テラ・ローザ
1982年、赤尾和重(ヴォーカル)と、元X-Rayの岡垣正志(キーボード)を中心に結成したヘヴィメタル・バンド。
その後メンバー・チェンジを繰り返し、1992年1月17日、大阪バナナ・ホールでのライブを最後に解散。
メンバー
2016年、足立祐二の提案により、赤尾、岡垣、足立、MASAKI、佐藤潤一(ex.GALNERYUS)の編成で期間限定の再結成。
BARBEE BOYS(バービーボーイズ)
1980年代に活動した日本のロックバンド。ツインボーカル編成の男女5人組で構成される。1992年に解散。
2018年10月25日で公開収録されたNHK BSプレミアムの「The Covers'Fes.2018」で8年ぶりに一夜限りの復活。
メンバー
KONTA(コンタ、本名:近藤敦、1960年7月25日 - 血液型O)
ボーカル、ソプラノサックス担当。作詞・作曲も行う。
杏子(きょうこ、1960年8月10日 - 血液型A)
ボーカル担当。オーディション直前に加入。わずかだが、作詞も担当。
いまみちともたか(1959年10月12日 - 血液型AB)
バンドリーダー。ギター、コーラス担当。愛称は「イマサ」。ほとんどの曲の作詞・作曲を担当。
ENRIQUE(エンリケ、1964年2月3日- 血液型A)
ベース担当。メジャーデビュー直前に加入。わずかだが、作曲も担当している。
解散後は自らボーカルをとるソロ活動やバンド活動、並行して永井真理子、浜崎あゆみのサポートなどを展開。
小沼俊明(こぬま としあき、1962年7月17日- 血液型O)
ドラムス担当。愛称は「コイソ」。 解散後、杏子の所属事務所「オフィスオーガスタ」に入社し、現在は著作権管理部部長を務める。
元メンバー
安部隆雄(あべ たかお)
ベース担当。愛称は「Ohji」[7]。デビューアルバムレコーディング中に脱退。その後はPSY・Sのサポートなどを展開。
ふきのとう
1972年、北海学園大学にて山木康世と細坪基佳と他二名で、マッド・スライド・スリムを結成。その後、山木康世と細坪基佳の二人でふきのとうの前身である、メロディーを結成。その後、NHK札幌放送局のテレビ番組にふきのとうに改名して出演。
1992年、5月8日に北海道厚生年金会館で行われたコンサートツアー『ever last concert』を最後に、18年間続いたグループを解散。
メンバー
山木康世(やまき やすよ) 1950年10月22日(68歳)
細坪基佳(ほそつぼ もとよし) 1952年10月26日(66歳)
グラスバレー
1980年代後半から1990年代初頭にかけて活躍したロックバンド。
1992年5月15日、公式に解散を発表。
7月1日、ベストアルバム『白い旋律』を最後のリリースとして解散。
メンバー
出口雅之 (ボーカル) : グラスバレー解散後は REV 、ソロ(出口雅之)、SUICIDE SPORTS CAR として活動。
上領亘 (ドラム) : 脱退後は、SOFT BALLET、P-MODEL、Ashbury、CROW、L-E-D 他多数のサポートに参加。現在はNeoBalladで活動。
本田恭之 (キーボード) : 現在は本田海月名義。空夜coo:ya、face to ace で活動。
西田信哉 (ギター)
根本一朗 (ベース)
チェッカーズ
1983年3月29日、上京。目黒区のヤマハ音楽振興会の寮で生活をはじめる。9月21日、メンバーたちの音楽的方向性とは異なる「ギザギザハートの子守唄」でデビュー。
1992年10月9日の「ミュージックステーション」内で、正式に解散を発表。12月にラストツアーを行い、12月31日の第43回NHK紅白歌合戦出場を最後に解散。
メンバー
藤井郁弥(現:藤井フミヤ)1962年7月11日 (56歳):リードボーカル
チェッカーズ結成前は、カルコークというバンドでボーカルをしていた。サックス担当の藤井尚之の実兄である。
武内享1962年7月21日 (56歳 ):ギター、リーダー
