NHK大河ドラマの「社会的影響力」:流行語の発生・ドラマゆかりの地への観光の起爆剤としての効果

NHK大河ドラマの「社会的影響力」:流行語の発生・ドラマゆかりの地への観光の起爆剤としての効果

NHK大河ドラマは1年という放送期間の長さ、ご当地番組的な要素があるため、関連する舞台への観光が急激に盛り上がるなど、かなりの地域活性化=経済効果があります。1987年の「政宗ブーム」のように大河がヒットすればするほど、大きな大河ドラマバブルが起きました。また大河ドラマの社会的影響力の強さから、数多くの流行語も生まれました。大河ドラマに出演したことで一流スターの仲間入りを果たした俳優も多いです。社会的影響力が大きかった高視聴率の代表的な大河ドラマをピックアップして、ドラマから流行語が生まれ、観光への起爆剤となった流れを振り返ってみましょう。


大河ドラマ 春日局 | NHK名作選(動画他)

NHK大河ドラマ『赤穂浪士』(1964年) 大石内蔵助:長谷川一夫 平均視聴率31.9%・浪士の討入りが放送された回には視聴率53.0%

『赤穂浪士』(あこうろうし)は、1964年1月5日 - 12月27日にNHKで放映された2作目の大河ドラマ。

原作は、大衆文学の重鎮である大佛次郎の大作『赤穂浪士』。主役の大石内蔵助に大映の看板俳優で後に国民栄誉賞を受賞する長谷川一夫を担ぎ出し、歌舞伎界や新劇界の大物、歌謡界の人気アイドルまでも起用し、前作『花の生涯』を上回る豪華キャストの競演で話題を集めた。

赤穂四十七士たちの討ち入りを決意するまでの苦悩や葛藤、彼らに関わる人々の思惑などを1年間かけてじっくりと描き出す大河ドラマならではのストーリー展開で、その結果視聴率は優に30%を超え、浪士の討入りが放送された回には視聴率53.0%という大河ドラマ史上最高視聴率記録をも打ち立てた。

この記録は2010年現在まで未だに破られていない。ただし、この当時は大河ドラマはまだ日曜午後8時からの放送ではなかった(当時、日曜午後8時枠はコメディドラマの『若い季節』であった)。全話の平均視聴率は31.9%で歴代4位(2011年現在)。

大河ドラマの名称は、この『赤穂浪士』放送中に、読売新聞が外国の大河小説に倣って、前作『花の生涯』で井伊直弼、今作『赤穂浪士』で大石内蔵助の生涯を描くことから、「大河ドラマ」と呼称したことに由来する。
(出典:Wikipedia「赤穂浪士 (NHK大河ドラマ)」)

NHK大河ドラマ『赤穂浪士』(1964年) 大石内蔵助:長谷川一夫 平均視聴率31.9%・最高視聴率53.0%

大石内蔵助に大映の看板俳優で後に国民栄誉賞を受賞する長谷川一夫を起用

『赤穂浪士』第47話(1964年11月22日)「討入り」 大河ドラマ史上最高視聴率記録の視聴率53.0%

『赤穂浪士』第47話(1964年11月22日)「討入り」 大河ドラマ史上最高視聴率記録の視聴率53.0%

この記録は2010年現在まで未だに破られていない。

浪士の討入りが放送された回には視聴率53.0%という大河ドラマ史上最高視聴率記録をも打ち立てた。

『赤穂浪士』第47話(1964年11月22日)「討入り」 視聴率53.0%

赤穂浪士の故郷「赤穂」 赤穂四十七士の祭られている場所「大石神社」(上仮屋)・赤穂浪士ファンだったら見逃せない観光スポット「花岳寺」(加里屋)

大石神社(おおいしじんじゃ)は、赤穂事件において討ち入りをした大石良雄ら赤穂浪士を祀る神社。江戸時代には江戸幕府にはばかって表立って顕彰することはできなかったが、1868年(明治元年)、明治天皇が赤穂浪士の墓のある泉岳寺に勅使を遣わしこれを弔って以降、赤穂と京都に赤穂浪士を祀る神社が創建された。江戸時代後期から明治時代初期に流行した藩祖を祀った神社のひとつ。

兵庫県赤穂市にある。旧社格は県社で、現在は神社本庁の別表神社。大石良雄ら赤穂浪士47人および中途で自害した萱野重実を主祭神とする。
(出典:Wikipedia「大石神社」)

