1989年12月には、後楽園ホールで大仁田さんと組み、松永光弘選手・ジェリー・ブレネマン選手組を相手に日本初の有刺鉄線デスマッチを行っています。
今でこそ他の団体でも有刺鉄線デスマッチは行われていますが、当時は、マジか!!大丈夫なのか?なんて話題になっています。アレ、間違って目にでも刺さったら失明の恐れもありますからね
謎のFMW離脱
1995年、大仁田さんの引退試合の対戦相手に決まっていましたが、その直前になり、突然退団を発表し、ミスター雁之助選手、オーニタ・ジュニア(市原昭仁)選手を率いてFMWを離脱されています。
当時、大仁田さんとの引退試合を放棄し、それをメインイベントとしていた大会1週間前に団体を退団するというあまりの異常事態によりファン、マスコミ、FMWも大混乱になっていました。
理由は?
退団する3人による記者会見では、記者からも事情を説明するよう強く問い糾されたが、後藤さんらは「大仁田引退試合を放棄し、その数日前という直前に退団を決意するだけの『何か(「裏切り行為」とも)』があった」ことや「FMWが嫌いになったわけではない」と語るだけに留まっていました。
また関係者がいずれも口を固く閉ざし、今もはっきりした原因は明かされていません・・・。
本当の理由
突然退団から26年、当事者の一人であるミスター雁之助さんは自身のyoutubeチャンネルの中で2021年にその真相を語っています。
真FMWを名乗り
中牧昭二
FMW離脱後の後藤さんらは真FMWを名乗り、IWA・JAPANの後楽園大会に乱入し、FMWで自らデビュー戦の相手を務めた中牧昭二選手らとの抗争に突入。
1996年にはインディー統一機構を名乗るFFFに冬木軍、折原昌夫選手らとともに参加するも同団体は旗揚げ戦前に倒産💦
その後、WARマットを中心に暴れまわり、同団体の武井正智社長がプロレスデビューした6月の後楽園ホール大会でも対戦相手を務めています。
スーパーFMW
2009年11月6日、12月24日自らのデビュー30周年興行をFMW再旗揚げ興行としFMWの活動再開を表明され、2010年からターザン後藤一派を母体とした「スーパーFMW」として団体化されました。