今年でソロ・デビュー30周年となる杉山清貴
1983年に『杉山清貴&オメガトライブ』としてデビューし、1986年5月にソロデビューした杉山清貴(56)が6月23日、東京・日比谷野外音楽堂でソロデビュー30周年記念ライブを行い、7月6日にアルバム「OCEAN」を発売すると発表した。
 
  	ソロデビュー30周年記念ライブの杉山清貴
 
  	弾き語りも披露した杉山清貴
熊本地震の募金も呼びかけ
「野音はいつも夏、暑いさなかに皆さんとビールを飲みながら盛り上がっていますが、この時期の野音もいいものですね。野音、野音といって盛り上がっているさなかですが、思いがけず九州・熊本のほうで大変な地震がございまして、今日も熊本・八代市から友だちがわざわざライブを見に来てくれたりして、いろんな人たちと情報をやりとりしています。ちょっとした気持ちとして、あちらのテントのほうで小さな募金箱を置かせていただいています。僕らも本番前に入れておきましたので、ぜひ皆さんもよろしくお願いいたします」と挨拶し、募金を呼び掛けた。
新アルバム 杉山清貴 『OCEAN』
アルバムとしては『Island afternoon III』(2014年発売)から2年ぶり、本格的なスタジオ作品としては「I AM ME」(2013年発売)から3年ぶりのリリースとなる。
「ニューアルバムのタイトルは『OCEAN』。これしかないよね」と杉山はコメントしている。
2016年7月6日(水)発売
限定盤 2CD + 1DVD 3,333円 + 税
通常盤 2CD  2,778円 + 税
オメガトライブ結成・解散からソロへ。杉山清貴ヒストリー
杉山 清貴(すぎやま きよたか)
1959年7月17日生まれ
神奈川県横浜市磯子区出身
少年時代に強くビートルズに影響を受け、中学入学までにビートルズのレコードをすべて買い揃えていた。
高校時代にはアメリカンロックに夢中になり、サンタナのコピーバンドに所属していた。
1980年5月、杉山清貴&オメガトライブの前身となる「きゅうてぃぱんちょす」で第19回ヤマハポピュラーソングコンテスト(通称:ポプコン)に出場し、「GOSPELの夜」で入賞。
ポプコン入賞後、メジャーデビューのオファーを受けながらもオリジナル楽曲の完成度に納得できず、誘いを断りデビューへの道を模索していた。
後の所属事務所「トライアングル・プロダクション」(当時)の社長はポプコン入賞以降同バンドに注目しており、デビューの条件としてプロによる提供楽曲の演奏を提示、バンドはこれを受け、「杉山清貴&オメガトライブ」と名を変え、『SUMMER SUSPICION』でレコードデビューした。
「オメガトライブ」という名前は「バンド名の候補でも一番下にあった名前」であったと後に杉山自身が公言している。
 
  	杉山清貴&オメガトライブ
「夏」「海」「リゾート」をキーワードにした楽曲が人気を呼び、テレビのヒットチャート番組には欠かせないバンドに成長していく。
1985年3月リリースの「ふたりの夏物語」は航空会社JALのCMソングに、5月リリースの「サイレンスがいっぱい」はドラマ『のン姉ちゃん・200W』の主題歌としても使われ、杉山清貴自身も多くの女性ファンの支持を集めていった。
その人気絶頂の中、突如解散宣言。
マスコミ向けに発表した当時の談話は「グループとしてやりたいことはやり尽くした」という理由だった。
後に杉山は「プロの作曲家が作った楽曲ばかりを歌い、なかなか自分たちのオリジナルを歌えない、もどかしさを覚えていた」と語っている。
形としては杉山一人がバンドから抜けるという形で独立。
1985年12月24日の横浜でのコンサートを最後に『杉山清貴&オメガトライブ』は解散。
杉山はソロとして、オメガトライブは1年後に、ブラジル日系人のカルロス・トシキを新ボーカルに迎え「1986オメガトライブ」として再出発した。
1986年5月、『さよならのオーシャン』でソロデビュー。
いきなり20万枚を超えるヒットに。
以降も『最後のHoly Night』、『風のLONELY WAY』など名曲を送り出し、ソロミュージシャンとしての地位も確立した。
やっぱり聴きたい。あの時代の杉山清貴。
【杉山清貴】ツアー情報
5月26日の東京・赤坂ブリッツ(ファンクラブ限定)を皮切りに、5月28日に神奈川、6月11日に名古屋、同12日に大阪、同18日に新潟、同24日に広島、同26日に福岡、7月3日に仙台と回り、7月13日の東京・赤坂ブリッツまで全国9カ所でバンドツアーを開催する。
Island afternoon|杉山清貴オフィシャルWEBサイト
杉山清貴の「果報は寝て待て」 - 楽天ブログ
 
     
    