赤穂事件において討ち入りをした大石良雄ら赤穂浪士を祀る神社「大石神社」

花岳寺(かがくじ)は、兵庫県赤穂市加里屋にある曹洞宗の寺院で、歴代赤穂藩主の菩提寺。山号は台雲山(たいうんざん)。
現在の住職はパーリ仏教研究者で駒澤大学仏教学部教授の片山一良。

播磨国赤穂藩・浅野家、永井家、森家歴代藩主の菩提寺であり、また、大石良雄の祖先が眠る大石家墓地、義士墓がある。浅野家、赤穂浪士に関する展示物が収蔵されている義士宝物館が併設されている。なお、義士宝物館・墓所の拝観料は大人400円、高校生・大学生(学生証提示)200円、子供無料(2009年現在)である。
(出典:Wikipedia「花岳寺」)

歴代赤穂藩主の菩提寺「花岳寺」

大河ドラマ 赤穂浪士 | NHK名作選(動画他)

NHK大河ドラマ『おんな太閤記』(1981年) ねね:佐久間良子 平均視聴率31.8%・最高視聴率36.8%

『おんな太閤記』(おんなたいこうき)は、1981年1月11日から12月20日までNHKで放映された大河ドラマ第19作。原作および脚本・橋田壽賀子。主演・佐久間良子。全50話。

豊臣秀吉の正室・ねね(北政所)の視点で戦国時代から江戸時代初期(大坂の役)までを描く。
橋田壽賀子が大河ドラマの脚本を担当するのは、本作が初めてである。NHKから脚本執筆の依頼を受けた際、彼女は以前から興味を持っていた豊臣秀吉の正室・高台院(ねね)の生涯を通して、女性に焦点を当てた形で戦国時代を描きたい旨をNHK側に伝え、NHKもこれを了承した。

橋田は、高台院に関する史料のほかに、秀吉関係の史料からねねの生活を推測し、ドラマを作っていった。また、監修に國學院大學名誉教授(当時)で戦国時代史研究の第一人者であった桑田忠親を迎え、考証関係を補強した。桑田には『信長の手紙』などの著書があり、ねね宛ての悋気を戒める手紙などを本編に巧みに取り入れるなどし、織田信長配下の秀吉・ねね夫妻の生活描写に貢献した。

昭和50年代の大河ドラマは各作品とも20%から30%台の比較的高い視聴率を誇るが、その中にあっても本作が記録した平均視聴率31.8%と最高視聴率36.8%は特に高い。その高い人気もあってか、NHK衛星第2テレビジョンでは最も早く全50話が再放送された。
(出典:Wikipedia「おんな太閤記」)

NHK大河ドラマ『おんな太閤記』(1981年) ねね:佐久間良子 平均視聴率31.8%・最高視聴率36.8%

秀吉をめぐる女性としては豊臣秀頼の生母である側室・淀殿がよく知られ、北政所(高台院)の存在は影に隠れがちであった。

本作をもって、秀吉糟糠の妻として北政所・高台院の知名度が高まったことは否定できない。また、本来高台院の俗名は「お禰(おね)」が正しいが(これについては疑問・反論もある。)、本作品以降「ねね」と呼ぶドラマ・小説・漫画が多数登場したことからも、この作品の影響の大きさが窺える(もっとも、大河ドラマでは本作以前の作品でも「ねね」又は「北政所」と書くのが一般的であり、逆に「おね」と表記されたのは、クレジット上はいずれも後年の作品である『秀吉』『利家とまつ〜加賀百万石物語〜』『江〜姫たちの戦国〜』『軍師官兵衛』のみである)。
(出典:Wikipedia「おんな太閤記」)

NHK大河ドラマ『おんな太閤記』(1981年) 豊臣秀吉の正室・ねね(北政所):佐久間良子

秀吉(藤吉郎)がねねを呼ぶ際に用いた二人称「おかか」はこの年の流行語にまでなっている。

浅野又右衛門の娘で、秀吉の正室・北政所。秀吉からは「おかか」と呼ばれている。

「秀吉殿のおかかの務め」が口癖で、普段は内助の功に徹しているが、ここという時には秀吉に対しても一歩も引かない芯の強さも持っている。

序盤では秀吉の大胆な行動に肝を冷やすことが多かったが、回を重ねるにつれ肝が据わってきた。

家中の人間関係に腐心したり、秀吉の女癖の悪さや唯我独尊的な行いに何度も秀吉と衝突したりと苦悩することが多く、人間的に包容力のある女性として描かれている。

また夫が出世を繰り返し「城主の妻」「関白の妻」となった際は、環境の変化に順応できず戸惑うなど、貧乏性が身に付いている面もある。

秀吉在命時は豊臣家のことを大事に考えていたが、秀吉死後に豊臣家臣団同士の対立と信長の姪(信長の妹・市の娘)の淀殿との溝が深まるにつれ、豊臣家は秀吉殿と私が築き上げたものと考え、大坂城を去って京都の三本木で隠棲する。

