馳浩のプロフィール

馳浩は1961年5月5日、富山県に生まれ、石川県金沢市で育つ。
身長183センチ、体重105キロ。
専修大学文学部国文学科を卒業。
1984年、レスリングでロサンゼルスオリンピックに出場。
馳浩は、母校の星陵高等学校の国語科(古典)の教諭になるが、1985年8月に長州力のジャパンプロレスに入団する。
教師出身のプロレスラーといえば、ドス・カラスやスタン・ハンセンがいる。
佐々木健介がジャパンプロレスに入団したのは馳浩よりも僅か二ヶ月早かった。二ヶ月差の先輩後輩だが、同期のようなものだと思う。
当時、ジャパンプロレスの道場では、アマレス出身の長州力を中心に、グラウンドレスリングの実戦スパーリングをやっていた。これが本番の試合でも役に立つ。
馳浩は自信満々に五輪出場の腕を見せようと思ったが、佐々木健介を決められなかった。健介のレベルの高さを物語るエピソードだ。
馳浩は半年間の練習期間を終え、海外武者修行に出る。
プエルトリコや、カルガリーなどをサーキットして実戦経験を積んだが、ジャパンプロレスが分裂する。
1987年、正式に新日本プロレスに移籍することになった。
馳浩は、1987年12月27日、両国国技館で、小林邦昭をノーザンライトスープレックスで破り、IWGPジュニアヘビー級チャンピオンに輝く。
IWGPタッグ王者も、佐々木健介との馳健コンビで二度獲っているし、武藤敬司とのタッグでも二度、IWGPタッグ王者に君臨した。
馳浩は、プロレスラーとしても七色の華麗な大技で観客を湧かせていたが、現場監督の長州力の補佐としてもその手腕を発揮。
いろいろなアイデアを出して人材育成に尽力。主にレスリング界から優秀な選手を探してはスカウトし、育てていった。
馳浩が指導・教育したレスラーの顔ぶれが凄い。
天山広吉、西村修、小原道由、小島聡、中西学、永田裕志、石澤常光、大谷晋二郎、高岩竜一、安田忠夫、藤田和之。
馳浩は、後に日本マット界を牽引していく逸材を数多く育成したのだ。
巌流島の決闘

馳浩のプロレスラー時代で強く印象に残っているのは、巌流島の決闘だ。
1992年1.4東京ドームでのアントニオ猪木との対戦権を巡り、馳浩とタイガー・ジェット・シンが対戦することになってしまった。
しかも普通のルールではなくデスマッチだ。巌流島にリングを設置し、ノーレフェリー、ノールールの危険な闘い。
巌流島の決闘といえば、もちろん元祖はアントニオ猪木とマサ斉藤。
因縁の対決を繰り広げてきた両雄は、完全決着をつけるため、ついに宮本武蔵と佐々木小次郎のように、巌流島で闘うことを決めた。
1987年10月4日、アントニオ猪木とマサ斉藤は、巌流島で闘う。
レフェリーはいないから立会人が世界の荒鷲・坂口征二。
ノールールなのでマサ斉藤の絞め技に苦しめられる猪木。ロープブレイクがないから猪木が何度も落ちそうになる。
場外に出ての喧嘩殺法なら猪木も得意。最後は猪木が魔性のスリーパーでマサ斉藤を落とし、坂口征二が猪木の勝ちを宣告した。
試合時間は、2時間5分14秒。

それにしても、インドの猛虎、タイガー・ジェット・シンと巌流島の決闘をやろうなんて、馳浩の度胸も相当なものだ。
シンは、駐車場に駐車していた馳浩の愛車を大破させたりと、何でもアリのヒールだ。普通はそこまでやらない。
アントニオ猪木を新宿の街で襲撃したこともある。24時間ヒールなので、シンが日本にいる間は油断できない。
スタン・ハンセンはエッセイの中でタイガー・ジェット・シンのことを絶賛していた。
「あれほどのプロフェッショナルをほかに知らない」
アブドーラ・ザ・ブッチャーもザ・シークも、リングを下りれば紳士だが、タイガー・ジェット・シンは24時間、インドの猛虎なのだ。
故郷へ帰国すれば実業家という顔をもっているシン。プロレスもビジネスの一端なのかもしれない。
だからこそ徹底してタイガー・ジェット・シンに成り切る。ある意味、レスラーはアクターでもある。
思えばタイガー・ジェット・シンは、アントニオ猪木と抗争を繰り返し、猪木の弟子の長州力とも抗争を展開し、長州力の弟子の馳浩とも抗争する。
息が長い。
アントニオ猪木も、シンの底知れないスタミナを褒めていた。シンのハードな猛トレーニングは有名だ。
山本小鉄も放送席でシンを賛嘆していた。
フライングメイヤーからの首4の字固めなど、技のスピードとテクニックは本物だと。
しかし反則が日常茶飯事なのも事実。
頭にカラフルなターバンを巻き、民族衣装のような格好で、サーベルを口に加え、若手や上田馬之助に肩をかつがれて入場してくる。酔っ払いのように真っすぐ歩かない。
アントニオ猪木とのシングルマッチで、突然シンはリング上に絨毯を敷き、真ん中に灰を置き、祈りを捧げ始めた。
猪木は臨戦態勢だったが、儀式の途中に襲いかかるのは良くないかと躊躇している時、シンはいきなりその灰で猪木に目潰し!
さらにブレーンバスター! シンは何でもアリだ。
そんなタイガー・ジェット・シンと、普通の試合でも危ないのに、ノーレフェリー、ノールールのデスマッチをやることがどれほど危険なことか。馳浩は想像以上のアイアンハートかもしれない。

