
ガブリエル・バティストゥータ
ゴール後に見せるこのポーズ。
どこを見つめているんでしょう。
日本でも、結構マネしている人もいたんではないでしょうか?
経歴

筋肉!
エピソード

ダイナミックなプレーが売りでした!
【懐かしのサッカー選手特集#11】「バティゴール!」ガブリエル・バティストゥータ | 海外サッカーならサカレポ
所属クラブ

ACFフィオレンティーナ
1988~1989年
ニューウェルズ・オールドボーイズ
1990年
CAリーベル・プレート
1990~1991年
ボカ・ジュニオールズ
1991~2000年
ACFフィオレンティーナ
2000~2003年
ASローマ
2003年
インテルナツィオナーレ・ミラノ
2003-2005年
アル・アラビ
代表歴
活躍
フィオレンティーナ

フィオレンティーナ時代

フィオレンティーナ在籍時、胸のスポンサー名は「Nintendo」
バティが海外移籍として、最初に選んだセリエAのフィオレンティーナ。
バティは、ルイ・コスタとの連携で数々のゴールをゲットしていました。
しかし、その後クラブの経営難から、中田英寿と同僚となる同じセリエAのASローマへと移籍します。
そこでも、20得点を決め、ASローマのスクデット(優勝)に貢献します。
ちなみに、ユニフォームの遍歴を見ると、「MAZDA」や「TOYOTA」とスポンサーに日本企業名が記載されていますね。
また、後年フィオレンティーナには、中田英寿も在籍しました。
アルゼンチン代表

アルゼンチン代表時代
ガブリエル・バティストゥータとは - goo Wikipedia (ウィキペディア)

日韓ワールド杯 前列真ん中がバティストゥータ
'98 フランスW杯 日本戦

ゴール前で、名波からの「パス」を受けてゴールを決める
【日本代表W杯の軌跡】のしかかった“バティゴール”|98年フランス大会・アルゼンチン戦 | サッカーダイジェストWeb
「0-1」での敗戦は、惜しかったと言えばそれまでですが、一瞬のミスを逃さないバティの落ち着きはやはり世界的な選手である事を印象つけました。
グループリーグ初戦とゆう事もあり、強豪アルゼンチンはスローペースだったので、日本もいくつかチャンスは作りましたが、ゴールは割れませんでした。
動画集
引退後は、歩行困難に
現役生活の中で、足首の故障を繰り返したことで、今では足首の軟骨、腱(けん)がまったくない状態になってしまったのだという。
http://www.nikkansports.com/soccer/world/column/chiba/news/f-cl-tp0-20140831-1359708.htmlバティ氏「僕の足には軟骨も腱もない」 - 海外サッカーよもやま話 - 海外サッカーコラム : 日刊スポーツ

引退後のバティ
バティストゥータ氏が引退後の苦悩告白「脚を切断してくれと言った」 | サッカーキング

ネクタイ姿
バティストゥータ 「脚を切断してくれと医師に相談したこともあった」 元アルゼンチン代表FWガブリエル・バティストゥータが告白した引退後の苦悩 - Cartao Amarelo - 南米サッカーサイト
現役時代のパワフルなプレーの代償です。
豪快なイメージですが、W杯日本戦のように足首を使っての柔らかいプレーもありました。
しかし、身体は長年の選手生活でどんどんと疲弊していたんですね。