「ハーグ事件」への関与で国際手配を受けたものの20年以上もの長期に渡って逃亡を続け、不法に入手した偽造旅券を使って日本に不法入国し、その後しばらく大阪市西成区のマンションに潜伏生活を続けていました。
逮捕
重信房子 - Wikipedia
重信房子の家族
最初の夫・奥平剛士
1971年2月2日に神戸市で奥平剛士との婚姻届を提出、「奥平房子」という戸籍を取得。
夫の奥平剛士は日本赤軍創設メンバーで最高幹部で、(1972年5月、民間人ら23人を殺害、計100人以上を無差別殺傷したテルアビブ空港乱射事件のテロ行為で死亡)
実は重信房子と奥平剛士の結婚は偽装結婚だったようです。(パレスチナに赤軍派の海外基地を作ろうと「奥平房子」という戸籍を得る為、だったとか・・・。)
夫を亡くした重信房子は後にパレスチナ人男性と結婚しています。
娘・重信メイ
2人目の旦那、パレスチナ人男性(イスラエルとの闘争中にミサイル攻撃により暗殺)との間には、重信メイという娘がいます。
娘さんは、8歳の誕生日に母親から「パレスチナ人と共に闘うため日本から来た」と教えられイスラエル情報機関を警戒して難民キャンプや民家を転々としていたそうです。
また母親が重信房子であることを大々的に公開して公の場に登場し2001年に日本国籍を取得し、現在は河合塾の講師として生活しながら、ジャーナリストやニュースキャスターといったメディア系の仕事でも活躍しています。
日本赤軍の解散
2001年には獄中から、組織として事実上崩壊していた日本赤軍の解散を発表。
重信房子の現在
東日本成人矯正医療センター
重信房子は懲役20年の判決が確定。(ただし、未決勾留期間の810日の3年を刑期に算入するため実質17年)
現在も東日本成人矯正医療センターにて服役中。
現在75歳の重信房子の出所予定は2027年となっています。
2027年となると、重信房子は82歳、かなりの高齢となります。
出所まで存命であるとは言いきれない歳で、下手したら獄中死と言うこともあり得るかもしれません。