2011年、チームスローガンは「Smart & Spirit 2011 真っすぐ」
元メジャーリーガーの岩村明憲や松井稼頭央を獲得。
メジャーリーグ移籍を表明していた岩隈久志もオークランド・アスレチックスとの交渉が決裂し残留。
3月11日、東北地方太平洋沖地震(東日本大震災)が発生。
未曽有の災害は多くの命を奪い街を壊滅させた。
そのとき楽天イーグルスは、兵庫県立明石公園第一野球場でロッテとのオープン戦の最中で全員無事だったが、本拠地のスタジアムは、照明塔など47箇所が損壊。
その後、チームは関西を中心に練習しながら球場や街頭などで募金活動を行い、1ヵ月以上、地元に戻れなかった
4月7日、楽天イーグルスは震災以後、チームとして初めて仙台に戻った。
星野仙一は避難所を訪問。
「遅くなってすみませんでした。
ごめんなさい」
と謝罪した。
楽天イーグルスは東北の復興の象徴になろうと奮闘した。
「支援といっても口だけになったり形式的になってしまうのは嫌でした。
実際、被災地にいってみると簡単に口に出してはいけないと思いました。
『勇気を与えたい』とか『元気にしたい』とか・・・
そういうものは相手が感じてくれるというか感じてもらえたらいいものだと思います。
『勇気を与える』なんて何様なんだという気持ちがありましたし今もそう思っています」
3月25日から4月12日に延期された開幕戦で楽天イーグルスはロッテに勝利。
4月を9勝6敗2位で終えた。
5月、岩隈久志が離脱し7勝14敗2分と負け越し。
交流戦も9勝13敗2分で9位と低迷。
6月、田中将大が月間MVPを受賞。
7月、岩隈久志が復帰。
8月27日、田中将大がソフトバンク戦で18奪三振。
9月10日、日ハム戦で、田中将大は2006年夏の甲子園の決勝以来、斎藤佑樹と対戦し、1失点完投で勝利。
10月13日、楽天イーグルスはクライマックスシリーズ進出の可能性を失った。
66勝71敗7分。
5位。
チーム本塁打53本。
7~8月にかけ17試合連続で無本塁打。
山﨑武司が戦力外通告を受け退団。
田中将大は、19勝5敗。
226回1/3イニングに登板し241奪三振。
無四球試合5。
完投試合14。
与四球率1.07。
過去最多イニングを投げながら四球は27と過去最少。
最多勝、最優秀防御率(1.27)、最多完封、最優秀投手の4冠王。
ベストナイン
ゴールデングラブ賞
最優秀バッテリー賞
2012年、チームスローガンは「Smart&Spirit2012 ともに、前へ」
岩隈久志がMLB・シアトル・マリナーズにFA移籍。
1月26日、エースとなった田中将大は里田まいとの婚約を発表。
3月20日、婚姻届を提出。
3月30日、開幕戦のロッテ戦に田中将大が先発し6回5失点。
チームは3対5で負けた
4月22日、田中将大が腰痛で戦線離脱。
5月30日、交流戦の巨人戦、8回まで田中将大と杉内俊哉が投げ合い、互いに2ケタ奪三振。
楽天イーグルスはノーヒットノーランで敗れた。
交流戦の成績は、10勝14敗9位。
7月6日、田中将大は先発予定だった西武戦を投球練習中に右脇腹に違和感を訴え回避。
8月19日、田中将大が通算1000奪三振。
8月26日、日本ハム戦を延長10回を無四球完封勝利。
この勝利から翌シーズンにかけての連勝記録をスタート。
9月、楽天は、ソフトバンク、ロッテとクライマックスシリーズ進出争いを展開。
10月4日、西武戦を引き分けBクラス確定。
67勝67敗10分。
4位。
田中将大は、最終戦で10勝目を挙げ、4年連続の2ケタ勝利。
防御率は2年連続の1点台となる1.87。
最多奪三振、完投、完封はリーグトップ。
12月4日、田中将大は、第3回WBC(ワールドベースボールクラシック)の日本代表候補選手34人に選出された。
第3回WBC 3連覇ならず
2013年2月20日、田中将大は、第3回WBC(ワールドベースボールクラシック)日本代表選手28人に選出された。
3月、第3回WBC(ワールドベースボールクラシック)が開催。
3連覇に挑む日本代表は、過去2回と違って現役メジャーリーガーは参加しない。
イチロー、松坂大輔、ダルビッシュ有もいないNPB代表チームとなった。
開幕前、5試合の壮行試合が行われたが3勝2敗。
2つの敗戦は完封負けだった。
第1ラウンド初戦の相手はブラジルだった。
ブラジルチームは、メジャーリーグ傘下のマイナー所属選手と日本プロ野球所属選手、社会人野球選手で構成され、楽勝ムードもあった。
