手塚治虫
手塚治虫。偉大な人物です。偉大すぎると言ってもいいほどの人物です。日本の漫画を確立した、そう、正真正銘のマンガの神様です。
「ジャングル大帝」「鉄腕アトム」「リボンの騎士」「火の鳥」「どろろ」「ブラック・ジャック」「三つ目がとおる」などなど代表作を挙げればきりがありません。
手塚治虫
もう、向かうところ敵なし、晩年の「アドルフに告ぐ」「陽だまりの樹」や絶筆となった「ネオ・ファウスト」も高い評価を受け、ヒットしました。デビューから亡くなるまで傑作といわれる作品を造り続けた手塚治虫。まさしく向かうところ敵なし。
しかし、そんな手塚治虫にもスランプといわれる時代があったのです。
きりひと讃歌(1970年 - 1971年)
手塚治虫のスランプ。それは手塚治自ら「冬の時代」と語った1968年から1973年のことです。この時期、白土三平をはじめとする劇画作品の台頭、永井豪の「ハレンチ学園」のヒットによるハレンチ・ブームの到来などが襲いかかってきて手塚治虫の作風が古いものと見なされてきたのです。
劇画にお色気。つまり、成人漫画が誕生したのです。
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今まで手塚治虫が求め、作り続けてきたモノとは全く違う世界。手塚治虫は悩みノイローゼに陥り、精神鑑定も受けたそうです。しかし、手塚治虫はこの新しい流れに立ち向かいます。成人漫画に挑戦します。そのひとつ「きりひと讃歌」ですが、もう、この時期の作品は問題作ばかり。当時はいろいろと言われていたようですが、腐っても鯛。スランプでも手塚治虫。面白くない筈がありません。
きりひと讃歌
【あらすじ】 徐々に体が犬のように変形し、死にいたるという奇病・「モンモウ病」。この病気の治療に情熱を注ぐ医師・小山内は調査中に罹患してしまう!犬のような外見に変わってしまった小山内の受難の物語。
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犬のような顔になる気病に侵された医師の物語。う~ん、重い。外見による差別、人間の尊厳といったテーマが重すぎる。スランプ期の手塚作品は重いテーマを持った物が多いのですが、レイプとかも出てきますしね。落ち込み、悩んでいたからこそ出来上がった作品ともいえるのではないでしょうか?
きりひと讃歌
舞台のモデルは大阪大学医学部だそうです。ここは、手塚治虫の母校であると同時に山崎豊子の小説「白い巨塔」のモデルでもあります。そうなんです。「きりひと讃歌」では、「白い巨塔」のように、医学界における権力闘争も描かれているんです。
後の作品で大ヒットする「ブラック・ジャック」とはえらい違いですね。タブーに挑戦した意欲作と言えるわけですが、当時は狼男をテーマにして大ヒットした「バンパイヤ」の二番煎じと酷評されたといいますから、世間は厳しかです。
アポロの歌(1970年)
さて、劇画に関しては「きりひと讃歌」で対抗した。その前には「空気の底」シリーズというのもありました。では、エロチック関係はどうなんだ?!と言われれば、勿論そちらもしっかりモノにしています。
1970年に連載された「アポロの歌」は、その代表でしょう。
アポロの歌
母親が「パパ」の一人と肉体関係を結んでいるのを見てしまったことで、「愛」を憎むようになった主人公。もう既に重いですよね。1970年ですからね。しかも少年誌です。漫画に下着姿の女の子が出てきただけで大騒ぎしていた少年にとっては、このテーマは重い。重すぎて、何のことやら分からんほどです。
人間や動物が愛し合い、あるいは交尾するのを見ると憎み、殺すようになる主人公。
精神病院で治療を受けていると、夢の中で女神像に「愛を呪った罰を受けなければならない」と告げられ、「女性を愛するが、結ばれる前に自分か相手が死んでしまう」ことを繰り返すという過酷な運命を背負わされてしますのです。
アポロの歌
物語はここから1章が始まり、5章まで5つの物語で綴られます。
