「ぶ~け」というタイトルも装丁もこだわった少女マンガ誌
「ぶ~け」は、1978年創刊の少女マンガ雑誌です。
出版社は集英社。
当時は「マーガレット」「少女フレンド」「少女コミック」の三大雑誌、
ちょっと下の世代向けの「りぼん」「なかよし」
そこに後発で勢いのある白泉社「花とゆめ」「LaLa」が出てきたころです。

「ぶ~け」創刊号 1978年9月
くだん書房
何がこだわってるって、まずタイトル。
「ブーケ」でもなく「ぶーけ」でもなく「ぶ~け」。
当時の集英社の「マーガレット」と「りぼん」
この二つを束ねて「ぶ~け」ということらしいです。
なので、「マーガレット」に執筆していたマンガ家と
「りぼん」に執筆していたマンガ家が、どちらもこの雑誌には描いていました。

「ぶ~け」1989年6月号
318a1989/06:月刊ぶーけ/高田タミ/松苗あけみ/吉... - ヤフオク!
しかも厚い! 分厚い!
この画像だと版の大きさが分かりにくいのですが、サイズはA5です。
んでこの厚さ。だいたい700ページ以上あったはず。
「コロコロコミック」とほぼ似たようなものだと思し召し下さい。
そして表紙だけでなく、裏表紙にも絵があるのが、「ぶ~け」だったんです。
ここにもアートに対するこだわりが見えますね。
「再録」が目玉の月刊誌
「ぶ~け」は、もちろん「マーガレット」「りぼん」の作家の
描き下ろしを掲載する雑誌ではあるのですが
それまでこの2誌に掲載・連載されていて、まだコミックスにはなっていない作品とか
コミックスにするほどではないけどまとまって読んでみたい作品とかを
まとめて再録する特集を目玉としていました。

「ぶ~け」1979年12月号
くだん書房:目録:マンガ:雑誌:集英社:ぶ〜け
でもこの特集は、本誌で行う頻度はどんどん少なくなって
1980年以降は「ぶ~けデラックス」とか「ぶ~けセレクション」とかの
増刊号での特集に移行していきました。
本誌で活躍するマンガ家が、とてもいい勢いで育って
印象的な作品をたくさん掲載するようになってきたからでしょう。
「ぶ~け」といえば思い浮かぶマンガ家たち
「ぶ~け」がなんで「意識高い女子」向けと思えるのかと言えば
掲載されている作品に、いくつか共通点があるんです。
●とにかく絵がきれい、線がきれい、アーティスティックである
●従来の少女マンガのセオリーからはずれ、ストーリー性が高い
●ジャンルにこだわりがない
逆に言えば、少女マンガに恋愛や波乱万丈なドラマ性を求める層には
向かないマンガ雑誌でもあったわけです。
内田善美 ラファエル前派を愛した細密描写

『星の時計のLiddell』内田善美 集英社
星の時計のLiddell 1~最新巻 [マーケットプレイス コミックセット] | 内田 善美 |本 | 通販 | Amazon
内田善美 - Wikipedia
当時から、細かく描きこまれた細密な人物や背景、
哲学的で幻想的なネームなど、
とにかく良質な幻想文学の挿絵がそのままマンガになったような作品に
びっくりした人が多かったはず。
「ぶ~け」の表紙もかなりの数描いていますが、美しさは一目瞭然でした。

「ぶ~け」1979年4月号
くだん書房:目録:マンガ:雑誌:集英社:ぶ〜け

『星の時計のLiddell』より 内田善美 集英社
20110501183617f5a.jpg (540×418) | 制作 | Pinterest
ですが、1984年の『草迷宮-めらんこりかるShopping-』を最後に、断筆してしまいます。
『星の時計のLiddell』で、描きたいことはすべて描いてしまったとのこと。
その後、『消えたマンガ家』で大泉実成が、内田善美の消息をたずねますが
本人から出版社を通じて「そっとしておいてほしい」と返答があったそうで
当時出版され今は絶版(品切れ)になっている著作についても
再版はされていません。
なので、当時出版されたコミックスやハードカバー本は、
今は品薄どころかものすごいプレミアがついていたりします。
吉野朔美 無垢さと精神世界と

