アタックNo.1
1969年のフジテレビでのアニメ化の他、2005年4月には上戸彩さん主演のテレビドラマ化もされました。
ここでは1969年のテレビアニメ化を企画した資料から「アタックNo.1」の魅力を当時テレビのプロたちがどのように捉えていたのか、紐解いていきたいと思います。

企画書の表紙、B4判の冊子となっております。
社名(起案者名)については黒くつぶされています。
テレビ動画番組「アタックNo.1」企画書

「テレビ動画番組」
という表現が、50年前であることを感じさせてくれます。
魅力のポイント

「アタックNo.1」はなぜ人気No.1なのか?
この企画が出される時点で、すでにマンガが人気を誇っていたことが分かります。
以降、アタックNo.1の魅力を表している表現を抜き取っていきましょう。

「少女マンガなのに男子も愛読している」
「少女版”巨人の星”」
「アタックNo.1」の人気ぶりは、媒図かずお先生の怪奇漫画以来だと書かれています。

「バレーボールを通じてみせる、多感な少女の成長が、ファイトと友情で前進を続ける努力が、スポーツ特有の明るさと華麗なプレーに彩られて、100万少女の胸を燃え上がらせる」
熱いです、美しいです。
そして「100万少女」という表現がとても新鮮です。これは「全国の少女」ということですよね。

短期連載主義の「マーガレット」で異例のロング・ランを誇っているとあります。
この当時、少女マンガといえば悲劇のヒロイン、そしてバレエ、ピアノ、バイオリン、日本舞踊といった芸事が定番だったんです。

「従来の画調を徹底的に利用し、少女マンガのファンの美意識を満足させつつ、スポーツマンガの定着に努めた」
少女マンガカテゴリとしての美しい描画は守りつつも、従来と全く異なるスポ根マンガを根付かせるのに成功したのです。

手塚治虫、横山光輝、ちばてつや、石森章太郎、赤塚不二夫といった当代きっての一流漫画家と女流作家との溝を、「アタックNo.1」の浦野千賀子先生がみごとに埋めました。
そして「悲劇のヒロインの弱々しさをふっきって、明るく行動的なスーパーレディが誕生」したのです。

「女の子にとってもスーパーマンはかっこいい」
↓
「女の子が活躍しても不自然ではない、それがスポーツの世界」
↓
「バレーボールを舞台に、ヒロインをかわいい英雄として造型することに成功」
女性が活躍する、ということへの抵抗感みたいなものが存在していた時代であることを想起させますね。
それくらい「アタックNo.1」は思い切って大胆なマンガだったということが読み取れます。

「鮎原こずえは全少女の憧れ」
「あたしもああなりたい!」
少女にとって強烈なカリスマ的存在だったのです。

「鮎原こずえは敵対するライバルを味方に転化し、熱い友情で固く結ばれ、それがチームワークの原動力となる」
「アタッカー成長物語は一少女の魂の成長物語である」
なんて熱いのでしょう。
後のキン肉マンや北斗の拳、キャプテン翼にドラゴンボールといった少年マンガ、いずれもこの王道的なストーリーを展開しています。
キャラクター紹介

キャラ紹介のキャッチが「清潔で華麗なドラマを彩る人々」です。
あくまでも少女マンガのプロトコルに沿っているということを意味するのでしょう。

鮎原こずえ

早川みどり

早川大介

一ノ瀬努

三田村猛

本郷忠彦先生

中島晴子先生

泉ゆき / 垣ノ内良子 / シェレーニナー
企画の根拠

いよいよ企画の根拠「数字が保証する人気、魅力」です。

下表の集計データによると「小学4年~中学2年では40%以上、なかでも小学6年では68%の圧倒的支持」とあります。
当時の男子がSFやユーモアマンガに飽きて「巨人の星」「ハルスの旋風」を求めたように、少女たちは「薄幸のロマン」から「青春ファイト」マンガを求めるようになったのだと。

個人的な見解としては、このサンプル数で上述のようなトレンドチェンジまで類推出来るのかちょっと分かりません。
ただインターネット登場よりはるか昔、アンケートのサンプルを集めることも一苦労だったことが窺えますし、さりとて50年前もやはりこうしてターゲット層のデータを集めて企画を作成していたことが読み取れます。

「少女版・巨人の星」というフレーズが光ります。
下表を見ると、「巨人の星」「アタックNo.1」が圧倒的なのです。
むしろ、他のマンガの支持率がこんなに低いことに驚くほどです。

やっぱりサンプル数が・・・。
意図的なデータってことはないのでしょうが。
「巨人の星」「アタックNo.1」が強すぎて、すでにテレビ放映されていた藤子不二雄系作品、こんなに低いの??って感じてしまいます。

「アタックNo.1」で唯一支持率が低かった小学2年(9.1%)も、テレビアニメ化されたら「巨人の星」のように支持率が拡大する(52.9%)ことが当然視されています。
9.1%→52.9%を当然視する…なんかちょっとスゴイです。。。

「見るスポーツ」としてバレーボールは圧倒的に人気のあるスポーツだったんですね。
それもそのはず、1964年東京オリンピックで「東洋の魔女」の異名をとった日本女子バレーボールチーム。
ソ連との優勝決定戦では視聴率66.8%(ビデオリサーチ調べ、関東地区)を記録し、スポーツ中継としては歴代最高となっています。

こちらは「やるスポーツ」としてのリサーチ結果。
ソフトボールやバトミントン、卓球がないことも新鮮ですが、このなかでもバレーボールは断トツの人気を誇ります。

「純然たるスポーツへの嗜好として、バレーボールのみが独走している」と結論付けています。
テレビ化にあたっての留意点

ここから、企画書の主旨であるテレビ化についての内容となります。

「テレビと雑誌のちがい」
「次号に続く」でハラハラドキドキを持続できる雑誌と違い、テレビでは一話30分での独立した満足度が要求されるところ。「巨人の星」大ヒットで実績あるスタッフが構成案を持っている、とプレゼンしています。

「男子の興味喚起」
「第1クールでのつかみが大事」
雑誌よりはるかに広範な層に届けられる点、テレビで爆発的人気を得るには初速が肝心である点を強調しています。
ネット時代になっても、この考え方は不変であろうと思います。

「家庭の描き方」
「可愛いアイドル・ボーイ」
原作とは多少設定を変えても、お茶の間文化であるテレビならではの有効策を設ける必要性について。

「ライバル・早川みどりの早期登場」
ライバルとの対立構図を早々に表現する有効性を説き、原作よりも早期の登場を提案しています。

「30分完結ドラマの積み重ね」
この時代におけるテレビドラマをヒットさせるエッセンスが上記提案に盛り込まれているようです。
資料を振り返って
50年前当時、爆発的な人気を誇っていたバレーボールを題材にした、少女マンガ領域で斬新なスポ根マンガで新境地を切り拓き、絶大な人気を誇っていた「アタックNo.1」ですから、アニメ化の企画は容易だったかと思料します。
※むしろ浦野千賀子先生の許諾を得る方が大事だったかもしれません
しかしながらテレビという新しいデバイスの特徴や、マーケティング手法も現代ほど確立されていない時代にあっても
-コンテンツの魅力を定量化した説明
-テレビと雑誌のデバイス特性
これらを明記した企画書からは、目を通して新鮮な驚きを感じました。
そして何より、勢いのある時代だったのだなと感じる資料でした。
50年前の企画書、皆さんの何かしらヒントになる部分があったなら幸いです。