実録 スクール☆ウォーズ  この物語はある高校の荒廃に闘いを挑んだひとりの教師の記録である

実録 スクール☆ウォーズ この物語はある高校の荒廃に闘いを挑んだひとりの教師の記録である

この物語は、ある高校の荒廃に闘いを挑んだひとりの教師の記録である。高校ラグビー界において全く無名の弱体チームが、荒廃の中から健全な精神を培い、わずか7年で全国優勝を成し遂げた奇跡を通じて、その原動力となった信頼と愛を余す所なくドラマ化した物語である。


3対3のまま試合は進み、残り時間1分、両校優勝かと思われた。
伏見工のラインアウトでジャンプして捕られたボールは高崎利明へ。
高崎利明は腰を捻って平尾誠二へパス。
平尾誠二は右斜め前にへ走り、自分の右斜め後方を走ってきた味方へパス。
こうして追走してくる味方へボールがが継がれ、走行スピードは増していく。
大工大高ディフェンスは相手の動きとボールの流れを読んでタックル。
伏見工選手は倒されたがまだボールは死んでおらず、後方から味方がバックアップに走りこんできた。
笛が鳴った。
「よし!」
平尾誠二の好判断が生んだチャンスだった。
2分前は同じような状況からパントキックを蹴り、この攻撃ではパスで味方を走らせた。
しかしこのとき左大腿が激しく痛んだ。
(痛い!
でも表情に出したらアカン。
なんでもない、なんでもない)
自分に言い聞かせた。
「その頃には僕がここにボールを出したいと思ったところには必ず平尾がいた。
阿吽の呼吸で、たとえみていなくても、僕が動けば平尾はそこにいる。
不思議とどんなに歓声が大きくても平尾の声と山口先生の声だけはハッキリと聞こえた」
そういっていた高崎利明は平尾誠二の呼吸音で異変に気づいた。
そして味方に目で合図を送った。
(わかってる)
味方も目で応じた。
大工大高のラインアウトは真っ直ぐ投げ入れられず「ノットストレート」の反則になり、伏見工ボールのスクラムになった。
「押せ!」
「キープ!」
バックスに絶好球を出すためにスクラムを組むフォワードは我慢した。
スクラムが崩れボールが外に出た。
「どけっ」
スクラムからのこぼれ球を拾ったフランカーの西口聡が縦に突進。
2人の大工大高選手からタックルを受けながらも、ボールをコントロールし味方のフォローを待った。
バックスは好位置でラインを形成し攻撃態勢を整えた。
高崎利明にパスが送られた。
左に平尾誠二がいた。
2人の目線が交錯した。
(お前を飛ばすぞ)
高崎利明は、平尾誠二を飛ばし、センター細田元一へとパスを放った。
フォローに走れない平尾誠二を味方が抜かしていった。
「頼む!」
平尾誠二がキックするか、パスするか。
それに注意してた大工大高ディフェンスは狂わされ乱れた。
このままタックルにいくか、下がるのか、一瞬の迷いでディフェンスラインは崩壊した。
「倒せ!」
荒川博司が叫んだ。
大工大高ディフェンスはボールを追った。
しかし最後は直前のプレーで左肩を脱臼した栗林彰がパスを受け、大工大高ディフェンスを迫られながら左タッチライン際を駆け抜け、コーナーフラッグの真下に決勝トライを決め、7対3とした。
「やった」
山口良治は体が硬直し歯がガチガチと鳴った。
その後、少しの間の記憶がなくゴールキックを失敗したのを覚えていない。
ロスタイムは続き、大工大高が左サイドへボールを蹴りこみ試合再開。
残り時間は30秒。
ラックからボールがライン外へ出て、大工大高ボールのラインアウト。
正確なスローイングから右へオープン攻撃でゴールに迫った。
そしてゴール前20mでスクラムとなった。
大工大高は素早くボールを出し、上げたキックはタッチラインを切った。
しかし焦った大工大高ボールのラインアウトは「ノットストレート」
伏見工ボールのスクラムとなり、高崎利明は迷わず平尾誠二にパス。
ボールを受けた平尾誠二は、国体決勝の反省を生かし、痛む脚でほぼ真横に蹴り出しキッチリ試合を終わらせた。
ノーサイドの笛が鳴った。
「もう平尾は走れない状態だった。
最後の飛ばしパスも、平尾は足が痛くて遅れていたから、飛ばすしかなかった。
最後に真横に蹴り出して終わったのも、痛くて蹴れなかったから」
(高崎利明)
意識を取り戻した山口良治の体は再び震え、低いうめき声が出た。
赤いジャージが芝生の上で抱き合い、跳び跳ね、叫んでいた。
「戻れ。
挨拶がすんでない」
平尾誠二の指示でバックススタンドへ走った。
山口良治は報道陣に囲まれた。
「この6年間でこんな嬉しいことはありません。
素晴らしいゲームをやってくれて・・・
信は力なり。
そう思っても不安が押し寄せてきて。
それを吹き飛ばしてくれました」
そういった後、両拳を突き上げた。
「勝ったぞぉ」