日本の先発は田中将大し2回1失点。
ブラジルの先発はヤクルト所属のラファエル・フェルナンデス。
前年、ヤクルトで9試合に登板し防御率.711の成績だったが、日本は打てず、5回を終わって2対3とリードされ、
8回表、3点を奪い5対3で何とか逃げ切ったが思わぬ苦戦だった。
キューバ戦の4回田中将大は2番手としてリリーフ登板。
3番、フェルナンデスに1ストライク2ボールから147㎞/hをセンター前に運ばれ、4番、セペタには初球の132㎞/hのスライダーを右中間を破られ、わずか5球で追加点を許した。
6番、A・デスパイネにもストレートを安打され、1アウト1、3塁。
3回に特大ソロホームランを放ったトマスへの初球は
「勇気がいったが」
114㎞/hのカーブ。
真っすぐにめっぽう強い打者は体を浮かせた。
「相手の反応をみて有効とわかった」
5回は打者3人に対し低速カーブを使った。
変化球でストライクをとって追い込み、最後はストライクからボールになる変化球を振らせた。
2回を投げて5者連続を含む6奪三振。
奪ったアウトはすべて三振だった。
結局、日本はキューバに敗れた。
しかし苦しみながらも第2ラウンドに進出した。
第2ラウンド初戦はチャイニーズタイペイ(台湾)。
王建民、郭弘志、林哲、王溢正など元メジャーリーガーやプロ野球選手を揃えたアジアの強豪だった。
先発はかつてヤンキースで2年連続で19勝を挙げた王建民。
日本は6回まで無得点で7回裏を終わって0対2。
7回表、2対2の同点に追いつく。
7回裏、3イニング目の田中将大が1点を失い、チャイニーズタイペイに勝ち越しを許してしまう。
9回表1アウト、2対3。
鳥谷敬が四球で出塁。
後続が倒れ2アウト1塁。
鳥谷敬が盗塁を決め2アウト2塁。
井端のタイムリーで3対3の同点。
試合は延長戦へ入り10回表、中田翔の犠牲フライで日本は1点を追加。
4対3で勝利した。
第1ラウンド、第2ラウンドを生き延びた日本代表はサンフランシスコに移動。
サンフランシスコ・ジャイアンツ、シカゴ・カブスと強化試合を行い準決勝へ向け準備を進めた。
その相手は、中南米の雄:プエルトリコ代表。
前田健太が初回に1失点し0対1。
7回表、能見篤史が2ランホームランを浴びて0対3。
田中将大が後を引き受け、1番ロバーツ、4番ライトから三振を奪い、ジーターもショートゴロで打ち取り、1回2奪三振無失点。
8回裏、鳥谷敬の3塁打と井端弘和のヒットで1対3。
内川聖一も続き1アウト1、2塁。
打者は4番、キャプテンの阿部慎之助。
しかしその2球目に2塁の井端弘和がスタートを切るフリをしたのに対して、1塁の内川聖一がスタートを切ってしまい1、2塁間で挟まれアウト。
これで逆転の流れは切れ、日本は1対3で負け、3連覇を逃した。
「何もできないまま終わってしまった。
投げ足りない。
ただただ自分が情けないし悔しい」
そういう田中将大は、このWBCでエースの一角と目されていた。
しかしオーストラリアとの強化試合に先発し3回2失点、第1ラウンドのブラジル戦で先発し2回1失点、サンフランシスコ・ジャイアンツとの強化試合に先発し2回1失点。
最終的に、4試合7イニングに登板。
防御率2.57。
無失点に抑えたのは1試合、オランダ戦のみだった。
同い年の広島の前田健太は、3試合15イニングを投げ1失点18奪三振の活躍をみせたことも悔しがった。
「この屈辱は自分の手できっちり返します。
このままじゃ終われない」
完全に不完全燃焼に終わったWBC。
田中将大はそのうっ憤をレギュラーシーズンで晴らすと決めた。
24勝0敗
2013年、楽天イーグルスのチームスローガンは「Smart & Spirit 2013 HEAT!」
WBCの疲れから田中将大は開幕戦を辞退し、4月2日のオリックス戦で初登板し7回1失点。
4月は4試合に3勝0敗。
(4月16日のソフトバンク戦は7回3失点でリードのまま降板したが、チームがその後逆転負けし勝ち負けはつかなかった)
チームは9勝13敗で負け越し最下位。
5月、田中将大は5試合に登板し4勝0敗。
チームも引っ張られ、交流戦では、ソフトバンクと優勝を争ったが0.5ゲーム差で2位。
6月、田中将大は4試合に登板し3勝0敗で開幕から10連勝無敗。
変化球の精度が上がり、チェンジアップを思い描く軌道で投げ、フォークは場面や相手によって落差をミリ単位で調整しながら投げた。