福岡県立八女工業高等学校卒業。実家はスナックで、よくメンバーが集まって練習していた。
高杢禎彦1962年9月9日 (56歳 ):サイドボーカル保育園の時から藤井郁弥と遊んでいた仲解散後の2003年に発売された書籍「チェッカーズ」が話題に。
大土井裕二1962年11月2日 -(56歳):ベース、サブリーダー
チェッカーズ結成前は、シークレッツというバンドでベースを弾いていた。バンドの加入当時は、自分で組むバンドまでのつなぎという条件でベースを引き受けたらしい。
鶴久政治1964年3月31日 (54歳 ):サイドボーカル(高音パートを担当。他キーボードなども担当)チェッカーズ結成前は、50'sというバンドでボーカルをしていた。
徳永善也1964年6月7日 - 2004年8月17日(40歳没):ドラムス
チェッカーズ加入前からドラマーとしての評判が知れ渡っており、多くのバンドから勧誘されていた。
藤井尚之1964年12月27日 -(54歳):サックス(他ギター、フルートも担当)
藤井郁弥の実弟。元々ベースを担当していたが、大土井の加入により、サックスに転向。
BABY'S(ベイビーズ)
1990年4月25日、シングル「EVERYBODY」でデビュー。
バンドという形態をとっていたが、2人がシンセサイザー(キーボード)で、1人がタンバリンという編成。3人組女性アイドルグループ。オスカープロモーションに所属。
「LOVE ADVENTURE 街で生まれ、町で育った。今、コンセプトは“超少女”」などの強力なプロモーションでデビューしたが、1992年に解散。
メンバー
小原光代1976年11月10日(42歳)解散後はモデル業に戻り活動。
豊田樹里1975年2月7日(43歳)桃組 出席番号No.2387。アイドルグループEGG5で活動。後に松田樹利亜(まつだ じゅりあ)に改名。2014年にテイチクエンタテイメントとアズミックスが立ち上げた新レーベルVR(ブイアール)へ移籍し、ハミングバードレコード時代に発表したシングルのセルフカバー2曲を含んだアルバム「REVIVE」を発表する。
星野朋美、1975年7月12日(43歳)後に星野美果(ほしの みか)に改名。
アンジー
1980年に山口県長門市で結成。1982年に、福岡県福岡市に活動拠点を移し、本格的に活動開始。
1992年に活動停止(事実上の解散)。1999年から2002年にかけて、一時的に再結成。アルバムを発売し、数回再結成ライブを行った。
メンバー
第一期(結成 - 1983年)
水戸華之介(Vo. / 1962年6月7日 - )
中谷のブースカ(B. / 1963年4月20日 - )
植中ぼんじ (G. / 1963年 - ) - 1983年に脱退
藤井がちゃ彦(Dr. / 1963年10月11日 - )
第二期(1983年 - 1986年)
三戸(水戸改め)華之介 (Vo.)
中谷のブースカ (B.)
嶋尾ジョージ(G. / 1963年 - 2000年6月9日) - 1986年3月に脱退
藤井がちゃ彦 (Dr.)
第三期(1986年 - 解散)
三戸華之介 (Vo.)
中谷ブースカ (G.)
岡本様ひこ(B. / 1963年9月9日 - ) - 後に「岡本有史」と改名
藤井がちゃ彦 (Dr.)
BAKU(バク)
原宿におけるホコ天での活動を中心として人気を集め、3年という活動期間の中で当時のバンドブーム全盛期の主要バンドとなった。
1992年夏に「バクは夢を食べ続けなければならない」とのメッセージを残し解散。
メンバー
車谷浩司 (ギター)
解散後はSpiral Life、AIRを経て、Laika Came Backとして活動。
谷口宗一 (ボーカル)
解散後、ソロ活動を開始、また写真家としても活動。
加藤英幸 (ドラムス)
解散後、アメリカに音楽留学。帰国後はバンド、ユニット、サポートドラマーとして活動。
旧メンバー
阿部浩之 (ベース)1990年1月26日、交通事故で急死(享年18)