馳浩VSタイガー・ジェット・シン

1991年12月18日、山口県下関市。
13時5分、ボートに乗って立会人のマサ斉藤が登場。巌流島の決闘を経験しているだけに、最も相応しい立会人といえる。
13時13分に馳浩、13時39分にタイガー・ジェット・シンがそれぞれボートに乗って現れる。
シンは頭にターバンを巻き、手にはサーベルを持っている。いつものコスチュームだ。
14時過ぎ、馳浩がリングに上がる。いよいよ試合開始だが、シンはまだ控室として使用しているテントの中。
馳は「タイガー!」とリング上から叫ぶ。
シンは一度テントから出てきたが、スクワットをしたりしてリングに上がらず、またテントに入ってしまう。焦らし作戦か?
馳はなぜかトップロープだけ外した。何かの作戦だろうか。リングのロープは2本だけになる。
何を血迷ったかシンがテントを燃やした。全く理解不能な行動だ。

シンはサーベルをリング下に隠し、ようやくリングイン。煙がリングの方向へ流れてくる。全く余計なことをしてくれたという感じだ。
何しろノーレフェリー、ノールール。反則負けがないというのは、シンに有利か。
早速シンは馳を倒してコブラクロー! チョークでも反則ではない過酷な試合。シンは顔面かきむしりから拳を顔に押し当てる。馳きつい。
シンが攻める。キックに首4の字固め。しかし馳は冷静。シンは腕を取ってアームブリーカー。馳を倒して腕ひしぎ逆十字固め!
馳ピンチか。ロープブレイクはないデスマッチ。馳はブリッジして逃れる。


何度か場外でやり合うが、馳は基本的にリングに戻り、リング上で闘おうとする。
馳がシンの脚を攻める。脚にストンピング。シンのリングシューズが脱げた。シンは馳にキック連打。そしてシューズで馳を殴る! 何でも凶器にしてしまうのがシンだ。
馳をダウンさせてゆっくりシューズを履くと、シンが首4の字固め。馳苦しい。馳の動きが鈍い。
シンが技を外すと、馳は大の字。シンは勝ちをアピール。これは甘いのか作戦なのかは読めない。当然まだ馳は落ちていない。
シンはキックとパンチ。そして場外乱闘。マスコミの脚立を持ち、馳を殴打!
ついにシンはサーベルを手にした。馳の頭部にサーベルの柄で一撃! 二撃! 三撃! 馳浩が大流血だ。
猛虎シンは割れた額にバイク(噛みつき)。空き缶も凶器にして傷口に突き、チョーク攻撃!

馳が怒った。反撃開始だ。ロープに使う留め金を手にした馳は、シンの額に凶器連打! エキサイトした馳がシンの額に凶器を押しつける。
ラフファイトだけでなく、馳はドロップキック! シンも大流血。馳がお返しのバイク! 目には目を歯には牙をだ。
馳はシンをロープに飛ばしてカウンターのスリーパー!
シンも負けていない。キックにパンチで応戦。場外乱闘。馳を鉄柱に叩きつけ、ダウンすると場外でコブラクロー!
怒りの馳がマスコミのものか、ロープを手にしてシンの首を絞める。その辺にあるもの全てが凶器のデスマッチだ。
リングに戻る両雄。馳が外したトップロープで首絞め。これがやりたかったのか。シンが馳に金的パンチ。馳ダウン。シンがロープを奪った。馳の首を絞める。やはり凄惨な試合になってしまった。
二人とも大流血。馳が起死回生のバックドロップ! 後頭部痛打。さらに必殺技の裏投げ! シンは完全に大の字。動かない。
立会人のマサ斉藤がリングに上がってシンの顔を見る。
「馳の勝ち!」
1時間11分24秒、馳浩の壮絶KO勝ち。最後はプロレス技で決めた。
馳はマスコミに囲まれる。シンは担架で運ばれた。
馳浩VSアントニオ猪木


インドの猛虎、タイガー・ジェット・シンを破り、アントニオ猪木との対決権を勝ち取った馳浩は、堂々と師弟対決に全力を尽くす。
1992年1月4日、東京ドーム。
馳浩は猪木にリバースインディアンデスロックから見事なブリッジを見せて鎌固め。しかし猪木は鎌固めを切り返す。
勝負に出た馳が猪木に裏投げ! 後頭部痛打。馳は強引に裏投げ二連発! 猪木ダウン。立てない。
まだだと馳。猪木に裏投げ三連発! カバーの体勢。
ワン、ツー! WOOOOOOOOOO! 危ない、カウント2.9!
非情になる馳は四発目の裏投げ! 完璧に後頭部からマットに落ちた。
まだ行く。馳が五発目の裏投げ・・・を猪木が粘る。馳の腕を取ってアームブリーカーから延髄斬り! 大歓声。
猪木の反撃開始。馳に魔性のスリーパー! 延髄斬り! 卍固めの殺人フルコース。馳が歩く。何とかロープ。大拍手。
しかし馳苦しい。猪木が延髄斬り! 延髄斬り! 馳倒れない。リング中央でもう一度卍固め! 馳たまらずギブアップ。
「ダー!」


