ先生』に対する抗議行動として学研の学習誌の不買運動に発展、学研としては『チャレンジ』での連載を打ち切ることにした。

学研・読売テレビ・テレビ東京・広告主9社が「マチコ先生に抗議する会」から猛攻撃を受けた。

「マチコ先生に抗議する会」の報告書

アイアンキングの第25話「アイアンキング大ピンチ!」で放送が打ち切られ、アイアンキングが東京を破壊しているところで放送終了・・・テレビ埼玉

最終回の26話は放映せず、アイアンキングが東京で暴れるこの25話で放送を打ち切ってしまったのがテレビ埼玉だ!

正義のヒーローのはずのアイアンキングが東京を破壊して番組終了!超絶なバッドエンディングだ。

第25話「アイアンキング大ピンチ!」はアイアンキングがタイタニアンに憑依されて東京を破壊し続けるシーンで終わるエピソードである。

テレビ埼玉の再放送で第25話「アイアンキング大ピンチ!」ここで放送が打ち切られた。
(最終回の26話だけでなく、他に第7話、第9話、第12話が未放映だった)

アイアンキングが東京を破壊して終わる・・・この酷い話がアイアンキングの最終回になってしまった人たちがいます。

ウルトラマンのような正義のヒーローが町を破壊して番組が終了?

あまりにも衝撃的なバッドエンディングにトラウマになってしまった人が続出したり、アイアンキングをウルトラマン系作品と勘違いして、酷いウルトラマンの最終回があるんだよ!という都市伝説になってしまった。

ウルトラマンとの差別化の都合上で、弱く設定されました。結果、アイアンキングは他にはない、記録よりも記憶に残る存在になり、また人間ドラマ的に盛り上がりました。

アイアンキングは非常に弱いヒーローですが、悪党ではありません。25話だけ敵に操られてしまいました。

静弦太郎(しずか げんたろう)は特撮史上、生身の人間で最強!

『魔法少女ちゅうかなぱいぱい!』 主演の「小沢なつき」が撮影を途中で放棄して降板という形で番組が終了。

『魔法少女ちゅうかなぱいぱい!』(まほうしょうじょ ちゅうかなぱいぱい)は1989年1月15日から同年7月9日までフジテレビ系列で放送された特撮テレビ番組。東映不思議コメディーシリーズの第9作。全26話。

当初は同年の12月までの一年間放送を予定していた。しかし主演の小沢が途中降板したため、番組は僅か半年で終了となり、後番組『魔法少女ちゅうかないぱねま!』が急遽制作されることになった。

『魔法少女ちゅうかなぱいぱい!』

小沢なつきは撮影を途中で放棄して降板という形で番組が終了。そのまま芸能界から引退となった。

小沢なつきは1989年には『魔法少女ちゅうかなぱいぱい!』で、テレビドラマ初主演を果たし、女優、アイドル歌手として活躍を見せていた。しかし、同作で撮影を途中で放棄して降板という形で番組が終了。そのまま芸能界から引退となった。

この引退について、マネージャーとの駆け落ちや子供の出産などが噂された。後年、出演したテレビ番組で小沢本人は、「忙し過ぎて訳がわからなくなり、マネジャーと駆け落ちまがいのことを計画したが、待ち合わせ場所に相手は来なかった」と、事態の背景を話した。

噂ではマネージャーと結婚して、子供も生み、離婚した・・・という話もある。

『エコエコアザラク』 「神戸連続児童殺傷事件」の影響により18話で打ち切りとなった。自主規制。

テレビ東京で1997年2月1日から5月31日まで、テレビ大阪で1997年10月2日から1998年4月1日までギャガ・コミュニケーションズ製作、円谷映像制作で放送された。

