膝に不安のある浜田は、
長引けば長引くほど不利であると
ゴングを合図に突進
サポーターをつけた右膝で踏み込んで
いきなり左拳をアルデドンドに突き刺した
そして連打で追い込んでいった
アルレドンドも強気で応戦したが
浜田の右フックが炸裂した
左が使えなかった2年間
変形するまで鍛え上げた右の拳が
空白の2年間の怒りを爆発させたようだった
この右フックが基点となり
連打が決まり
アルデドンドは意識を失いダウンした
わずか3分9秒で夢を叶えた浜田は
テンカウント後もロープに手を掛けたまま全く動かなかった
「膝が痛くて動けなかった」
という
初防衛 「判定勝ちはどんな大差であっても勝者であっても負け」
同年、
世界ランキング5位、ロニー・シールズと対戦
浜田はこれが最後の試合になるだろうと思っていた
それくらい右膝は悪かった
必ずKOで倒すと心に誓ってリングに上がった
しかし2R激痛が走った
右膝を痛めた浜田は思うように戦えず苦戦した
判定で勝ったものの
右まぶたの上を切り血だらけの不本意な防衛だった
試合後、浜田は右脚をひきずりながら走って控え室へ帰った
無様な姿をさらしたくはなかったのだ
その姿はまるで敗者のようであった
自分自身を納得させるため
もう1試合戦うことを浜田は決めた
相手はあのレネ・アルデドンドだった
アルレドンドのリベンジ
2度目の防衛戦で
アルレドンドと再戦
激しい打撃戦となったが
浜田の前脚である右膝の状態は悪く
後ろ脚に重心がかかり
膝で左右にウィービングすることが出来ず
アッパーを食って目を切り裂かれ
6R、
無情の右フックを浴び続け
レフェリーが試合をストップした
浜田は王座を失った
突然の復帰戦キャンセル、突然の引退
浜田は
とにかく右膝を治して
1勝1敗となったアルレドンドとの決着をつけたいと思った
右膝さえ万全であれば絶対に負けない自信があった
しかし
東京ドームで予定されていた再起戦を
浜田はキャンセルした
対戦相手はフィリピン4位の選手
力の差は歴然としていた
ファイトマネーは1500万円が用意されていた
試合をキャンセルした2週間後
浜田は引退した
あまりに突然の出来事だった
アルレドンドに負けた試合がラストファイトとなった
(24戦21勝(19KO)2敗1無効試合)
引退後
引退後も
酒や煙草は一切やらずトレーニングを続け
後進の見本となり
プロボクシング解説者としての評価も高い