最後は両軍リングアウト。見応え十分の試合内容なら両者リングアウトの決着でもファンは満足し納得する。
プロレスはやはりプロセスが命なのだ。
プロレスを観始めの頃、誰もが一度は疑問に思うことがある。なぜレスラーはロープに飛ばされたら、おとなしく返って来てドロップキックなど技を食らうのか?
なぜ相手の大技をよけないで受けるのか?
アメリカでは観客をオーバーヒートさせるレスラーが超一流という位置づけ。高い入場料を払って会場に足を運ぶファンに「来て本当に良かった」「また来たい」と心から思えるような興奮と感動を与えるのがプロレスラーの仕事だ。
レスラーのリングと俳優の舞台は似ている。
ダスティ・ローデスがアメリカでスーパースターになり、新日本プロレスでも成功したのは、そこにこだわるレスラーだったからだと思う。
夢のカードが止まらない。
1981年6月。アントニオ猪木、ダスティ・ローデスVSスタン・ハンセン、ハルク・ホーガン。
さすがは毎週のテレビ中継で20%の視聴率を弾き出したプロレス黄金期。
この試合ではローデスが大暴れ。ハンセンを腰振りダンスで挑発し、ホーガンに必殺技ジャンピングエルボードロップを炸裂させる。
最後はインドの猛虎・タイガー・ジェット・シンが乱入して無効試合。
熱狂のエルボードロップ
やはり一番感動的な試合は、ダスティ・ローデスが初めてNWA世界ヘビー級チャンピオンになったタイトルマッチだ。
この日のハーリー・レイスは本当に強く、パンチ攻撃のラフファイトに、執拗なニードロップとヘッドバットでローデスを追い込む。
しかしローデスのエルボーバットはあまりにも強烈で、一発で試合の流れを変えた。
フィニッシュが得意技のジャンピングエルボードロップだからこそ、余計に感動的で、観客も大熱狂。
アメリカンドリーム・ダスティ・ローデスは記憶に残る名レスラーだ。
まだまだ語り足らないが、晩年まで話すとキリがないのでこの辺で。
ダスティ・ローデスは2007年に引退した後も、2015年6月11日、69歳で旅立つまで、プロレスに貢献し続けた偉大なプロレスラーである。
ダスティ・ローデスの熱狂のエルボードロップは忘れられない。