やはりアントニオ猪木は強かったが、馳浩も見せ場は十分。東京ドームを盛り上げた。
試合の前半、猪木のスリーパーホールドで馳が失神してしまった場面があった。猪木はレフェリーに「起こせ」と言い、馳が立ち上がるまで待った。
魔性のスリーパーと言われるアントニオ猪木のスリーパーホールドはチョーク疑惑があるが、猪木はチョークではないと言う。
「やり方がある。引退したら教えたい」と語っていたが、引退したあとも謎のままだ。
猪木のスリーパーホールドで藤原嘉明が一瞬にして顔を痙攣させて失神。高田延彦も2秒でタップアウト。
それゆえ魔性のスリーパーと呼ばれてきたが、果たして。
ちなみにレフェリーのミスター高橋は猪木がスリーパーホールドで絞めるとすぐに「ワン、ツー、スリー、フォー」
驚きの表情で一旦外す猪木はまたスリーパー。するとすぐにミスター高橋が「ワン、ツー、スリー」
「何でだよ!」と怒る猪木。そんな象徴的なシーンもあった。
一瞬で落ちるということで、ミスター高橋はチョークスリーパーと判断していたのか?
総合格闘技ではチョークスリーパーはOKだが、プロレスはチョークスリーパーは反則。
格闘技である以上、もちろん勝ち負けは大事だが、会場全体をエキサイトさせ、高い入場料を払って観に来た観客を大満足させて帰すのもプロレスラーの重要な仕事だ。
そのため一瞬で決まってしまうチョークや顔面パンチを反則技にしているのかもしれない。
プロレスは奥が深い。
気分は半分プロレスラーの怪人ターザン山本氏が駆け出し記者の頃、先輩に言われた言葉が印象的で、ずっとその思いで記事を書いてきたと語っていた。
それは、「プールのように透明なものを、底無し沼のように書くのがプロレスマスコミの仕事だ」
何とも意味深い言葉で、プロレスの裏も知っているベテランファンの心をくすぐる言葉である。
馳浩VS蝶野正洋

馳浩は、入場するとまずコーナーポストに乗り、Tシャツを脱いで観客席にTシャツを投げるというスタイルを毎回取っている。
ただ入場するだけでは芸がない。ブルーザー・ブロディもタイガー・ジェット・シンも入場シーンで楽しませてくれる。
千の顔を持つ男・仮面貴族ミル・マスカラスもマスクを二枚被っていて、上の一枚を観客席に投げた。
馳浩もいかに会場を盛り上げるか、人一倍考えるレスラーで、それは自分だけではなく興行全体の盛り上げ方を常に考えていた。
蝶野正洋はNWA世界ヘビー級チャンピオン。ここは馳浩を貫禄で一蹴したいところだが、そうは問屋が大根おろしだ。
馳浩は河津落とし、カナディアンバックブリーカー、そしてリバースインディアンデスロックから鎌固め。本当に技が多彩だ。
さらにフライングメイヤーから首と脚を決める複合技で蝶野を攻める。蝶野もやられっ放しではない。馳に延髄斬り!
蝶野がコーナーポスト最上段に上がり、フライングショルダーかと思ったら、馳が素早く雪崩れ式ブレーンバスター!
蝶野は場外にエスケープ。馳が追って場外乱闘。フェンスに蝶野の首を落とすギロチン! 巌流島の決闘でラフファイトにも自信を得たか。
馳はエルボー5連発、ネックブリーカー、ドラゴンスリーパーと畳み掛ける。蝶野は脳天にニーパットでカットするが、馳はすぐにドラゴンスリーパー。もう一度脳天にニーパットで技を解く。
馳がバックを取ってバックドロップ! 強烈。ブリッジをきかせたデンジャラスな角度のバックドロップだ。
馳が積極果敢にラリアット! そして裏投げ・・・は蝶野が粘ってDDT!
蝶野も先ほどのお返しとばかりブリッジをきかせたデンジャラスバックドロップ!
一進一退の攻防。
馳は蝶野をロープに飛ばしてカウンターのスリーパーホールド。蝶野苦しい。
馳が蝶野を逆さまに持ち上げてパイルドライバー! さらにパワースラム! レフェリーはタイガー服部。カウントはツー。
馳の技が止まらない。変形スリーパーとボディシザースの複合技で蝶野を絞め上げる。
もう一度馳がパイルドライバーで蝶野の脳天をマットに落とす。そしてコーナーポスト最上段からダイビングエルボーバット!
攻める馳。河津落とし2連発からコーナーポスト最上段に上がり、ダイビングニードロップ・・・はよけられて自爆。
今度は蝶野がパイルドライバー! 足の4字固め。馳はロープに逃れる。蝶野は脚を狙う。ローキック連打から片逆エビ固め。そしてすぐにSTFに移行する。危ない。馳はロープ。
蝶野が反撃開始だ。馳の脚にコーナーからニードロップ! これはきつい。さらにニークラッシャー! 徹底的な脚攻め。
蝶野はもう一度STF! リング中央で決まってしまった。馳は匍匐前進でロープブレイク。
20分経過。蝶野は馳をボディスラムで投げ捨て、コーナーポスト最上段から十八番のダイビングショルダータックル! 蝶野も引き出しの多さでは負けていない。馳をダルブアームスープレックスで叩きつける。
蝶野がコーナーポストに上がるが、馳が何と雪崩れ式のノーザンライトスープレックス!
馳が蝶野に対して掟破りのSTFを掛けるが、蝶野はすぐにロープ。
馳が蝶野の顔面にキック。これには蝶野も黙っていない。馳の顔面にケンカキック!
蝶野がジャーマンスープレックスを狙うが馳がエビ固めで丸め込む。一瞬の油断もできない闘い。
馳がバックドロップ! そして必殺の裏投げ! 蝶野はケンカキック! 馳がもう一度裏投げ! 裏投げ二連発! 蝶野ダウン。馳はトドメのノーザンライトを狙うが蝶野がキックで防ぐ。さらに顔面にケンカキック!
壮絶な試合に会場も大興奮。馳が裏投げ! そしてノーザンライトスープレックス! 決まったか。カウントはワン! ツー! WOOOOOOOOOO! 蝶野返した。意地か。
馳浩がもう一度ノーザンライトスープレックス! カウントスリー!
まさか、蝶野正洋に勝った!
25分46秒。対戦相手を輝かせて勝つという猪木ばりの試合をした馳浩。闘魂三銃士の一角を崩した。
ならば次は武藤敬司だ。
馳浩VSグレート・ムタ

