そして、運命のドバイ遠征へ
7歳になったホクトベガは川崎記念を連覇した。そしてそこに世界最高峰のダートレースドバイワールドカップへの挑戦が持ち上がった。当時オーナーサイドは出走に否定的であったが、主戦騎手横山典弘と中野調教師の「ドバイで勝負してみたい」という熱意に押され出走を決断したと言われている。そして、向かったドバイ遠征。開催当日にドバイでは何十年に一度というスコールがあり順延となる。日をあらためて行われたドバイワールドカップの最終コーナー・・。悲劇が起こった
ホクトベガは競馬場の小さな窪みに脚を取られ転倒した、後続の馬もよけきれずに激突・・その後予後不良と診断されホクトベガはドバイの空に輝く1等星となってしまった。
鞍上の横山騎手は、自分の強引な競馬があの悲劇を起こしたと、悔やんだと言われている。
ドバイワールドC概要
おわりに
ホクトベガはクラシックの1つを勝っていながら地味な存在であった彼女はその3年後に新たな輝きを放ちだす。そして、私たちファンを魅了して颯爽と去って行ってしまった。ホクトベガがどんな子どもを産んだのかあのまま走っていたら・・・。誰もが一度は考えてしまう事だ。また、競馬はただ走って勝つ、負けるだけではなく、馬と人とのドラマやストーリーが存在する。ホクトベガは未だに私たちの上で輝き続けるだろう。