音楽シーンに欠かせない馬飼野兄弟が携わった楽曲を特集
馬飼野兄弟とは兄である馬飼野俊一(まかいのしゅんいち)さんと、弟である馬飼野康二(まかいのこうじ)さんのことです。
お二人とも日本の音楽シーン欠かせない存在であり、作曲や編曲で多くの名曲に携わってきました。
兄弟揃って膨大な数の楽曲に携わっていますので、全曲を振り返ることは難しいですが、そんな中でも誰もが知っている曲を5曲ずつ振り返ってみたいと思います。
兄 馬飼野俊一が携わった楽曲
馬飼野俊一さんは主に編曲で多くの作品に携わっていますが、作曲でも名曲を残しています。
そんな馬飼野俊一さんの作品を5曲振り返ってみます。
作曲:てんとう虫のサンバ
この曲は1973年7月にリリースされた夫婦デュオで知られるチェリッシュの名曲であり、誰もが一度は耳にしたことがある楽曲ですよね!
まさかこの曲が馬飼野俊一さんの作曲とは知りませんでした。
当時無名だった作詞家志望のさいとう大三さんが詩を持ち込み、その曲に馬飼野俊一さんが曲を付けました。当初はシングルカットの予定は無かったのですが、ラジオで流したところリクエストが殺到し、満場一致でシングル化されたそうです。
編曲:ひなげしの花
1972年11月にリリースされたこの曲は、アグネス・チャンの大ヒット曲でしたね。
馬飼野俊一さんはこの曲の編曲で携わっており、作詞は山上路夫さん、作曲は森田公一さんでした。
皆さんも一度は聴いたことのあると思われる「ひなげしの花」ですが、この曲にアンサーソングがあったのをご存じですか?
2010年11月に発売されたアグネス・チャンの52枚目のシングル「あの丘で」という曲なのですが、一度聴いてみる価値があると思います。
ちなみに、「あの丘で」の作詞はカシアス島田名義の島田紳助さんが担当しています。尚、「あの丘で」では馬飼野俊一さんは携わっておりません。
編曲:戦争を知らない子供たち
「戦争を知らない子供たち」は1971年2月にジローズのシングルとしてリリースされました。
ただ、この曲は1970年8月に大阪万博でのコンサートで初めて歌われ、その模様がライブアルバム「戦争を知らない子供たち」として先に発売されています。また1970年11月には、「全日本アマチュア・フォーク・シンガーズ」名義でシングルカットされました。この時、作詞は北山修さん、作曲は杉田二郎さんであり、編曲者はいませんでした。馬飼野俊一さんが携わったのはあくまでもジローズのシングルであり、世間的にも認知されているのは馬飼野俊一さんが編曲した「戦争を知らない子供たち」です。
編曲:北酒場
この曲は1983年3月にリリースされた細川たかしさんの18枚目のシングルです。
第24回日本レコード大賞・大賞、第11回 FNS歌謡祭・最優秀視聴者賞、第15回全日本有線放送大賞・大賞、第15回 日本有線大賞・大賞などを総なめにした大ヒット曲であり、演歌というよりは軽快な歌謡曲・J-POP風の楽曲に仕上がっていました。
作詞はなかにし礼さん、作曲は中村泰士さん、そして編曲が馬飼野俊一さんでした。
編曲前の曲がどの様な曲調だったのかは判りませんが、各賞を総なめにしたこの曲を編曲しているのですから、馬飼野俊一さんが如何に優れた編曲者であるかが判りますね。
編曲:笑って許して
1970年3月にリリースされたこの曲は、和田アキ子さんの4枚目のシングルであり、代表曲でもありますね。
そんな当時の大ヒット曲を手掛けた人達は、作詞:阿久悠さん、作曲:羽根田武邦さん、編曲:馬飼野俊一さんでした。
そして、馬飼野俊一さんはこの曲で第12回日本レコード大賞編曲賞を受賞しています。
振り返ってみると馬飼野俊一さんはこの曲で花開いた様にも思えます。そんな記念すべき曲だったのだろうと思いました。
今でも和田アキ子さんの代表曲ですから、息の長い名曲を残したんだなぁと思いました。
弟 馬飼野康二が携わった楽曲
兄の馬飼野俊一さんと比べると、圧倒的に作曲数が多いのが特徴的である弟の馬飼野康二さん。
今回挙げる5曲は、皆さんも必ず一度は耳にしている曲です。
まさに名曲を残している馬飼野俊一さん。今回はそんな中でも最も有名と思われる曲を振り返ってみたいと思います。
