吉永小百合さんは「日活の看板女優」として1960年代の日本映画界に一大旋風を巻き起こした
吉永小百合さんのブロマイドは爆発的に売れた
吉永小百合さんのブロマイドがあまりの売れ行きに店頭から姿を消すなど、爆発的に売り上げを伸ばした。1964年(昭和39年)、1968年(昭和43年)、1969年(昭和44年)と、年間売上実績で女性部門1位に光輝いた。
早稲田大学第二文学部西洋史学専修を正規の4年間、しかも次席で卒業。
1965年(昭和40年) - 大学入学資格検定に全科目合格は出来ていなかったが早稲田大学に高卒と同等以上の学力があると認められ早稲田大学第二文学部西洋史学専修に入学(俳優業多忙のため、精華学園女子高校は中退していた)。
ごめんね(岡田)太郎さん!吉永小百合さんは、ヌードにはならなかったが、1970年代以降は体当たり演技にも挑戦した。
戦争と人間 完結篇(1973年、日活) - 伍代順子 役
松原智恵子 1960年代の日活の看板女優・清純派女優
松原 智恵子(まつばら ちえこ)
1967年のブロマイド売り上げでは、吉永小百合、藤純子(現・富司純子)、和泉、酒井和歌子、内藤洋子らを抑えて女優部門のトップになっている。
松原智恵子さんのブロマイドもとても売れた