顔面に真っ赤なペイント。悪の化身、グレート・ムタ見参。IWGPヘビー級ベルトを腰に巻いているが、この試合はノンタイトル戦、60分1本勝負。
ゴングが鳴っても馳はすぐには近づかない。ムタが不気味な表情で近寄り難い。案の定、ムタは上を向くと、口から緑色の毒霧を噴射させた。
馳が速攻。ドロップキック! ラリアット! ランニングネックブリーカー! そしていきなりの裏投げ!
ムタは場外にエスケープ。馳が追う。机を立てかけてムタを叩きつけるラフファイト。
リング上。馳はコーナーポスト最上段からのダイビングエルボーバット! サイドスープレックスと思ったら、ムタのストマックを膝に落とす! これは苦しい。
馳の両手は拳から手首までテーピングでグルグル巻き。これは鉄拳制裁を考えているのか。
いよいよムタが反撃。パンチにローリングソバット! リバースインディアンデスロックから鎌固め。しかし馳は技を掛けられながらムタの顔を決める。
馳の喧嘩ファイト。ムタの顔面を踏みつけ、喉に地獄突き、ネックブリーカードロップ!
ムタが場外へエスケープ。いつものようにゆっくりリングの周りを歩き、凶器になるものを探す。馳はリング上に寝転がってムタを挑発。ムタのペースにはさせない。
馳がブレーンバスター・・・を切り返し、バックに回ったムタがパンチ、チョップ。場外乱闘。ムタは馳を鉄柱に叩きつける。
ムタがコーナーポスト最上段から、場外の馳にダイビング手刀!
マットを剥がして床を剥き出しにさせるムタ。馳にフェイスクラッシャー! 床に顔面から行ってしまった馳。
リング上。ムタは馳をフライングメイヤーからロープに飛んでエルボードロップ! 速い。
馳がヘッドロック。ムタは馳を持ち上げてトップロープに股間から落とす! 馳が場外転落。追うムタ。今度はフェンスに股間から落とす! 馳は場外で蹲りダウン。
リング上。ムタがコーナーポストに上がるが、馳が素早く雪崩れ式ブレーンバスター!
馳がムタをヘッドロック。そのままムタの顔面をトップロープで摩擦攻撃。赤いペイントが剥がれていく。
まさかこれは、ペイントを剥がしてムタをムトーにするという意味なのか。
ほとんど素顔になってしまったグレート・ムタ。これは締まらないし、ムタの動きも鈍い。
ムタは場外からリング上へイスを投げ入れる。ムタは馳にキック! そしてイスで殴打。馳をシュミット式バックブリーカーでダウンさせ、コーナーポスト最上段へ。しかし馳がムタを突き落とす!
ムタは場外で、ロープ設置に使うねじ回しを手に隠し持つ。リングに上がり、馳に凶器攻撃をするはずがねじ回しを奪われた。馳がねじ回しを口に加えて不敵な笑み。
辻アナも思わず「タイガー・ジェット・シン現る!」
馳はムタの額を凶器攻撃! たちまちムタは大流血。さらに傷口にバイク。馳のラフファイトはもはや板についている。
馳が追い込む。ムタにパイルドライバー! ロープに飛ばしてカウンターのスリーパーホールド!
ムタは顔面真っ赤。これで素顔が隠れて再びムタらしくなってしまった。
馳は顔面キック連打。さらにサソリ固め。ラフファイトと多彩な技。このバランス感覚は相手にとって厄介だ。
しかしムタが起死回生のバックドロップ! 強烈。バックドロップ二連発! ムタが叫んだ。もう一度バックドロップ! さらにバックドロップ四発目。まさかの五連発! 馳大の字でダウン。
トドメか。ムタが素早くコーナーに上がり、ラウンディングボディプレス・・・はよけられた! 死んだふりだったか馳浩。
馳コールが場内に巻き起こる。ムタに必殺の裏投げ! カウントツー。馳がパワーボム! カウントツー。トドメの裏投げをエルボー連打で防いだムタがドラゴンスープレックス! カウントツー。馳返した。
ムタがもう一度ドラゴンスープレックス! カウントツー。
悲鳴と歓声が入り混じる。ムタが馳を抱え上げて叩きつけ、コーナーポスト最上段からラウンディングボディプレス! カウントスリー。
グレート・ムタは強かった。
しかし壮絶な死闘に観客も大満足だった。
馳浩VS志賀賢太郎