アポロの歌
どんなに愛し合っても結ばれない運命。ツライ。というか、重い。しかし、よくよく考えてみれば主人公はかわいそうなものですよ。
5つの物語は全て夢です。夢から覚めると主人公の前に女神がいました。いましたが、女神は主人公を許さず、再び愛の試練を与え、それは永久に繰り返されることになるのでした。
「アポロの歌」は性愛をテーマにした物語ですからねぇ。当時としては当然の対応だったのでしょうが、神奈川県で有害図書に指定されました。
やけっぱちのマリア(1970年)
時代背景もあると思うんですよ。1970年といえば学園紛争の時代ですからね。手塚治虫自身も語っていますが、それらを反映して「アポロの歌」は暗い作品となっています。神奈川県で有害図書に指定されるほどお色気シーン満載なのに、それでも暗く重い。その点、同じお色気系で同じ年に発表された「やけっぱちのマリア」はちょっと違います。なんせ、学園恋愛ドタバタナンセンスコメディですから。
ただ、週刊少年チャンピオンは、「やけっぱちのマリア」を掲載したことで福岡県の児童福祉審議会から有害図書の指定を受けました。
やけっぱちのマリア
ダッチワイフがヒロインというのは、おそらく日本漫画史上初。そうとう問題あったでしょうね。しかし、「やけっぱちのマリア」のプロットは現代でも十分通用するものです。
なんと言っても学園ラブコメ、ヒロインが異形の美少女、ライバルヒロインがツンデレのスケバン、ギャグ満載の性表現、そして最後に現れる美少女との三角関係。2012年にラジオドラマになったのも頷けます。
やけっぱちのマリア
1960年代末から1970年代にかけて、手塚治虫にとっての「冬の時代」は日本の漫画界の過渡期でもあったのです。それまで追い求めてきた自分の漫画観が否定されるというつらい時期。「やけっぱちのマリア」は、そんな憤りと疑問から、タイトル通り「やけっぱち」な気分で描いた作品だったのだそうです。
エロチックでありながらも、それを風刺するようにもなっています。そして、唐突とも思えるラストは、主人公の、ほろ苦く、どこか懐かしい青春っといった切ない余韻を残します。
虫プロダクション
明るくハチャメチャな「やけっぱちのマリア」でしたが、基本的にこの時期の手塚作品はやはり重い。そして暗いのです。
この時期の他の代表作といえば、「人間昆虫記」が挙げられます。
人間昆虫記
う~、「人間昆虫記」かぁ。。。タイトルからして只事ではないですよね。ハッピーな感じが1ミリもない。まぁ、それはそれとして、更にこの時期の代表的作品が「サロメの唇」です。
サロメの唇
サロメの唇|マンガ|手塚治虫 TEZUKA OSAMU OFFICIAL
「性器で話す異人の遊女」って。エロチック通り越してませんか?!
ところで、手塚治虫はアニメが作りたくて、その資金稼ぎの為に漫画家になったと語っているほど、アニメ愛が強いヒトなんです。1961年にアニメーション専門プロダクションである株式会社虫プロダクションと、その子会社の虫プロ商事をたちあげ、「鉄腕アトム」や「ジャングル大帝」など手塚作品を主にアニメ化しているのですが、代表的な作品となると。1969年から制作が開始された「アニメラマ三部作」でしょう。
第一作「千夜一夜物語」、第二作「クレオパトラ」、第三作「哀しみのベラドンナ」からなるアニメラマ三部作です。
「冬の時代」にふさわしく(?)、1973年に虫プロ商事と虫プロダクションが相次いで倒産してしまい、当時45歳の手塚治虫は巨額の負債を背負うことになります。会社は倒産、作品はヒットしないと、もう、散々ですね。
しかし、「冬の時代」はここまで。同年11月から週刊少年チャンピオンにて大傑作「ブラック・ジャック」の連載が開始され、永いトンネルを抜け出ることになります!
見事に復活した手塚治虫は、その後も「三つ目がとおる」、「七色いんこ」、「ドン・ドラキュラ」などなどヒット作を連発し、最後の栄光に満ちた15年間を突っ走るのでした。