黒魔術を駆使する若い魔女・黒井ミサ(くろいミサ)を主人公とし、ミサに関わる奇怪な事件、人々の心の闇を描く。

原作の黒井ミサは、善人であれ悪人であれ場合によっては人を平気で惨殺する非情な魔女として登場、特に自分に対する性犯罪者に対しては容赦ない場面がたびたび描かれた。

ミサは魔女としての残忍さと普通の女子高生としての可愛らしさを併せ持つ得体の知れないキャラクターであるが、回が進むにつれ、比較的明るい性格の娘へと変化していった。しかし、基本的には邪悪さを隠し持ったダークヒロインであった。

『エコエコアザラク』(1997年・テレビ東京)

佐伯日菜子演じる黒井ミサは最高のハマリ役と言われ、視聴率は深夜2時の放送としては異例の高視聴率を記録した。全26話。

テレビ東京版は「神戸連続児童殺傷事件」(1997年)の影響により18話で打ち切りとなったが、事件の犯人逮捕後に放送が開始されたテレビ大阪と地方局で番販された際は最終話まで放送された。

テレビ番組が少年に与えた影響が取りざたされたため、猟奇シーンの含まれる番組(『銀狼怪奇ファイル』、『エコエコアザラク』など)の放送や新シリーズ制作が中止になったり、特撮番組においてヒーローが切断技で怪獣の首をはねたり胴体を真っ二つに切断し倒す演出が自粛されるようになった。

「神戸連続児童殺傷事件」(別名『酒鬼薔薇事件』『酒鬼薔薇聖斗事件』・1997年)による影響で猟奇シーンの含まれる番組が自主規制・自粛した。

佐伯日菜子演じる黒井ミサは最高のハマリ役。放送タイミングは不運でした。内容的に打ち切りはしかたがないです。

裏番組が強すぎて、視聴率競争に敗れる

テレビアニメ「サザエさん」の基本放送枠は、日曜18:30枠。

『円盤戦争バンキッド』や『ファイヤーマン』は、『サザエさん』(フジテレビ系)に全く太刀打ち出来ず、打ち切りになりました。

「円盤戦争バンキッド」「ファイヤーマン」は、裏番組のサザエさんの視聴率の圧倒的な強さの前に、打ち切り。

『円盤戦争バンキッド』(えんばんせんそうバンキッド)は、1976年(昭和51年)10月3日から1977年(昭和52年)3月27日まで日本テレビ系で毎週日曜日18:30 - 19:00に全26話が放送された、東宝製作の特撮テレビ番組。

当時話題だった空飛ぶ円盤をテーマに、地球を攻撃するブキミ星人とバンキッドの戦いを描く。

「円盤戦争バンキッド」は東宝製作です。「スーパー戦隊シリーズ」は東映製作です。

「円盤戦争バンキッド」の裏番組はサザエさん。バンキッドは視聴率も当時スポンサーのタカトクの玩具売上げもパッとせず僅か半年で打ち切りになりました。

『円盤戦争バンキッド』(1976年・日本テレビ系)

『ウルトラマンタロウ』や『ジャンボーグA』などと同様に円谷プロ創立10周年記念番組として製作された作品。制作当初の方針は「怪獣特撮番組の原点に還る」だった。

しかし、視聴率は平均6 - 7%台と低迷した。そのテコ入れとして第13話より放送枠が火曜日19時台に変更され、オープニングのタイトルバックを一新(アバンタイトルとしてファイヤーマン対怪獣のハイライトシーンも挿入)。

さらに第17話と第18話の九州ロケ編(ファイヤーブレスレット、新技ファイヤーダッシュが登場)を経て、コミカルな宇宙怪獣を登場させたり、山村を舞台にした牧歌的な描写を増やすなどの策が取られた。しかし視聴率が向上することはなく、作品の独自性も薄れる結果となり、7か月で打ち切られた。

『ファイヤーマン』(1973年・日本テレビ系列)

「世界名作劇場」シリーズ中で唯一の打ち切り作品『名犬ラッシー』(放送:1996年)

『名犬ラッシー』(めいけんラッシー)は、1996年1月14日から同年8月18日までフジテレビ系列の『世界名作劇場』枠で放映された、日本のテレビアニメシリーズ。全26話(ただし、第26話は本放送時未放映)。