馳浩は1996年1月4日、東京ドームでラストマッチを行い、思い出深き新日本プロレスを去ることになる。
理由は国会議員になったので、両立は厳しいだろうという配慮から、新日本プロレスとしては、一旦区切りをつけた形になった。
馳浩のラストマッチに最も相応しい対戦相手は佐々木健介。ノーザンライトスープレックスの馳浩と、ノーザンライトボムの佐々木健介が、ノーザンライトファイナルと銘打ち激突した。
しかしプロレスへ懸ける情熱を消すことはできず、馳浩は1996年11月、故郷の全日本プロレスのリングに帰って来た。
第一に、ジャイアント馬場への恩返しがしたいという気持ちが強かった。
ジャパンプロレスに入団したばかりの馳は、レスリング五輪出身といっても全くのグリーンボーイだった。
その馳浩にジャイアント馬場は自ら受け身を教えたのだ。馳浩はその恩を忘れていなかった。
第二に、純粋に、四天王や秋山準と対戦してみたいというプロレスラーの願望だ。
三沢光晴、川田利明、田上明、小橋健太が全日本プロレスの四天王と呼ばれていたが、秋山準は五天王と呼ばれてもいいくらいに実力は伯仲していた。
新日本プロレスの闘魂三銃士・武藤敬司、蝶野正洋、橋本真也と戦って来た馳浩は、新天地でも強豪レスラーと対決し、プロレスのロマンを追い求める。
馳浩を迎え撃つ一人目は、志賀賢太郎だ。
馳浩が膝十字固めで志賀賢太郎を攻める。ロープに逃れるが、馳はニークラッシャー! 志賀の脚を攻めていく。
馳がデスロックで志賀を追い込む。志賀は技を掛けられながらも下から顔面に張り手! 馳も上から張り返す! どうしても上が有利だ。
徹底した脚攻め。馳は低空飛行のドロップキックで膝を狙う。片逆エビ固めからリバースインディアンデスロック。完全に馳の殺人フルコース。ブリッジをきかせて鎌固め!
馳の攻めが厳しい。志賀にサーフボードストレッチ。
馳と志賀が張り手合戦。「来い!」と気合を入れる馳。志賀がドロップッキック! しかし馳は倒れない。もう一度ドロップキック! 馳は倒れない。
馳は「来い!」と顔面ビンタ! 怒った志賀はトップロープからスワンダイブ式ドロップキック! 馳がダウン。
馳の攻勢は変わらない。ダウンした志賀の両脚を取る。大歓声。馳が十八番のジャイアントスイング! 観客が「1、2、3・・・」と回転した数を大合唱。
何と30回のジャイアントスイングに大拍手が鳴りやまない。志賀賢太郎は大の字でダウン。起き上がれない。
トドメか、馳の必殺技・ノーザンライトスープレックス! カウントスリー。
馳浩35歳。まだまだ行ける。
馳浩VS小橋健太
いよいよ四天王の一人、小橋健太と初対決する馳浩。
足4の字固めと逆4の字の応酬。小橋がロープブレイク。レフェリーが両者の脚を外す。
馳は小橋の脚にストンピング連打。脚を取って執拗に脚にキック連打。
逆水平チョップ合戦は小橋が強い。小橋の逆水平チョップは凄い音だ。
馳が小橋を抱え上げる。レスリング技か。そのまま後ろに倒れて小橋の首をトップロープにギロチン!
さらに馳がフェイスクラッシャー! 馳が小橋にフルネルソン。鮮やかなブリッジでドラゴンスープレックス! カウントツー。
小橋立てない。うつ伏せのまま起き上がれない。小橋コールが湧き起こる。馳がもう一度ドラゴンスープレックスを狙うが、小橋がエルボーで粘り、素早くバックに回り、ハーフフルネルソンスープレックス! 強引に決めた。両者ダウン。小橋が何とかカバーに入るがカウントはツー。
小橋がチョップ連打。馳もキック連打で返して低空飛行のドロップキック!
馳が裏投げ・・・を小橋が粘るが馳はそのまま倒して小橋の後頭部を痛打。カウントツー。
馳がもう一度裏投げ・・・を小橋がニーパット連打で防ぎ、フロントヘッドロックからDDT!
小橋が行く。ラニングネックブリーカードロップ! ボディスラム! ギロチンドロップ!
小橋が拳を握った。コーナーポストに上がるが、馳がバックを取り、雪崩れ式バックドロップ! チャンスか。馳の必殺技、ノーザンライトスープレックス! カウントツー。
馳が裏投げ・・・には行かせない。小橋がまたDDTで切り返す。
一進一退の攻防に会場は湧きっ放しだ。馳が顔面キック連打で小橋を倒す。
今度は馳がコーナーポストに上がるが、小橋が雪崩れ式バックフリップ!
小橋が攻める。馳を高々と上げてパワーボム! カウントはゼロ。どよめきが起こる。しかし小橋がすぐさまパワーボムからエビ固め! ワン! ツー! WOOOOOOOOOO! 馳返した。
小橋が構える。突進してラリアット・・・を馳が受け止めて裏投げ・・・を小橋がエルボー連打から後頭部にラリアット!
小橋が回転して首筋にチョップ! チョップ! チョップ! 馳がふらつく。小橋がロープに飛んでラリアット! 馳が一回転してダウン。カウントスリー。
32分49秒の熱闘。
小橋健太に敗れたが、馳浩は本当にタフだ。そして、勝っても負けても相手を輝かせるレスラーであることに気づかされる。
いつも試合が面白く、会場が盛り上がる。馳浩は文句なしに一流のエンターティナーだ。
馳浩VS秋山準
馳浩は116日ぶりのリング。しかしブランクを全く感じさせないスピーディーな動き。
秋山準とは同じ専修大学レスリング部の先輩後輩だが、年齢が8歳違うので一緒に在学している期間はない。
馳が膝十字固め、アキレス腱固めで秋山の脚を攻める。