スポーツニュース、スポーツ新聞はトップで報じ始める。
「連勝を止めてはいけないというのはマイナス思考なんで、続いていくんだという気持ちでした」
7月4日、楽天は首位のロッテに勝利し同率首位。
7月6日、単独首位。
(以降、明け渡すことはなかった)
7月26日、ロッテ戦。
で田中将大は、2回と6回にソロホームランを打たれた。
1対2で迎えた9回、楽天は神がかり的な反撃を開始。
押し出しで同点に追いつき、キャッチャーの嶋基宏がセンター前ヒットでサヨナラ勝ちを決め、連勝記録もつながれた。
7月、田中将大は4試合に登板し4勝0敗3完投。
開幕から14連勝無敗。
8月2日、日本ハム戦を田中将大は1失点完投勝利し、プロ野球史上3人目となる開幕15連勝を達成。
8月9日、ソフトバンク戦で日本プロ野球新記録の開幕16連勝。
8月30日、ソフトバンク戦で開幕19連勝。
ルーブ・マーカードが1912年記録したメジャーリーグの開幕連勝記録に並ぶ。
9月6日、日本ハム戦で20連勝。
9月13日、オリックス戦で21連勝。
カール・ハッベルが1936年から1937年にかけて記録したメジャーリーグ連勝記録を破った。
9月21日、日本ハム戦で22連勝。
9月22日、楽天イーグルスは日本ハムに15対1で勝利し、4年ぶり2度目のクライマックスシリーズ進出が決定。
9月26日、西武戦で1点リードで迎えた9回裏、田中将大は今季初のリリーフ登板。
このほぼ同時刻、2位のロッテが日本ハムに敗れ、楽天は勝てばリーグ優勝が決定することになった。
田中将大はランナーを2人出したが無失点で抑え、楽天は西武に4対3で勝利しパリーグ優勝を決めた。
89勝59敗3分。
球団創設9年目にして初のリーグ制覇だった。
楽天イーグルスは、クライマックスシリーズファイナルステージで3位のロッテと対戦。
田中将大は第1戦に先発し2対0で完封勝利。
第4戦でも9回表にリリーフ登板し無失点に抑え、チームの日本シリーズ進出を決めた。
巨人との日本シリーズ 3勝3敗で迎えた第7戦9回表2アウト 「あとひとつ」
10月26日、楽天イーグルスと巨人による第64回プロ野球日本選手権指リースが開始。
第1戦、楽天イーグルスは巨人を上回る9安打を放ちながら得点することができず0対2で負けた。
10月27日、第2戦、田中将大が先発。
ストレート、スライダー、スプリットで巨人打線を苦しめ、毎回12奪三振3安打1失点で完投し、楽天イーグルスが2対1で勝利。
10月29日、第3戦、楽天イーグルスは先発野手全員による13安打で巨人の先発を2回でノックアウトするなど打線で圧倒し、5対1で勝利。
開幕から24連勝。
第4戦、楽天イーグルスは初回の3ランホームランなどで4点リードしていたが、4回に3点、5回に2点を奪われ逆転。
その後、1点を入れて追いついたが、7回に勝ち越しを許し、5対6で敗北。
この試合で、先発ハウザーの3回4四球1死球を含めて楽天の投手陣は12四死球を与えた
10月31日、第5戦、楽天は2回表に2点を挙げて4試合連続の先制点。
巨人は7回裏に1点を返し1点差に迫った。
そして9回裏に1アウト1、3塁から同点に追いつき、さらにサヨナラのチャンスだったが同点止まり。
ここで決められなかったことが大きかった。
延長戦に入り10回表、先頭打者が四球で出塁、もう1人も四球で出て1アウト1、2塁となったところで銀次がセンター前ヒット。
さらにジョーンズのヒットが続き、この回2点を入れて、4対2で勝った。
楽天は3勝2敗で先に王手をかけた。
11月2日、楽天は開幕から連勝無敗の田中将大が先発。
1回表、先頭打者を空振り三振、その後も打ち取り3者凡退。
2回裏、楽天は1アウトから四球と2塁打で1アウト2、3塁。
そして3塁ゴロで先制。
2アウト3塁となり、初球を打った球を巨人のファースト:ロペスがトンネル。
タイムリーエラーで2点目を挙げ、2対0。
5回表、田中将大は先頭打者にフェンス直撃のツーベースヒットを打たれる。
次の打者を三振に仕留めるもロペスにレフトスタンドに運ばれ、2対2の同点に追いつかれた。
巨人はさらに攻め立て2アウト1、3塁からセンター前ヒットで2対3.
6回表、巨人は2塁打と内野安打でノーアウト1、2塁。
さらに送りバントで1アウト2、3塁。
前打席、ホームランのロペスは3塁ゴロ。
ランナーが還って2対4.
