ブルースの女王・淡谷のり子を思い出し…

ブルースの女王・淡谷のり子を思い出し…

日本のシャンソン界の先駆者であり、人生のすべてを音楽に注いだ淡谷のり子を調べてみました。


はじめに

淡谷のり子が70代の頃である1980年代から1990年代にかけて、ものまねブームが到来。その頃、フジテレビの「ものまね王座決定戦」が放送されおり、審査員として出演していた彼女は辛辣な評価が若者にも受け、名物審査員となっていました。

彼女は下品なものまね大嫌いで、特に彼女のものまねをするコロッケや清水アキラに対しては大変厳しい評価をくだすことが有名でした。彼らのものまねにはバラエティ番組と思えないほど厳しい表情を見せていて「もっと真面目にやりなさい」と叱っていたのを覚えています。

この「ものまね王座決定戦」に出演している頃には若者にとってはおばあちゃん。彼女の本職のことは知らない人も多かったのではないでしょうか。

ソプラノ歌手・荻野綾子との出会い

彼女は1907年に、青森県青森市の豪商「大五阿波屋」の長女として生まれました。しかし、彼女が3歳の時、死者26名、負傷者160名、焼失家屋5,200戸以上に達した「青森大火」によって生家が没落してしまいます。更に女学校に通っていた10代の頃に実家が破産し学校を中退、母と妹とともに上京しました。

彼女は日本で初めて国際的な名声をつかんだオペラ歌手として知られる「マダム・バタフライ」こと三浦環のファンであったことから、「音楽教師になって、余暇で三浦のようなクラシック音楽を楽しむ女性になれれば」と考え、東洋音楽学校へ入学を希望するも、校長から声楽は難しくて無理だとの一声でピアノ科へ入学することになりました。

ピアノ科へ入学後、あきらめた声楽への道へと引き戻した荻野綾子と出会います。「あかとんぼ」や「からたちの花」の作曲家である山田耕筰の抜擢を受け、海外でも歌唱力が評価されたソプラノ歌手の荻野綾子が担当する講義にて、教則本を歌うことになった彼女。その歌声を聴いた荻野は声楽科への編入試験を勧めるのでした。この合格予定者は1人という狭き門の試験でしたが、なんと合格したのは彼女でした。これによりピアノ科から声楽科へ編入し、荻野自ら指導を行う形でクラシック音楽の基礎を徹底的に学び、オペラ歌手を目指すことになったのです。

ソプラノ声楽家・久保田稲子との出会い

荻野の指導を受けていた彼女ですが、実家が徐々に貧しくなっていき、生活費を稼ぐため1年間学校を休学することになりました。

1926年に復学するも、荻野は1924年にフランスへ渡っており、彼女への指導の後任を東京音楽学校出身ソプラノ声楽家・久保田稲子に託していました。久保田は東洋音楽学校創立者の娘でもあり、荻野が師事したリリー・レーマンの弟子でもあります。

久保田は彼女に対して毅然とした口調で「これからは私と共に勉強してちょうだい。本気で勉強すると約束してくれるなら、私は他の人にはレッスンしません。あなた一人だけを教えます」と宣言したのです。と同時に荻野から直々に淡谷の指導を頼まれたことも明かしました。彼女は久保田からの思いがけない言葉と荻野の配慮に感涙し、久保田と共に二人三脚で学んでいく決心をしました。

努力の甲斐もあり首席で声楽科を卒業します。卒業年である1929年に開催されたオール日本新人演奏会(読売新聞主宰)では母校を代表して「魔弾の射手」の「アガーテのアリア」を歌い、「10年に一人のソプラノ」と絶賛されました。

歌手デビュー

世界恐慌が始まる頃、彼女は卒業後もそのまま東洋音楽学校の研究科に籍を置きますが、クラシック歌手としてだけでは生計が立たず、家計を支えるために流行歌を歌うことになりました。

1930年にポリドールから新民謡路線のデビュー盤である「久慈浜音頭」が発売され、同年6月には東京・浅草の「電気館」のステージに立ち、そのまま映画館の専属歌手となるのです。彼女の他にも同じ東洋音楽学校の卒業生が流行歌手として活躍していましたが、東京音楽学校出身の声楽家が歌う流行歌よりも低い価値で見られ、彼女は低俗な歌を歌い堕落したと見なされ、母校である東洋音楽学校の卒業名簿から抹消されてしまったのです。※後年になって復籍

1931年、彼女は日本コロムビアへ移籍します。「私此頃憂鬱よ」を発売しヒットするや、映画の主題歌を中心に外国のポピュラーソングなどを歌い、1935年シャンソンの「ドンニャ・マリキータ」がヒット。日本におけるシャンソン歌手の第1号となりました。その後、日中戦争が勃発した1937年には「別れのブルース」が大ヒットし、一気にスターダムへ駆け上がったのです。この「別れのブルース」がブルースの女王と称されるきっかけでもあるようです。

戦時中、彼女は「もんぺなんか履いて歌っても誰も喜ばない」「化粧やドレスは贅沢ではなく、歌手にとっての戦闘服」という信念の元、パーマをかけ、ドレスに身を包んで戦地に赴く兵士らの心を慰めながら慰問活動を活発に行いました。

戦後は、テイチク、ビクター、東芝EMIと移籍を繰り返しながらも活躍を続け、1953年に「第4回NHK紅白歌合戦」に初出場を果たし、初出場でありながら紅組のトリを務めたのです。彼女はこの頃から、テレビのオーディション番組の審査員やバラエティー番組にも出演するようになり、歯に衣着せぬ評価や発言で話題となりました。


会場の日本劇場(1952年撮影)

第4回NHK紅白歌合戦 - Wikipedia

晩年の彼女

長年の音楽仲間である藤山一郎、服部良一が相次いで死去した1993年に彼女は脳梗塞で倒れてしまいます。言語症や手足に麻痺が残るなどの後遺症で仕事への意欲を失いました。

最晩年の1996年には寝たきりとなりましたが、後輩らによる彼女の米寿記念コンサートに出演し、コンサートの最後に「聞かせてよ愛の言葉を」を歌唱したのが、公の場で歌唱した最後となったのです。1999年9月22日、老衰のため92歳で人生の幕を下ろしました。

おしまいに

彼女はかつて夢見た声楽家になれたのでしょうか。それは彼女に聞いてみなければわかりませんが、歌を愛していたのは間違いありませんね。

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