平均視聴率は8.9%。1996年8月で放送は打ち切られ、『世界名作劇場』枠では唯一の打ち切り作品となった。

「世界名作劇場」シリーズ『名犬ラッシー』(放送:1996年)

1年の予定のところを半年・全26話で終わってしまいました。

本放送の最終話(第26話)は、1996年8月25日に野球中継が雨天中止の場合に限り放送予定(いわゆる雨傘番組)だったが、晴れて野球中継が放送されたため未放送となった。

第26話は野球中継を想定して後日談的内容に制作されておりストーリーに直接関係はなく、第25話が実際の最終回になっている(初回放送では第25話の最後に「おわり」のテロップが挿入されており第26話の次回予告も放送されていない)。

これは『世界名作劇場』シリーズ中で唯一の打ち切り作品です。
かわいそうなラッシー・・・。

『ジャッカー電撃隊』 関連グッズが販売不振で売上高が設定ノルマに未到達・・・「スポンサー降板」で打ち切り・・・

『ジャッカー電撃隊』(ジャッカーでんげきたい)は、1977年(昭和52年)4月9日から12月24日までテレビ朝日系列で毎週土曜19:30 - 20:00(JST)に全35話が放送された、テレビ朝日と東映制作の特撮テレビドラマ。および作中で主人公たちが変身するヒーローたちのグループ名。
『スーパー戦隊シリーズ』第2作。

4人のサイボーグ「ジャッカー電撃隊」が犯罪組織「クライム」の起こした事件を捜査した末、変身して「クライム」と戦う姿を描く。

『ジャッカー電撃隊』(1977年)

スーパー戦隊シリーズで唯一打ち切られた作品。ゴレンジャーとは打って変わったシリアス志向が受け入れられなかった。

『ゴレンジャー』に出演していた宮内洋を新たにレギュラーとして起用し、テコ入れで途中参加したテレビ朝日の小泉美明プロデューサーの提案でビッグワンが誕生した。

作劇面以外でも、オープニング・エンディング映像の再構成やアイキャッチの変更がされた。しかし、これらの措置は視聴率の上昇には繋がらず、35話で放送終了となった。そのため、スーパー戦隊シリーズで最も話数が短く、また年を越すことなく放送を終了した唯一の作品となっている。

『ジャッカー電撃隊』 テコ入れとして「ビッグワン」(演:宮内洋)を新たに起用するも・・・視聴率の上昇には繋がらず

番組スポンサーが突然倒産し、打ち切り。特に1973年と1977年のオイルショックの影響は大きかった。運が悪い作品。

『超攻速ガルビオン』(放送:1984年) メインスポンサーであった玩具メーカー「タカトクトイス」が倒産したため。

『超攻速ガルビオン』(放送:1984年)

放送途中にメーンスポンサーであった玩具メーカー「タカトクトイス」が倒産します。

このため、残念ながら第22話での打ち切りとなりました。

全国のファンから抗議の電話やハガキが国際映画社へと送られ、国際映画社側も泣く泣く謝罪せざるを得なかった。

『スーパーロボット レッドバロン』(1973年) 番組は成功していたが、メインスポンサーの「日本空気販売」の倒産。番組制作費の調達が困難になり、打ち切り。

二桁台の平均視聴率を稼ぐ人気番組となり、商品化権許諾社数は80社、関連商品は500点以上を記録した。結果、日本テレビの番組の版権収入では新記録(当時の額で1億円)を樹立した。

メインスポンサーの日本空気販売の経営不振(1974年6月14日に倒産)により制作費の調達が困難になり、1974年3月末での終了を余儀なくされた。オイルショック(1973年)の影響が大きかった。

日本テレビ系の特撮番組『スーパーロボット レッドバロン』では、エアロマスターのコインクーラーを販売する総代理店の日本空気販売がスポンサーで、劇中の登場人物や特撮シーンを使ったCMも放映していた。

『スーパーロボット レッドバロン』(1973年)