7回表も田中将大は2アウトからヒットを浴び、さらに4番の阿部慎之助の打球は落ちるかと思われたがライトがスライディングキャッチ。
味方の好守に助けられた。
8回も田中将大は続投。
「田中が代わろうとしないんや。
なぜかオレも考えたよ。
あ、そうかコイツ、これが日本で最後の登板になるんだなって」
(星野仙一)
田中将大はシーズンオフのメジャー移籍を希望していた。
日本でのラスト登板になるかもしれない。
だから負け試合でも最後まで投げさせた。
9回表は2アウト2塁から高橋由伸に150㎞/h台を連発。
最後は152㎞/hのストレートで空振り三振を奪った。
しかし2対4で負けた。
1度も負けていなかった男は9回160球を完投し12安打4失点。
連勝記録は24でストップした。
試合後、現役としても監督としても1度も日本一になったことがない星野仙一は選手に頭を下げた。
「ワシにうれし涙を流させてくれ」
田中将大は、試合後、いつものように星洋介トレーナーによるケアを受けた。
「何もいわれなかったらいく準備をします」
投げたがっているのはわかったが無条件でGOサインを出せない。
「炎症とかがあったら止めようと思っていました」
(星洋介)
11月3日、3勝3敗、雌雄を決する第7戦を控え、再び星洋介トレーナーは田中将大の体に触れた。
明らかな異変があった。
「表現するのは難しいんですが…
でもずっと触ってきたからわかるんです。
そのときの田中の筋肉はスイッチが入った状態でした。
通常、登板翌日は筋肉が固くなる。
車に例えるならエンジンが切れた状態ですかね。
でも違った。
アイドリング状態というか…
緊張状態が持続していると感じました」
まだ戦闘態勢にある。
ファイティングポーズをとり続けている。
そう判断した星洋介トレーナーは連絡を入れた。
「田中のことで…」
受けたのは首脳陣ミーティングに入っていたブルペン担当コーチ:森山良二だった。
森山良二はトレーナー室に向かった。
「(最終戦で救援登板した)クライマックスシリーズのときよりはいいです」
(田中将大)
「1イニングであれば投げられる状態です」
(星洋介トレーナー)
森山良二は慌ててミーティングに戻り、事情を説明すると星野仙一の厳しい視線を受けた。
「アアンッ?昨日あんなに投げさせやがって!」
試合前の練習中、選手たちの間に「田中がベンチに入るらしい」という情報が流れた。
しかしそれが登板に備えたものとは考えていなかった
「最終戦だからベンチに入れとこうということか」
しかし田中将大はベンチの中で右肘を温め臨戦態勢だった。
1回裏、楽天イーグルスは巨人のエラーで先制点。
2回裏にはヒットで2対0。
4回裏、ソロホームランで3対0。
守備でも8回表を終えて無失点。
「9回は田中、いくぞ」
指示を受け、ブルペンで田中将大が投球練習を開始。
9回表2アウトになって星野仙一監督はベンチを出て球審に投手交代を告げた。
「誰ですか?」
「田中!」
場内アナウンスが続いた。
田中将大はブルペンを飛び出しマウンドに走った。
スタンドから登場曲、ファンキーモンキーベイビーズの「あとひとつ」の大合唱が起こった。
涙声も混じっていた。
「あとひとつ」は、第92回夏の高校野球の応援ソングに起用され、CDジャケットは田中将大だった。
田中将大は2安打され2アウト1、3塁とされたが、最後は空振り三振で無失点で締めた。
この瞬間、楽天イーグルスの日本一が決定。
「右腕の震えが止まらない。
ヤバイっす」
パリーグ優勝、クライマックスシリーズに続き日本シリーズでも田中将大は胴上げ投手となった。
星野仙一監督も初めての日本一の胴上げに涙した。
創設1年目の開幕2戦目で0対26という記録的大敗した楽天イーグルスは、9年目でパ・リーグ、そして日本を制した。
2013年シーズンの田中将大は
24勝0敗1セーブ
開幕から24連勝
昨シーズンから28連勝
ポストシーズンを含めた30連勝
はギネス世界新記録に(当然プロ野球記録にも)認定。
パリーグMVP(記者投票で満票)
最多勝
防御率.127(1位)
勝率10割(1位)
沢村賞(選考委員会満場一致)
正力松太郎賞(特別賞、2004年のイチロー以来、2人目)
コミッショナー特別表彰
ベストナイン
ゴールデングラブ
最優秀バッテリー
宮城県民栄誉賞
伊丹市民栄誉賞
そして2014年1月23日、ニューヨーク・ヤンキースに移籍した。
入団会見で
『ニューヨークで最初に食べたものは?』
と聞かれ
「近くのスーパーの寿司です」
と答えた。