張り手合戦。馳が腕折り。今度は秋山が馳に膝十字固め。グラウンドの展開が長く続く。
馳が得意のリバースインディアンデスロックから鎌固め。さらにサーフボードストレッチ。
試合が動く。張り手とキック、エルボーの打撃の応酬。秋山が馳をコーナーに飛ばしてジャンピングニーパット!
馳もフェイスクラッシャー! そしてダウンしている秋山の両脚を取ると大歓声。ジャイアントスイングだ。
観客も一緒に大合唱。「1、2、3・・・」何と17回のジャイアントスイング! 大拍手が巻き起こる。
秋山が立てない。馳も苦しい。両者すぐに動けない。
張り手合戦。秋山がキック連打。しかし馳が必殺の裏投げ! すぐに立ち上がった秋山がエクスプロイダー! すぐに立ち上がった馳が裏投げ! 秋山がエクスプロイダー! 両者ダウン。大歓声と大拍手。
馳コールと秋山コールが交差するなか、馳がサソリ固め。秋山がロープに逃れようとすると、強引にリング中央に引き戻す。
馳が秋山の背中にストンピング連打。秋山もエルボー連打。馳は秋山の脚に低空飛行のドロップキック!
激しい攻防。秋山が馳の脚を取り、ドラゴンスクリューからの足4の字固め! 馳が何とかロープ。
秋山が攻める。ブレーンバスターは馳が粘るが、秋山はバックを取ってジャーマンスープレックスホールド! カウントツー。
秋山はコーナーポスト最上段からダイビングニーアタック!
再びの足4の字固めで馳を追い込む。馳は「来い!」と怒鳴る。秋山も迷わず両脚に力を入れる。馳は「来い来い来い!」
技を解いた秋山が馳の脚にストンピング連打。馳も張り手。張り手合戦。秋山がダウン。馳が必殺の裏投げ! 裏投げ二連発! カウントツー。
馳が秋山をとらえた。ノーザンライトスープレックス・・・は膝が痛くて決まらない。しかしもう一度。渾身のノーザンライトスープレックス! カウントツー。秋山はタフだ。
馳が攻める。秋山にフルネルソンから鮮やかなブリッジでドラゴンスープレックスホールド! カウントツー。
秋山からカウントスリーを奪うのは容易ではない。馳が顔面にキック。秋山も顔面キック。顔面キック合戦。秋山がロープに飛んで強烈なエルボーバット! 馳ダウン。
秋山が馳にダブルアームスープレックスと思ったらそのままDDT! これは厳しい。顔面にマットから行った馳はうつ伏せのままダウン。
秋山が馳を抱える。脳天から落とす急降下エクスプロイダー! カウントスリー。
26分35秒。
全日本プロレス四天王と秋山準。厚い壁だ。
馳浩はラフファイトもクリーンファイトも両方OKのクレバーなレスラー。だからどんなタイプの対戦相手とも試合を面白くできる。
馳浩VS天龍源一郎
全日本プロレス旗揚げ30周年記念に馳浩41歳も駆けつけた。対戦相手は最強の55歳、天龍源一郎だ。
三冠ヘビー級王者最年長記録保持者。誰も抜けない記録だろう。
試合は30分1本勝負。
天龍はグーパンチと逆水平チョップ! グーパンチと逆水平チョップを繰り返す。レフェリーの制止はいつも無視。
プロレスのルールブックを書き換える必要がある。「プロレスの試合でグーパンチは反則(アントニオ猪木と天龍源一郎を除く)」
天龍が強烈なラリアット! 馳も裏投げ!
馳がヘッドロックを離さない。天龍のスタミナを奪っていく。天龍がバックドロップ! しかし馳はヘッドロックを離さない。
天龍がワンハンドバックブリーカー! 馳がたまらずヘッドロックを外した。
場外乱闘。馳をフェンスに叩きつけると、天龍がまたグーパンチとチョップを交互に叩き込み、馳を鉄柱! ラフファイトは天龍も得意だ。
幾多の修羅場を潜り抜けて来た55歳。リング上で馳にエルボードロップから首4の字固め。
馳もインディアンデスロックで反撃するが、天龍はトーホールドで切り返す。
張り手合戦。これは天龍が強い。大相撲の張り手は世界一。馳がダウン。
天龍は馳をボディスラムで叩きつけ、コーナーポストに素早く上がる。ジャンピングエルボードロップ・・・はよけられて自爆。
馳が回す合図。大歓声。天龍に対してもジャイアントスイング! 「1、2、3・・・」12回転のジャイアントスイング。
全日本プロレス旗揚げ30周年だから30回転したかったかもしれないが、天龍はあまりにも重過ぎた。
天龍が張り手。馳がドロップキック。
馳が攻める。裏投げ! チャンスか。ノーザンライトスープレックス! カウンツー。
天龍もDDTで返す。タフガイだ。天龍がブレーンバスター! カウントツー。天龍が行く。馳を持ち上げて必殺パワーボム! カウントツー。
天龍がグーパンチ。そしてもう一つの反則技、トーキックが炸裂。四つん這いの馳の頭部にトーキック連打。馳は何と天龍の膝にヘッドバット! まさかこんなトーキック攻略法があったとは。
馳は四つん這いのまま天龍の膝にヘッドバットを繰り返す。トーキック封じだ。
立ち上がった馳は天龍の髪をつかむと、ヘッドバット23連発! 力士出身の天龍には通じないか。馳が水平チョップで天龍を倒す。
馳がコーナーポスト最上段に上がる。しかし天龍が強烈な張り手! 天龍も上がる。馳にフロントヘッドロックから雪崩れ式の垂直落下式ブレーンバスター! カウントスリー。
何という55歳。
天龍源一郎を見て、馳浩もまだまだ行けると思ったかどうかはわからない。
しかし、プロレスに限らず、自分よりも年上が張り切っているのを見ると励みになるものだ。
馳浩、プロレスラーを引退