隠棲後は豊臣家では天下を治めるのは困難と考えるようになり、実力者・徳川家康に泰平の世への悲願を託す。やがて出家し高台院と称し高台寺で過ごす。物語はねねが炎上する大坂城を見届け、背を向けて去っていくところで締めくくられた。
(出典:Wikipedia「おんな太閤記」)

ねね (演:佐久間良子)

NHK大河ドラマ『おんな太閤記』(1981年) ねね(演:佐久間良子)と豊臣秀吉 (木下藤吉郎→木下秀吉→羽柴秀吉→豊臣秀吉) 演:西田敏行

「秀吉」と「ねね」は理想の夫婦像として視聴者の共感を呼びました。

劇中で西田敏行扮する秀吉(藤吉郎)がねねを呼ぶ際に用いた二人称「おかか」はこの年の流行語にまでなっている。

亡くなった「秀吉」が「ねね」の前に現れ、「生まれ変わったら、中村(の村)で百姓を一緒にしよう」と話しかけます。

「秀吉」の死後、「ねね」は、 「大阪夏の陣」で炎上する大阪城を見つめるラストシーン

豊臣秀吉の正室『ねね』(北政所)のお寺として有名な「高台寺」への観光客が増加

高台寺(こうだいじ)は京都府京都市東山区にある臨済宗建仁寺派の寺院。山号は鷲峰山(じゅぶさん)、寺号は詳しくは高台寿聖禅寺と称する。豊臣秀吉の正室である北政所(高台院)が秀吉の冥福を祈るため建立した寺院であり、寺号は北政所の落飾(仏門に入る)後の院号である高台院にちなむ。釈迦如来を本尊とする禅宗寺院であるとともに、秀吉と北政所を祀る霊廟としての性格をもった寺院である。

霊屋(おたまや)の堂内装飾には桃山様式の蒔絵が用いられ、これを「高台寺蒔絵」と呼ぶ。他に北政所所持と伝えられる蒔絵調度類を多数蔵することから「蒔絵の寺」の通称がある。

豊臣秀吉が病死したのは 慶長3年(1598年)であった。秀吉の正室である北政所(ねね、出家後は高台院湖月心尼)は秀吉の菩提を弔うための寺院の建立を発願し、当初は北政所の実母・朝日局が眠る康徳寺(京都の寺町にあった)をそれに充てようとしたが、手狭であったため、東山の現在地に新たな寺院を建立することになった。

秀吉没後の権力者となった徳川家康は、北政所を手厚く扱い、配下の武士たちを高台寺の普請担当に任命した。中でも普請掛・堀直政の働きは大きかったようで、高台寺の開山堂には直政の木像が祀られている。

高台寺の開山は慶長11年(1606年)で、当初は曹洞宗の寺院であった。寛永元年7月(1624年)、高台寺は臨済宗建仁寺派の大本山である建仁寺の三江紹益を中興開山に招聘。この時、高台寺は曹洞宗から臨済宗に改宗している。
(出典:Wikipedia「高台寺」)

秀吉と北政所を祀る霊廟としての性格をもった寺院「高台寺」

北政所が晩年を過ごした所と伝えられ、一説には北政所の終焉の地とされる。北政所没後に寺に改められた。

北政所が晩年を過ごした所と伝えられる『圓徳院』

高台寺 秀吉とねねの寺

大河ドラマ おんな太閤記 | NHK名作選(動画他)

NHK大河ドラマ『徳川家康』(1983年) 徳川家康:滝田栄 平均視聴率31.2%・最高視聴率37.4%

『徳川家康』(とくがわいえやす)は、NHKで1983年1月9日から12月18日にかけて放送された大河ドラマ第21作。

「昭和59年から大河ドラマは近代路線に移行する」とのタイムテーブルのもと、時代劇大河・最後の作品として「戦国時代・最後の大物」徳川家康を主人公としたこのドラマは企画された。スタッフが意図したものは大河ドラマの王道たる「直球」的作品。

