ブロディの人気は凄いが、谷津嘉章も負けていない。全日本プロレスファンに着実に認められてきた。
いよいよゴング。スタートはブロディと鶴田。鶴田コールが耳に入ったのかブロディは突然場外へ飛び出し素早くフェンスも超えて観客席に雪崩れ込んでいく。慌てふためいて逃げ惑う観客。
何というエキサイティングなパフォーマンスだ。
最初の大技は鶴田のドロップッキック! しかしブロディも顔面にダイナマイトキックでお返しする。
ブロディと谷津。ブロディは軽々と抱え上げてワンハンドゴリラスラム! 早くもコーナーに歩くブロディ。危ない。助走をつけてキングコングギロチンドロップ!
カウントツーで返す谷津。
スヌーカも谷津にドロップキック! さらにフロントヘッドロック。
鶴田とスヌーカ。鶴田は貫禄のアームロック。そしてコブラツイスト。
二人はスヌーカに的を絞ったか。谷津がブルドッキンクヘッドロック! ダウンしたスヌーカに必殺の監獄固め! しかしブロディがロープに飛んで思いきり顔面にダイナマイトキック! 谷津が吹っ飛んだ。
ブロディが行く。谷津にドロップキック! 谷津は場外にエスケープ。
谷津も負けていない。ブロディにバックドロップ! カウントはツー。谷津がラフファイト。恐れなくブロディの頭部にキック連打!
ブロディも谷津を持ち上げてブロディバスター! 変形のブレーンバスターだ。カウントツーで返す谷津。
ブロディが谷津をワンハンドゴリラスラムで叩きつけ、スーパーフライが飛んだ! スヌーカがトップロープに乗ってのスワンダイブ式フライングボディプレス!
スヌーカが行く。谷津をシュミット式バックブリーカー! さらにダイビングヘッドバットはよけられ自爆。
鶴田がスヌーカにジャンピングニーパット! コブラツイスト。しかしブロディがコーナーポスト最上段から全体重を浴びせたWチョップでカット!
ブロディが鶴田の顔面にダイナマイトキック! ワンハンドゴリラスラムで叩きつけておいて、再びコーナーへ歩く。危ない。助走をつけてフライングボディプレス!
スヌーカもついに出たクンフーチョップを鶴田に叩きつける。
再びブロディと鶴田。鶴田はフライングボディシザーズ! カウントツー。さらにサイドスープレックス! 鶴田が攻める。ブロディに延髄斬り! ブロディは倒れない。延髄斬り2連発!
勝負に出たか、鶴田がブロディにジャンピングニーパット・・・を交わしてブロディがロープに飛び、フライングボディアタック! そして猪木を失神させた必殺技、ジャンピングパイルドライバー! カウント2.9で返す鶴田。
ブロディがカウントスリーだとレフェリーのジョー樋口に抗議。背を向けているブロディのバックを取って世界を獲ったバックドロップ! カウントツー。
見応え十分の怪物同士の対決。
谷津も負けていられない。ブロディに果敢にダブルアームスープレックスは不完全。しかしカバーに入る。スヌーカがダイビングヘッドバットでカット! これはきつい谷津。
スヌーカが谷津を羽交い絞め。ブロディが助走をつけて谷津の顔面にダイナマイトキック! 勢いでスヌーカも一緒に倒れ後頭部を打つ。そのまま谷津が押さえ込みカウントスリー!
