【訃報】「平成の借金王」安田忠夫さん死去(62) バンナ戦で日本中を熱狂させた“人生の特攻隊長”
2026年2月10日、プロレス界に悲しい知らせが届きました。 元大相撲小結・孝乃富士であり、新日本プロレスなどで活躍した元プロレスラーの安田忠夫さんが亡くなったことが明らかになりました。62歳でした。
報道によると、安田さんは都内の自宅で倒れているところを発見されたとのことです。 「借金王」の愛称で親しまれ、リング内外での破天荒なエピソードで昭和・平成のプロレスファンをハラハラさせ、そして熱狂させた安田さん。あまりに早い別れに、関係者やファンからは悲しみの声が上がっています。
大相撲からプロレスへ、そして「リストラ」の危機
安田忠夫さんは1963年生まれ、東京都大田区出身。 大相撲の名門・九重部屋(のち北の湖部屋)に入門し、「孝乃富士」の四股名で活躍。最高位は小結まで上り詰めましたが、1986年に廃業。その後、アントニオ猪木さんにスカウトされる形で新日本プロレスに入団しました。
デビュー当初は相撲出身らしい突進力を武器にしていましたが、当時の新日本プロレスは闘魂三銃士(橋本真也、蝶野正洋、武藤敬司)が全盛の時代。中堅レスラーとして伸び悩む時期が長く続きました。 一時はリストラ候補筆頭とも囁かれ、実際に戦力外通告に近い扱いを受けたこともありました。しかし、そこから彼の人生は予想もしないドラマを見せ始めます。
2001年大晦日、ジェロム・レ・バンナ戦の「奇跡」
安田忠夫さんのキャリアを語る上で、絶対に外せないのが2001年12月31日の『INOKI BOM-BA-YE 2001』です。
当時、K-1の番長として圧倒的な強さを誇っていたジェロム・レ・バンナ。その対戦相手としてリングに上がったのが安田さんでした。下馬評は圧倒的にバンナ有利。「秒殺されるだろう」というのが大方の予想でした。
しかし、試合は誰も想像しなかった結末を迎えます。 バンナの強烈な打撃に耐え、何度も倒れながらも立ち上がり、一瞬の隙を突いてグラウンドに引きずり込むと、最後はギロチンチョーク(フロントチョーク)でまさかの大逆転勝利。
のちに「平成の奇跡」とも称されたこの勝利により、安田さんは一躍「時の人」となりました。翌2002年にはIWGPヘビー級王座も戴冠。リストラ候補から団体の頂点へ。その劇的なサクセスストーリーは、不況に喘ぐ当時の日本社会において、多くの中年男性に勇気を与えました。
「借金王」としての愛すべき人間性
安田さんのもう一つの顔、それが「借金王」としてのキャラクターです。 ギャンブル好きが高じて多額の借金を背負い、それを隠すことなくネタにする姿勢は、従来のストイックなプロレスラー像とは一線を画していました。
「ファイトマネーはすべて借金返済へ」「娘(モデルの安田あやみさん)のギャラを当てにする」といったエピソードは枚挙にいとまがなく、時には自殺未遂騒動を起こして世間を騒がせたこともありました。しかし、その弱さやだらしなさも含めて隠さない「人間臭さ」が、どこか憎めない愛嬌としてファンに受け入れられていたのも事実です。
リング上での不器用なファイトスタイルと、私生活での破滅的な生き様。その危ういバランスこそが、安田忠夫というレスラーの最大の魅力だったのかもしれません。
晩年とファンからの追悼
引退後は表舞台から姿を消すことも多かった安田さんですが、YouTubeチャンネルへの出演やイベントなどで元気な姿を見せることもありました。 料理の腕前はプロ級で、相撲部屋仕込みのちゃんこ鍋を振る舞う姿も知られています。
62歳という若すぎる死。 しかし、あの大晦日の夜、さいたまスーパーアリーナを揺るがした大歓声と、安田さんが見せた「諦めない姿」は、これからもファンの心の中で生き続けることでしょう。
心よりご冥福をお祈りいたします。
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