当初はオリジナル脚本案も浮上したが、過去にNET系(現:テレビ朝日)でドラマ化された例はあるものの「山岡荘八・著『徳川家康』ほど家康に関する名作はない」との結論に達し、山岡荘八の小説『徳川家康』を原作にしたドラマ化がスタートした。

家康の出生前からその死までを描く山岡版「家康」、その原作に忠実を期し「家康の生涯は生母・於大を抜きには語れない」との意見から於大役に、息子・家康役の滝田栄より7歳年下の大竹しのぶを配するなど大胆な配役がされた。従来陽気な秀吉に比べ老獪な謀略家としての面が強調されていた家康を泰平を求める求道者として描いた。

また、それまで一般に知られていなかった若手俳優役所広司が織田信長を演じて人気を博した。この作品で一躍注目を集めた役所は出演ドラマ・映画が増え、NHKでも翌年のNHK新大型時代劇『宮本武蔵』で主演を果たしている。

音楽は過去『新・平家物語』などでもテーマを手がけた冨田勲が担当した。この作品でもシンセサイザーと混声合唱、打ち込み音楽をあわせたものであり、重要な局面においては館野直光アナウンサーの語りと相まった。そして、オープニング・テーマでは一定の旋律を転調しながら繰り返すのみのシンプルな楽曲であった。

映像では山奥の小さなせせらぎが小川となり、幾つかの滝や濁流を経て大河となって、やがて大海に注がれるといった演出がなされた。また、家康にゆかりのある日光の華厳滝なども登場した。
(出典:Wikipedia「徳川家康 (NHK大河ドラマ)」)

NHK大河ドラマ『徳川家康』(1983年) 徳川家康:滝田栄 平均視聴率31.2%・最高視聴率37.4%

「おしん、家康、隆の里」という流行語も生まれた。

「なにも家康のそっくりショーをやるわけではない。われわれの手で新しい家康像を作り出そうではないか」という声で、30代前半の俳優に的を絞り、実力本位で選考した結果、滝田栄に決定。かくて長身で面長、「最も家康に似ていない俳優」が家康役に決定した。
(出典:Wikipedia「徳川家康 (NHK大河ドラマ)」)

竹千代→松平元信→松平元康→松平家康→徳川家康 演:山崎晃一→加瀬悦孝→松田洋治→滝田栄

NHKスタッフには既にその実力が認知されていた無名塾所属の役所広司に決定。

放送後、NHKには問い合わせの電話が殺到、評判となった。送られてきたファンレターも番組出演者中最大量。「役所君の持つ、精悍さの中にある優しい瞳に我々は賭けたのだ」というスタッフの意気に応えた。
(出典:Wikipedia「徳川家康 (NHK大河ドラマ)」)

一般に知られていなかった若手俳優「役所広司」が「織田信長」を演じて人気を博した。

武田は『おんな太閤記』(その頃の脚本担当は、橋田壽賀子)の時にも秀吉役の最有力候補だったが、当時はTBS『3年B組金八先生』第2シリーズ出演中だったため実現しなかった。

脚本担当の小山内美江子の強い希望により「武田鉄矢」に「秀吉」役が配された。

徳川家康ゆかりの地を巡る

徳川300年の歴史を刻む出世城「浜松城」

浜松城(はままつじょう。近代以前は旧字体で「濱松城」と表記された)は静岡県浜松市中区にある日本の城跡。野面積みの石垣で有名。歴代城主の多くが後に江戸幕府の重役に出世したことから「出世城」といわれた。

「家康時代」

元亀元年(1570年)に家康は武田信玄の侵攻に備えるため本拠地を三河国岡崎から遠江国曳馬へ移した。岡崎城は嫡男・信康に譲られた。当初は天竜川を渡った見付(磐田市)に新たに築城をするつもりであったが、籠城戦に持ち込まれた際天竜川により「背水の陣」となることから、曳馬城を西南方向に拡張した。その際、曳馬という名称が「馬を引く」、つまり敗北につながり縁起が悪いことから、かつてこの地にあった荘園(浜松荘)に因んで城名・地名ともども「浜松」と改めた。

元亀3年(1573年)、武田信玄がこの城を攻める素振りを見せながらこれを無視するような行軍をして家康を挑発。挑発された家康は浜松城から打って出たが、武田軍の巧妙な反撃に遭って敗北を喫した(三方ヶ原の戦い)。 