実況アナから「闘う副大臣」と呼ばれていた馳浩だったが、両立が困難になり、ついにプロレスラーを引退することを決意する。
2006年8月27日に、「プロレスLOVE in 両国」と銘打ち、馳浩の引退記念試合がメインイベントだ。
馳浩のラストマッチで栄えあるタッグパートナーを務めるのは、小島聡と中嶋勝彦。
対するは諏訪魔、TARU、YASSHIのブーデゥー・マーダーズだ。
試合前に怪我で試合を欠場中の佐々木健介が入場して来て館内は爆発的な大歓声。
やはり盟友はラストマッチに駆けつけてきた。

試合はいきなり場外乱闘から始まり、荒れに荒れた。引退試合なのに大丈夫かとハラハラする。
リング上。馳がYASSHIにストマックバスター! ボディスラムで叩きつけ、ロープに飛んでサマーソルトドロップ!
馳が技を繰り出すたびに大歓声と大拍手が巻き起こる。
馳がYASSHIを敵軍コーナーに投げ、「諏訪魔来い!」
大歓声と諏訪魔コール。
諏訪魔が出てきた。馳と諏訪魔。馳はスライディングレッグシザースからリバースインディアンデスロック!
歓声に応えて鮮やかなブリッジで鎌固め! TARUがカットして大ブーイング。
馳とYASSHIが向かい合う。馳が強烈な逆水平チョップ二連発。ダウンしたYASSHIの両脚をつかむ。大歓声。
馳浩45歳がジャイアントスイング45回転に挑む。
馳が回すたびに観客が数を数えるのもこれが最後か。「1、2、3、4、5・・・」
「6、7」リングサイドの高見恭子夫人も叫んでいる。
ついに40回を超えた。セコンドの北斗晶も声援を送っている。
馳浩が45回転のジャイアントスイングを見事に達成した。大拍手がしばし鳴りやまない。


試合が激しく動いていく。馳と諏訪魔。エルボー合戦。馳が諏訪魔に裏投げ! しかしすぐに立ち上がって諏訪魔がバックドロップ! 馳もすぐに起き上がり裏投げ! 意地か諏訪魔も立ち上がりバックドロップ! 馳も裏投げ! 諏訪魔起き上がりバックドロップ! 両者ダウン。大歓声、大拍手。
試合が段々と荒れ模様。
諏訪魔が馳のバックを取る。危ない。投げっ放しジャーマンスープレックス! 後頭部痛打。
リング上が入り乱れる。レフェリーが巻き添えを食い失神。レフェリー不在で無法地帯と化したリング上。
諏訪魔が小島にアンクルホールド。小島はロープをつかむがレフェリーがいないから諏訪魔はアンクルホールドを解かない。
健介がエプロンサイドに上がって抗議。YASSHIが健介にキック。怒りの健介がYASSHIにラリアット!
怒った諏訪魔とTARUが健介をリング上に引っ張り出し、二人がかりで殴りまくり、ロープに飛ばすが健介は両腕でWラリアット!
馳がリング上に戻ってきた。馳健タッグ一夜限りの復活か。諏訪魔をロープに飛ばして馳健Wラリアット!
もう何でもアリだ。
健介がTARUをバックドロップの要領で持ち上げ、馳がコーナーポスト最上段からWインパクト!
馳がYASSHIに逆水平チョップ二連発。バックを取ってジャーマンスープレックスホールド! 諏訪魔がカット。
いよいよ決めるか。馳がYASSHIを裏投げ! 大歓声。馳がYASSHIを抱える。ノーザンライトスープレックス!
ワン! ツー! スリー! 大歓声、大拍手。
29分36秒。馳浩、最後のノーザンライト。

引退セレモニーでは、親しい間柄の人たちから花束贈呈が続き、引退のテンカウントゴング。リングアナから馳浩の名前がコールされ、無数の黄色いテープが舞う。
リング上では胴上げ。
馳浩は記者たちの前で語った。
「俺プロレス大好きだし、一人でも多くの人にプロレスの素晴らしさを伝えたかったし、それが俺の生き甲斐だったし、そういうプロレスラーになろうと思った時の、初志貫徹はできたと思います」
20年間のプロレスラー人生に悔いなし。
引退後、初代、ロード・ブレアース、2代、スタン・ハンセンから引き継ぎ、2007年、馳浩が3代目のPWF会長に就任した。
ギブUPまで待てない