ブロディこれは大失敗だ。
ジャンボ鶴田はジャイアント馬場や天龍源一郎などパートナーを変えて5度目の優勝。谷津嘉章は初優勝だ。
五輪コンビでチャンピオンベルトも獲ったが、リーグ戦での優勝はひときわ嬉しい栄冠かもしれない。
タッグマッチを中心に紹介したが、谷津嘉章はもちろんタッグ屋ではなくシングルプレイヤー。
全日本プロレスでNWA世界ヘビー級チャンピオンのリック・フレアーや、インターナショナル王者のブルーザー・ブロディなど、大物外国人レスラーとシングルマッチで熱闘を繰り広げていた。
プロレス専門誌でブロディはインタビューに答え、谷津の才能を褒め、天龍と並んで谷津嘉章を自分のライバルの一人に挙げていた。
「あの脚では私には勝てない」と谷津が脚を負傷していたことを残念がっていた。それでもブロディに果敢に監獄固めを決めて追い込んだ。
最後はリングアウト負けしてしまったが、谷津嘉章は紛れもなく全日本プロレスでトップレスラーの道を走っていたのだ。
谷津嘉章VSゲイリー・グッドリッジ
谷津嘉章は全日本プロレスを離脱してからは、SWSに参戦したり、自らSPWFを旗揚げしたりと、プロレスラーとしての活動を続けた。
谷津に限らず、時代の波というものがある。新日本プロレスの興行は成功していたとはいえ、80年代のプロレス黄金期とは比べられない。
何しろ金曜夜8時は、裏番組に『太陽にほえろ!』や『3年B組金八先生』が放送されていても、新日本プロレス中継の『ワールドプロレスリング』は視聴率20%を弾き出していたのだ。プロ野球中継に視聴率で勝つことは別に珍しくない時代だった。
プロレス人気は決して下がっていないし、ファンの数も減っていない。団体が増えたのだ。
70、80年代は、国際プロレスが幕を閉じてからは新日本プロレスと全日本プロレスの2団体しかなかった。ある意味わかりやすかった。
そのうち多くのレスラーが自分の理想のプロレスを追い求めてUWFやパンクラスやFMWが旗揚げされ、どんどん新団体が設立され、あれよあれよと70団体になってしまった。
プロレス専門誌もさすがに全団体を紹介しきれないので、谷津嘉章も表舞台になかなか出ない状態が続いた。
だから2000年10月31日、PRIDE11に谷津嘉章が参戦するというニュースは専門誌でも大きく取り上げた。
アントニオ猪木のコメントも期待感を後押しする。「谷津は面白いと思うよ。だって強いもん」
現役プロレスラーでありながらアマレスの全日本選手権で優勝した男だ。もしかしたらやってくれるかもしれない。
相手は強豪ファイターのゲイリー・グッドリッジ。相手にとって不足なしだ。無名の強いのか弱いのかわからない選手に勝っても説得力に欠ける。グッドリッジのようなPRIDEの常連ファイターに勝ったら大騒ぎだろう。
しかし、いざ闘ってみたら、やはり相手が悪かった。オープンフィンガーグローブでの打撃は、プロレスの試合にはないので、やはりレスラーにとっては不利なルール。
もちろんそれを百も承知で挑戦するわけだが、剛腕のゲイリー・グッドリッジのアッパーカット連打が谷津の顎に何発も命中。倒れないのは、さすがプロレスラーだが、レフェリーが止めてしまった。
44歳の谷津嘉章。苦しい闘いだったが、評価は高かった。
谷津嘉章は2001年9月24日、PRIDE16でゲイリー・グッドリッジと再戦したが、グッドリッジのフロントチョークでタオル投入による敗北。勝負の世界は厳しい。
しかし谷津ガードと呼ばれる独特のガードは話題になったし、何発顔面や顎にパンチがヒットしても倒れないプロレスラーのタフさなど、見せ場があった。
人生にも格闘技にもタラレバはないが、もしもレスリングの全日本選手権で優勝した30歳頃だったら、違う結果もあったかもしれない。
谷津嘉章がDEEPのスーパーバイザー就任
2002年、長州力が理想のプロレスを追い求めて新日本プロレスを再び飛び出し、WJプロレスを旗揚げ。谷津嘉章も参戦したが、やはり長州力とは意見が合わず、2003年9月に退団。
全日本プロレスの輝かしい熱闘の歴史に比べると、その後は波乱万丈の人生といえる。
2010年11月30日にプロレスラーを引退。
谷津嘉章は、炭火ホルモン『壱鉄』を出し、商売を始めるが、店を閉めたあと再び格闘技の仕事に就く。
2015年に総合格闘技団体「DEEP」のスーパーアドバイザーに就任。
幻の金メダリスト・谷津嘉章なら、レスリングの指導は的確。そして新日本プロレス、全日本プロレスをはじめ、今までの経験で培ってきたものは、必ず後輩の指導に活かされることだろう。
PRIDEで総合格闘技の実戦経験をしていることも大きい。
谷津嘉章は第三の人生を邁進中だ。