『少年は荒野をめざす』1~2巻 吉野朔美 集英社ぶ~けコミックス
少年は荒野をめざす 全6巻/吉野朔実
かちっとした絵柄と線、無垢がゆえにエキセントリックな登場人物
そういった精神世界的な内容で、難解な作品が多いのですが
中二病的なテイストを好む向きからは絶大な支持を得ていました。
歌人の穂村弘や精神科医の春日武彦と交流があって
穂村弘の歌指南本には吉野朔美の歌が何首か載っています。
後年は本の雑誌社の「本の雑誌」に
『吉野朔美劇場』と銘打った隔月連載を持っていました。
とにかく読んでいる本、観ている映画の本数とカテゴリのマイナーさがすごかったです。
吉野朔美さんは2016年4月20日、ご病気のため逝去されました。
享年57歳でした。
松苗あけみ 美麗な絵柄とノリの良さ

『純情クレイジーフルーツ』1~7巻 松苗あけみ 集英社ぶ~けコミックス
純情クレイジーフルーツ 続編 1~最新巻(ぶーけコミックス) [マーケットプレイス コミックセット] | 松苗 あけみ |本 | 通販 | Amazon
「ぶ~け」といえば『純クレ』(純情クレイジーフルーツ)という人も多いでしょう。
女子高の個性豊かな4人組の日常のあれこれを描いた群像劇。
これはさすがに、舞台が女子高だけに、話は恋愛が中心ですが
恋愛に関してはあっさりからりなトーンで
ドタバタしながらも意外に乙女な彼女たち(年食ってる校長教頭も含めて)を
華やかで美しいペンタッチで描いていきます。

『純情クレイジーフルーツ』連載第1回扉絵 「ぶ~け」1982年7月号
くだん書房:目録:マンガ:雑誌:集英社:ぶ〜け
松苗あけみは『純クレ』のあとも
『山田さんと佐藤さん』『HUSH!』『緋野家の兄弟 花賀家の姉妹』
『ロマンスの王国』『女たちの都』など
連載を多数持って、「ぶ~け」執筆陣の中心的存在になります。
現在も現役で活躍されているマンガ家さんです。
衝撃的だった『船を建てる』
「ぶ~け」の歴史の後半でデビューし
読者に衝撃を与えた作品をご紹介しておきますね。

『船を建てる』上下巻 鈴木志保
船を建てる 上 | 鈴木志保 | コミック | Kindleストア | Amazon
作者は鈴木志保。
人間は出てきません。主人公はアシカ。
アシカの世界に日本も、アメリカもあります。
たった16ページに淡々とつづられるつぶやきのような語りのようなネームと
アートのような、でもこれしかない、という絶対的な線の描写。
マンガ版村上春樹のようだと称した人もいます。
コマ割りは大胆で、カットもそれまでのものとは違う。
なにより意味をつかみきれない不条理さが漂うその雰囲気。
吉本ばななが絶賛している記事を読んだことがあります。
私は衝撃を受けましたが
「よくわからない」という声もありました。
こういう作品を載せていくのは、やっぱり「ぶ~け」なんだな、と思ったものです。
鈴木志保はその後、
人形劇『バケルノ小学校 ヒュードロ組』(NHK)のキャラクターデザインをしたりなど
マンガだけでなく、広い世界での活動をしています。
少女マンガにおける「アート」を牽引した「ぶ~け」

「ぶ~け」1996年1月号 新創刊
くだん書房:目録:マンガ:雑誌:集英社:ぶ〜け
「ぶ~け」は1996年
装丁をA5判からB5判に変えただけでなく
比較的一般的な少女マンガ誌の路線寄りになり、
結果、他の雑誌の中に埋もれて行った気がします。
2000年、「Cookie」誌の創刊と入れ替わるように、廃刊となりました。
少女マンガの「アート性」を牽引してきた「ぶ~け」でしたが
アートなテイストのマンガがだんだんに周知されてきたころ
静かにその役目を終えたかのようでした。