三方ヶ原の戦いでは徳川軍の一方的な敗北の中、家康も討ち死に寸前まで追い詰められ、夏目吉信や鈴木久三郎を身代わりにして、成瀬吉右衛門、日下部兵右衛門、小栗忠蔵、島田治兵衛といった僅かな供回りのみで浜松城へ逃げ帰った。

この敗走は後の伊賀越えと並んで人生最大の危機とも言われる。浜松城へ到着した家康は、全ての城門を開いて篝火を焚き、いわゆる空城計を行う。そして絵師を呼んで顰像(#顰像(しかみ像))を描かせると、湯漬けを食べてそのままいびきを掻いて眠り込んだと言われる。この心の余裕を取り戻した家康の姿を見て将兵は皆安堵したとされる。浜松城まで追撃してきた山県昌景隊は、空城の計によって警戒心を煽られ城内に突入することを躊躇し、そのまま引き上げたといわれる。
(出典:Wikipedia「浜松城」)

徳川家康ゆかりの地を巡るコース「浜松城」「三方ヶ原の戦いのゆかりの地」

三方ヶ原の戦い(みかたがはらのたたかい)は、元亀3年12月22日(1573年1月25日)に、遠江国敷知郡の三方ヶ原(現在の静岡県浜松市北区三方原町近辺)で起こった、武田信玄軍2万7,000~4万3,000人と徳川家康、織田信長からの連合軍1万1,000~2万8,000人との間で行われた戦い。
信玄の西上作戦の過程で行われた戦いであり、家康が大敗したことで有名な戦である。

当初、徳川家康と佐久間信盛は、武田軍の次の狙いは本城・浜松城であると考え、籠城戦に備えていた。一方の武田軍は、二俣城攻略から3日後の12月22日に二俣城を発すると、遠州平野内を西進する。浜名湖に突き出た庄内半島の先端に位置する堀江城(現在の浜松市西区舘山寺町)を標的とするような進軍であり、浜松城を素通りして三方ヶ原台地を通過しようとしていた。

これを知った家康は、一部家臣の反対を押し切って、籠城策を三方ヶ原から祝田の坂を下る武田軍を背後から襲う積極攻撃策に変更し、浜松城から追撃に出た。

同日夕刻には、三方ヶ原台地に到着するが、武田軍は魚鱗の陣を布いて待ち構えており、徳川軍は鶴翼の陣をとって戦闘が始まる。しかし、武田軍に対し兵力・戦術面ともに劣る徳川軍に勝ち目はなく、わずか2時間の戦闘で甚大な被害を受けて敗走する。

武田軍の死傷者200人に対し、徳川軍は死傷者2,000人のほか、鳥居四郎左衛門、成瀬藤蔵、本多忠真といった有力な家臣を始め、先の二俣城の戦いでの恥辱を晴らそうとした中根正照、青木貞治や、家康の身代わりとなった夏目吉信、鈴木久三郎といった家臣、また織田軍の平手汎秀といった武将を失った。

このように野戦に持ち込んだことを含めて、全て武田軍の狙い通りに進んだと言えるが、戦闘開始時刻が遅かったことや本多忠勝などが、武田軍相手に奮戦したこともあり、家康を討ち取ることはできなかった。
(出典:Wikipedia「三方ヶ原の戦い」)

三方ヶ原の戦い 布陣図

徳川家康ゆかりの地を巡るコース|観光モデルコース|公式/浜松・浜名湖観光情報サイト~浜松だいすきネット~

大河ドラマ 徳川家康 | NHK名作選(動画他)

NHK大河ドラマ『秀吉』(1996年) 豊臣秀吉:竹中直人 平均視聴率30.5%・最高視聴率37.4%

『秀吉』(ひでよし)は、1996年1月7日から12月22日にかけて放送された第35作目のNHK大河ドラマ。原作:堺屋太一、脚本:竹山洋、主演:竹中直人。全49話。

堺屋太一の小説『秀吉』、『豊臣秀長』、『鬼と人と 信長と光秀』(主人公:明智光秀と織田信長)の3作品を物語の基とし、脚本家の竹山洋自身が創作した逸話なども随所に取り入れてドラマ化した。

豊臣秀吉を主人公にした大河ドラマは、1965年の『太閤記』以来、31年ぶり2作目。

『八代将軍吉宗』の総集編が終わった後の予告で「これがドラマだ!」と強調、蓋を開ければ、竹中直人やおね役の沢口靖子のほか、信長役の渡哲也の重厚な演技、秀長役の高嶋政伸、なか役の市原悦子、足利義昭役の玉置浩二、千利休役の仲代達矢、光秀役の村上弘明などの脇役たちの存在感もそれぞれ光るものがあり、視聴率は当初の予想を大きく上回ることになる。
(出典:Wikipedia「秀吉 (NHK大河ドラマ)」)