作曲:傷だらけのローラ
この曲は1974年8月にリリースされた西城秀樹さんの10枚目のシングルです。
第16回日本レコード大賞・歌唱賞、第5回日本歌謡大賞・放送音楽賞を受賞したこの曲は、西城秀樹さんにとって代表曲になりました。
そんな名曲を作曲・編曲したのが馬飼野康二さんでした。
繊細なイントロからダイナミックに走り出すこの曲は、歌唱した西城秀樹さんも勿論お見事なのですが、作詞・作曲・編曲が素晴らしかったと言ってよいと思います。
ソウル五輪の前夜祭でも歌われ、世界中に放送された名曲でした。
作曲:男と女のラブゲーム
この曲が最初にレコード化されたのは、1986年12月にリリースされた日野美歌さんと葵司朗さんのデュエット版でした。
もともとは1986年に武田薬品の「タケダ胃腸薬21」のCMで、武田鉄矢さんと芦川よしみさんの2人の歌唱でしたが、それはCD化されませんでした。
「飲みすぎたのは、あなたのせいよ」というフレーズが話題を呼び大ヒットし、カラオケで一種の社会現象を巻き起こした曲でしたね。
作詞は魚住勉さん、そして編曲が馬飼野康二さんでした。
流れる様なスムーズな曲の仕上がりはお見事でしたね。
作曲:愛のメモリー
この曲を作曲したって凄くないですか?!
まさかこの曲が馬飼野康二さんとは思いませんでした・・・
1976年にビクターレコードのディレクターがスペインのマジョルカで開催される「マジョルカ音楽祭」を知り、その音楽祭に参加する為の楽曲製作に取り組むことになります。フランク・シナトラの「マイ・ウェイ」を念頭においた、ラブ・バラードを目標としたこの曲は、壮大なスケールで製作されたといいます。
歌唱力が抜群だった松崎しげるさん、作詞で著名なたかたかしさん、そして力量十分の馬飼野康二さんが作曲を担うこととなり、「愛の微笑み」という前身の曲が出来上がりました。音楽祭では十分な結果を出せたのですが、日本ではあまりヒットしなかった「愛の微笑み」。しかし、後にアレンジがなされ「愛のメモリー」となって大ヒットとなりました。
尚、作曲した馬飼野康二さんは、ヘンリー・マンシーニの「ひまわり」をイメージしたそうです。
編曲:君だけに
「君だけに」は1987年6月にリリースされた少年隊の6枚目のシングルです。
少年隊はこの曲で第29回日本レコード大賞ベストアーチスト賞・金賞を受賞しました。
作曲に携わったのは、作詞:康珍化さん、作曲:筒美京平さん、編曲:馬飼野康二さんのお三方で、はっきり言って役者が揃ってますよね!これだけの作曲陣が控えているなら、こんな名曲が生まれるのも頷けます。
馬飼野康二さんは多くの曲をジャニーズに提供し、編曲でも携わっていることでも有名ですが、「君だけに」はその中でも代表曲だと思います。
編曲:ダンシング・ヒーロー
1985年にリリースされたこの曲は、荻野目洋子の7枚目のシングルです。最近では登美丘高校ダンス部のバブリーダンスで改めてフューチャーされましたよね。
ご存じの方も多いかと思いますが、原曲はイギリスの歌手アンジー・ゴールドの「Eat You Up」で、邦題は「素敵なハイエナジー・ボーイ」でした。
荻野目洋子さんはこの曲で第12回日本テレビ音楽祭にて日本テレビアイドル賞、第12回あなたが選ぶ全日本歌謡音楽祭にて最優秀アイドル賞、第19回日本有線大賞にて有線音楽賞を受賞し、一躍トップアイドルに登り詰めました。
原曲の音源を確認したのですが、馬飼野康二さんの編曲によりタイトにブラッシュアップされており、上手にアレンジがなされているなぁという印象を受けました。日本国内向けの音源としては、この編曲は完璧だったのではないでしょうか?
素晴らしい楽曲だと思います。
馬飼野兄弟が携わった楽曲を聴き直してみて
馬飼野兄弟が携わった楽曲を聴き直してみていかがだったでしょうか?
どの曲も名曲であり、正直驚きましたよね!
お二人ともまだまだ現役で活動をされているので、これからも日本の音楽シーンをリードしていって頂きたいですね。
特にジャニーズに関しては弟の馬飼野康二さんがこれからも多くの作品に携わっていかれると思いますので、大変楽しみです。
最後までお読み頂き、ありがとうございました。