『小さなスーパーマン ガンバロン』(1977年) スポンサーだった「ブルマァク」が倒産、資金繰りが困難になり打ち切り。

『小さなスーパーマン ガンバロン』(ちいさなスーパーマン ガンバロン)は、1977年(昭和52年)4月3日から同年12月24日まで全32話が日本テレビ系列で毎週日曜日18:30 - 19:00(25話まで)、毎週土曜日7:00 - 7:30(26話から)に放送された、創英舎製作の特撮テレビ番組。

番組の開始当初は、視聴率的にも好調で比較的予算にも恵まれ、シリーズ中盤では大々的にグアム島ロケが敢行されている。しかしスポンサーだったブルマァクが倒産、資金繰りが困難になり後半は大幅に制作規模を縮小せざるを得なくなった。

結果、千葉県御宿温泉に舞台を限定し、登場人物は主人公の天道輝をはじめとする少年タイムズメンバーと悪役のドワルキンのみ(ワルワル博士は全く登場しない)に限定した展開となり(この千葉県御宿ロケ以降はOPも変更されている)、結果的には32話で打ち切りとなった。

『小さなスーパーマン ガンバロン』(1977年)

ガンバロンが「来週も見よう!」と呼びかけたまま打ち切られた。
運が悪い、不幸としか言いようがない作品。

『小さなスーパーマン ガンバロン』の筆頭スポンサーだった「ブルマァク」は1977年(昭和52年)10月、倒産。

ブルマァクは1977年(昭和52年)10月、倒産。

ブルマァクが筆頭スポンサーだった『小さなスーパーマン ガンバロン』は12月24日放送分で中途打ち切り、『合身戦隊メカンダーロボ』も同じく12月29日放送分で打ち切りとなった。

漫画版「突撃ヒューマン」の突然の最終回は2ページ(見開き)で終わり・・・「ドカッ(最後の敵を倒す)」「(応援ありがとう)さようなら」

「ドカッ!」兄の仇である最後の敵をわずか1ページ(1描写)で倒す。

画像のグランドキングフラッシャーは誤植であり、グランドフラッシャーが正解。画像は「ヒューマン2号が単独でグランドフラッシャーを倒す」内容。

漫画版「突撃ヒューマン」の最終回の1ページ目

平和は戻り、「さようなら」突撃ヒューマンはこれで終わりですの最後のページ!

こんな最終回で、子供たちは納得したでしょうか・・・

漫画版「突撃ヒューマン」の最終回の2ページ目(最後のページ)・・・・・・最短最終回の大記録だ。

小学館の学年別学習雑誌にも漫画が連載されていたが、番組が1クールで終了したことや、ヒューマン1号の処遇が戦死から復活へと二転三転したことなどから、最終回は「2号がグランドフラッシャーを倒してヒューマン星に帰る」、「2号が単独でグランドフラッシャーを倒す」、「ダブルヒューマン最後の戦い」、「見開きによるヒューマン2号の紹介のみ」など、学年によって内容が異なっていた。

『突撃! ヒューマン!!』(とつげき ヒューマン)は、1972年10月7日から同年12月30日まで日本テレビ系で全13話が放送されたヒーロー番組。毎週土曜日午後7時30分から午後8時に放送された。

この時期のヒーロー番組としては後発であるがゆえに、「公開番組」という放映形態で様々な試みを行ったが、歌番組やバラエティ以外での公開録画、映像的な特殊効果のない舞台劇のヒーローという、ある意味斬新なスタイルが、特撮ヒーロー番組に馴染んだ視聴者にはあまり受け入れられず、肝心の「体操教師」という設定や「ヒューマン準備体操」も活かすことができないまま、放映は1クールで打ち切られた。

特撮番組『突撃! ヒューマン!!』は1クールで打ち切り。裏番組の『仮面ライダー』が強すぎた。

このときには、彼女が後に大成功することをまだ誰も知らなかった。

『突撃! ヒューマン!!』のヒロインは、「キャンディーズ」の田中好子(スーちゃん)だ。

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