NHK大河ドラマ『秀吉』(1996年) 豊臣秀吉:竹中直人 平均視聴率30.5%・最高視聴率37.4%

信長を盲信し、父と同じと慕って忠義を尽くす。信長へは「ごもっとも!」を連呼する。「心配御無用!」のセリフと共に猛烈な行動力で数々の仕事をこなし、信長から「侍たるものは皆、秀吉にあやかりたく存ずべし」との最上級の評価をもらう。

正室であるおねに惚れ大事にしているが、女好きであることを公言し、度々浮気をしている。織田家家臣時代は庶民的で命を尊ぶ性格だったが、出世と共に次第に傲慢になっていく。
(出典:Wikipedia「秀吉 (NHK大河ドラマ)」)

秀吉:竹中直人と信長役の渡哲也

決め台詞「心配御無用!」は、その年の流行語となった。

NHK大河ドラマ『秀吉』(1996年) 豊臣秀吉:竹中直人

NHK大河ドラマ『秀吉』(1996年)の放送に合わせて「北近江秀吉博覧会」の開催

北近江秀吉博覧会(きたおうみひでよしはくらんかい)は、1996年(平成8年)に滋賀県長浜市で開催された地方博覧会。 開催期間 - 1996年4月7日から11月30日まで 会場 - 長浜市街地・琵琶湖湖北一帯 テーマ - 「変革と自由」 マスコット - 「ひでよし」 入場料 - 三会場共通券……大人1000円(前売900円)小中学生600円(前売500円)         中央会場単独券……大人700円 小中学生500円 主催 - 北近江秀吉博覧会実行委員会 中央会場 テーマ:「歴史メッセージ『秀吉の夢』」 長浜駅から徒歩5分の市街地の真ん中にあり、旧映画館と商家の建物を利用したパビリオン。NHK大河ドラマ「秀吉」とタイアップ。 「ドリームキューブ」は、大型マルチスクリーンの映像とともに、音と光のページェントを繰りひろげる。 「大河ドラマ体験ヤード」は、ロケ風景などの紹介。 湖北・長浜の特産品やオリジナルグッズを販売する「物産販売・観光情報紹介コーナー」、軽食サービスなどが行われる「レストコーナー」がある。 大通寺会場 テーマ:「王国を夢見た人」 豊臣秀吉と蓮如を中心に、湖北で青春を生き、天下を夢見た人々を紹介する。 長浜城歴史博物館 テーマ:「秀吉出世城物語」 秀吉ゆかりの合戦図屏風や肖像画などの企画展を行った。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8C%97%E8%BF%91%E6%B1%9F%E7%A7%80%E5%90%89%E5%8D%9A%E8%A6%A7%E4%BC%9A

北近江秀吉博覧会 - Wikipedia

秀吉ファンの心をつかめ!長浜観光の目玉の一つ「長浜城歴史博物館」の秀吉と長浜がキーワードのリニューアル

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昭和100年の節目に楽しむ「昭和レトロWEEK!」TBSラジオ『ジェーン・スー 生活は踊る』で開催

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TBSラジオの人気番組『ジェーン・スー 生活は踊る』にて、4月20日から「昭和レトロWEEK!」がスタート。昭和100年を迎える今年、家具や漫画、音楽など多彩な視点で昭和の魅力を再発見します。タイガー魔法瓶のレトロ柄製品が当たる豪華プレゼント企画も実施。懐かしくも新しい昭和の世界をラジオで堪能しましょう。


渋谷PARCOに「歌謡曲喫茶」が出現!最高の音響で昭和の名曲を浴びる贅沢な24日間

渋谷PARCOに「歌謡曲喫茶」が出現!最高の音響で昭和の名曲を浴びる贅沢な24日間

渋谷PARCO 8F「ほぼ日曜日」が、2026年4月24日から期間限定で「歌謡曲喫茶」に変身!銀座のオーディオショップ全面協力による至高の音響で、昭和のきらめく名曲を堪能できます。夜はリリー・フランキーさんや糸井重里さんら豪華ゲストによるトークイベントも開催。懐かしくも新しい、音楽体験の全貌をレポート。