この問題には触れるべきではないかと最初は考えたが、馳浩の試合を観戦してプロレスラー魂を刺激され、逃げの一手はいけないと思った。
70年代80年代のプロレス黄金期は、アントニオ猪木の人気も凄かったが、初代タイガーマスクやスタン・ハンセンも高視聴率の立役者だった。
段々と時代の荒波に翻弄されるように、金8枠から月8枠に移行し、ついに古舘伊知郎アナが新日本プロレスの実況を下りる日が来る。
哲学する乱暴者・ブルーザー・ブロディ、褐色のバイオレンスダンサー・バット・ニュース・アレンなど、古館アナの言葉の功績は大きかった。
試合が荒れて「ちょっと待ってください」と山本小鉄が放送席を飛び出し、解説者から勝負審判部長に早変わりすると、古館アナは「偉大なる職場放棄・山本小鉄!」と叫ぶ。
プロレスファンはただ試合を観ているだけでなく、放送席のやりとりも全部含めて楽しんでいたのだ。
1987年4月7日、火曜よる8時に枠を変え、『ギブUPまで待てない!!ワールドプロレスリング』がスタート。
古館アナが卒業して、きっと熟慮を重ねた末、バラエティ色をプラスしてプロレス中継をより良くしようと思ったのだろうが、プロレスファンからは不評だった。
たとえば真剣に試合を観戦し、心もヒートアップしていたところで、いきなり場面がスタジオに変わり、トークが始まる。
プロレスはプロセスが命なのだ。入場シーンは大事だし、試合もノーカットが理想。なぜなら試合全体の流れは重要だからだ。
そして試合後も凄く大切なのに、試合が終わったらすぐにスタジオに切り替わりトーク。
一気に気持ちがトーンダウンしてしまう。
プロレスに興奮と感動とロマンを追い求めている熱烈ファンから、番組に対してブーイングが起きている時に、馳浩のマジギレ事件が起きてしまった。
メインパーソナリティの山田邦子は、優秀で賢明なタレントである。
テレビというのは怖いもので、本人の意志とは別に、番組プロデューサーの意向に沿って発言する場合もあるので、もしもこういう質問を現役レスラーにぶつけてほしいという要望が裏であったとしたら、馳浩に叱られた山田邦子も気の毒だと思う。
試合で大流血したマサ斉藤がセコンドに連れられて去っていく。
山田邦子が「あの血は控室に戻ったら止まるもんなんですか?」と質問すると、馳浩が声を荒げた。「つまんない話聞くなよ! 止まるわけないだろ」
これはおそらく、世間で言うプロレスの流血は血のりで本物の血ではないということを、山田邦子が言っていると受け取り、キレたのだと思う。
結論から言うと、当然のことだが血は本物だ。知ったかぶった人間が言うデタラメな話で純粋なプロレスファンが動揺することを恐れる。
カープ女子に負けずに急増中のプロレス女子は、プロレスを本気の真剣勝負と信じて疑っていない。
時には全身鳥肌が立つほど痺れ、涙を流して感動しているプロレス女子は少なくない。
だから純粋な新しいプロレスファンを守るためにも、ベテランファンの責務として、前田日明ばりに理論武装したいと思っている。
マジシャンではあるまいし、四方から観客が観ているのに、しかも最前列とリングの距離はすぐなのに、セコンドが額に血のりを塗るなんて芸当ができるわけがない。皆スマホで試合を撮影しているのだ。
元祖流血大王・キング・イヤウケアは、傷口から菌が入り、レスラーを引退するという悲劇に見舞われてしまった。
非常に残念だし、やはり流血は危険なのだ。
アブドーラ・ザ・ブッチャーやブルーザー・ブロディ、ラッシャー木村は額がギザギザ。
プロレスラーにとっては百戦錬磨の勲章かもしれないが、すぐに流血しやすい状態になっている。
年間200試合をこなすレスラーは、流血しても縫ったりしない。ブッチャーは卵を貼って止血する。
明日の試合(仕事)を休むわけにはいかないからだ。

血のりではないと断言できる試合が、1978年10月20日、大阪の寝屋川市民体育会館で行われたWWWFジュニアヘビー級選手権。
藤波辰巳VSチャボ・ゲレロ。
チャンピオンの藤波はドラゴンロケットをよけられて場外のイスに激突して大流血。
血が止まらない。このままではドクターストップになってしまう。
最後、藤波はチャボ・ゲレロをコブラツイスト。死んでも放さないという執念。ドクターストップでも王座は移動してしまう。
コブラツイストを掛けながら藤波の額から血がマットに落ちるという放送コードギリギリのシーン。
ついにチャボ・ゲレロはギブアップ。藤波辰巳は何とか防衛に成功した。
そもそも流血戦というのはプロレスの専売特許ではない。
藤田和之がミルコ・クロコップと対戦した時、高速タックルでミルコを倒し、一気に決めるかと思ったらレフェリーが止めた。
何が起きたのかと思ったら、藤田は大流血。タックルと同時にミルコが膝で頭部を迎撃していたのだ。
血が止まらないので藤田は無念のドクターストップ負けだ。
ミルコ・クロコップVSエメリヤーエンコ・ヒョードルの試合も、ヒョードルの流血が止まらないので、何度も試合を中断して止血して、再開を繰り返した。
試合を盛り上げるための流血だったら、こんな盛り下がる中断を繰り返すわけがない。
血は本物なのだ。
『ギブUPまで待てない!!』は不評のため打ち切り、再び月8枠に戻り、放送の仕方も試合中心になった。番組タイトルは現在と同じ『ワールドプロレスリング』。
馳浩のマジギレ事件が番組終了のきっかけになったのかもしれない。
あれから何十年も経っているのに、未だに語り告がれているこの出来事。
山田邦子が本気でマサ斉藤を心配して、「血は止まるんですか?」と聞いただけという意見もある。それを馳浩が誤解して受け取ってキレたと。
長州力と大仁田厚が「またぐな事件」を笑顔で語り合う動画があるが、果たして馳浩と山田邦子の対談動画は・・・無理か。
