貴公子の再来
サッカーボーイのデビュー戦は2歳の夏、そこを9馬身差で圧勝する。
2戦目は敗れたものの、3戦目は10馬身、4戦目のG1レースは8馬身と
規格外の走りで2歳チャンピオンに昇り詰める。その美しい栗毛姿から
人々はテンポイントの再来だとサッカーボーイを讃えた。

結果を出せない春
クラシックでは当然最有力候補となるはずだったサッカーボーイだったが
弥生賞を3着に敗れると、石を踏んで蹄が悪化する。皐月賞は回避し
ダービーのトライアルNHK杯を使うも敗退。続く日本ダービーも一番人気に支持されるが
15着惨敗と結果を出せずにいた。こうして春のクラシックは結果を出せずに終わってしまった。

復活の夏と日本レコード
サッカーボーイは体制を立て直し、G3の中日スポーツ賞に出走する。
ここで同期の皐月賞馬ヤエノムテキを下し、復活を遂げると、続いて出走した
函館記念は先輩ダービー馬メリーナイスとシリウスシンボリに5馬身をつける
圧勝。1分57秒8の日本レコードを記録した。

G1制覇と引退
秋、サッカーボーイは天皇賞秋か菊花賞を目標としていたが、捻挫で両方とも
使えず、マイルチャンピオンシップに出走する。このレースを4馬身差で制覇すると
続くグランプリ有馬記念は同期のオグリキャップやスーパークリーク、現役最強馬のタマモクロスを相手に3着となる。
翌年も現役を続ける予定だったサッカーボーイだったが、脚部不安でレースを使えず
引退。種牡馬入りを果たす。

種牡馬としての活躍
内国産馬不遇の時代において、サッカーボーイは活躍馬を多数輩出した。
G1レースを3勝したヒシミラクルや菊花賞馬ナリタトップロード、秋華賞馬ティコティコタック、長距離で活躍したアイポッパーなど、オグリキャップやスーパークリークに比べるとサッカーボーイの種牡馬成績は抜群であった。

代表産駒の一頭ナリタトップロード
14年12月22日

ダートの長距離で活躍したキョウトシチー
キョウトシチー | 競走馬データ - netkeiba.com
産駒の特徴
サッカーボーイ自身は短距離から中距離を得意としていたが、産駒は菊花賞馬2頭を始め
長距離で活躍した馬が多かった。ちなみにマイルで重賞を制したのは、ただ一頭
ブルーイレヴンのみである。しかもローカルのG3だった。

中長距離G1レースを3勝したヒシミラクル
2003_宝塚記念_ヒシミラクル ゴール前 - 写真共有サイト「フォト蔵」

暴走王?ブルーイレヴン
Final Stretch
サッカーボーイとダービースタリオン
ダービースタリオンの制作者、薗部博之氏は競馬を始めるきっかけが
サッカーボーイだったというのは有名な話である。なんでも有馬記念の単勝に
多額のお金をかけたとか、サッカーボーイがいなければ、大ヒット競馬ゲームも
生まれなかったかもしれない

まとめ
サッカーボーイは勝つ時は鮮やかに勝つ反面、負ける時はもろい馬だった。
しかしながら、函館記念のレコード勝ち、G1レースでの圧勝などの
勝つイメージが先行している馬である。そして優秀な種牡馬成績は
昭和最後を代表する名馬の一頭と言っていいだろう