スクール☆ウォーズ 不良少年を立ち直らせて高校日本一にたどり着いたストーリー

1981年の伏見工の優勝劇は、1984年に「スクール☆ウォーズ」としてドラマ化された。
だが、その裏で山口良治は常に悩みを抱えながら闘っていた。
1979~1983年まで5年連続で全国大会に出場し、1983年は3位となった。
しかしその後は1987年にベスト8になったのを最後に、4年間、全国大会に出ることができなかった。
そして1991年4月、山口良治が倒れた。
突然、目の前が真っ暗になり、気がつくとベッドの上だった。
診断は脳膿瘍。
死ぬ恐れもある手術を受けて、100日間、朦朧とする意識で闘病生活が続いた。
山口良治は、隙をみては病院を抜け出し、伏見工のグラウンドにいった。
そこは何物にも代えがたい場所だった。
病床では山本清吾の時代から15年間続く生徒との日記を書いた。
「初優勝の時に記者に囲まれて『信は力なり』といった。
やるのは生徒。
監督が代わって、パスも、キックもしてやれん。
どんだけ悪いことをしている生徒でもみんな赤ちゃんのときはいい顔をして生まれてくる。
周りにいる大人がその生徒のために尽くせなかったらどうしようもない」
1991年の夏、現場に復帰。
部員と正面から向き合ったが、熱血指導を理不尽とみなし生徒がついてこなかった。
1992年、思い詰めた主将の坪井一剛は体育教官室を訪れた。
「3年生全員で辞めます」
山口良治は、授業中だったが3年生全員を呼び出した。
「ホンマに辞めるんか?」
1人1人の目を真剣にみた。
すると全員が返答した
「続けます」
その冬、伏見工ラグビー部は、5年ぶりの全国大会行きの切符を手に入れた。
1993年1月7日、伏見工は、決勝戦で啓光学園(大阪)と対戦。
病床の山口良治と交換日記を続けた坪井一剛らは躍動した。
8対10でリードされた伏見工は、後半13分、ウイングの安達信貴が逆転トライ。
そして15対10でノーサイドを迎えた。
平尾誠二らが初優勝した日から12年、2度目の優勝だった。
1998年、高崎利明が監督となった。
「僕たちはよく「山口先生と山の天気」なんていっていたんです。
当時はいろんなことがあって機嫌がコロコロ変わるからね。
でもね、間違いなく先生はただ単に生徒を殴りつけていた暴力教師ではなかった。
僕たちに注いでくれた愛情をね。
その本気度を僕たち生徒は感じていた」
2000年、山口良治は総監督として2005年の全国優勝を見届けた。
30人以上のOBが教職に就いていた。
「僕たちが中学生のころから山口先生の教えを受けた先輩が教員としてやって来た。
後輩たちもどんどん教育現場に戻ってきている。
山口先生というダムが水を流し、それをたくさんのOBが川となってその教えをまたつないでいく。
いつの日か先生が亡くなっても築き上げられた人の流れは途絶えることはありません」
(坪井一剛)
2013年、IRB(インターナショナルラグビーボード、国際的な競技の統括団体、現:ワールド・ラグビー)がラグビーを通じて社会貢献した人に贈る「ラグビースピリット賞」を山口良治は日本人で初めて受賞。
授賞理由に
「多くの生徒の人生をより良いものへ変え、当初弱小で荒れていたチームを数年のうちに全国優勝に導いた」
とあった。
不良少年を立ち直らせて高校日本一にたどり着いたストーリーはIRBの機関紙にも掲載され、日本でのラグビーの教育効果が注目された。

もっとやらせたかった。

2016年4月、伏見工は洛陽工と統合され、京都工学院(京都市立京都工学院高等学校)となった。
1、2年生は新校籍だが、3年生は伏見工籍のため、ラグビー部は「伏見工・京都工学院」の名で活動した。
この3年生が引退した時点で、チーム名から「伏見工」の名前が消えることになった。
そして2017年11月12日、最後の3年生が京都大会決勝戦を迎えた。
相手は春の選抜と夏の7人制大会で全国準優勝の京都成章。
山口良治もスタンドから観戦していた。
大方の予想を覆し前半は伏見工が7対0でリード。
しかし後半は地力に勝る相手にひっくり返され、7対22でロスタイムを迎え、伏見工は残りワンプレーで意地のトライを返した。
試合は14対22で負けたが、最後に4度の全国制覇を誇る伏見工の不屈の魂を最後に見せた。
同年10月20日、胆管細胞癌で平尾誠二が53歳で亡くなった。
山口良治は、病気になったことは知っていたが病名は知らされていなかった。
その前年に行われたラグビーW杯イングランド大会で開催地で再会する約束をしていた。
「日本―スコットランド戦の翌日にロンドンにおいしいレストランがあるから食事しましょうということで。
楽しみにしていたら『すみません、ちょっと病気になって入院しないといけなくなって』と連絡があった。
そのときは彼が死ぬなんて思ってなかったから『大事にしろよ』と。
まさか、あんな病気とは」
亡くなった朝、伏見工OBで、同志社大や神戸製鋼でも活躍した細川隆弘から電話がかかってきた。
「細川に『元気にしてるか』って聞いたら、『平尾さんが亡くなられたんですよ』って。
信じられなかった。
親が子を亡くして嘆き悲しむのを見聞きするけど、そんな気持ちだった。
教え子はたくさんいるけど、あれほど関わった子はいなかったから」
約4ヵ月後、神戸市で「感謝の集い」が開かれた。
「0対112で負けてから1年後に花園高を破ったこと。
そして平尾があの決勝に勝って日本一になってくれた。
逆立ちをしても平尾がいなければ優勝することはなかった」
「あんな子と一緒にラグビーがしたくて無理を承知で自宅まで訪ねて行った。
そうして私の夢を選んでくれた。
いろんな経験を伝えてやろうとしたが、たった1つだけ心残りがある。
親よりも先に逝ったらアカン!
そんな大事なことを教えてやることができなかった。
どれだけ悔やんでも、悔やみきれない」
と言葉を詰まらせた。
「平尾のスペースを突く力は、本当に卓越していた。
それを突き詰めようとしたから、進化したラグビーを創造できたんだと思う。
でも(指導者としての)平尾のラグビーは、まだ進行形だった。
もっとやらせたかった。
彼に代わるリーダーが出てくるといいなと思う。
目先のことじゃなくて、未来を考えて創造するリーダーが」

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