はじめに
シブサワ氏がこういった野心をもっていたというのは、やや意外に思える。
そもそもシブサワコウという存在自体が謎めいた存在だった。
誰だかわからないのに、光栄のゲームのスタッフロールには必ずと言って良いほど最初に登場する人物。それがシブサワ・コウであった。
昔に比べると、今はだいぶシブサワコウについての情報が明かされている方であろう。
コーエーテクモホールディングス社長という肩書で、2017年にはついに以下のような本も登場した。

シブサワ・コウ「0から1を創造する力」
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今回はこの資料を中心に、シブサワ・コウがつくりあげた名シリーズ作品と、いくつかの逸話をご紹介しようと思う。
たった1台のパソコンが野望を支えた

信長の野望
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《光栄》の創業は1978年のことである。と言ってもこの時点ではゲームメーカーとしてゲームを売るどころか、ゲームをつくってすらもいなかった。
光栄は染料工業薬品の販売業だったのである。
当然、《三國志》も《信長の野望》も《川中島の合戦》も無かった。
そんなある日のこと、かねてよりパソコンを欲しがっていた氏に家族はパソコンをプレゼントしてくれた。
今の時代ならば、どのソフトもパソコンに搭載することは難しくないだろう。
だがシブサワ氏がパソコンを入手したのは1980年。
ようやく家庭や個人のもとにパソコンがやってきていた時代である。
シブサワ氏はプログラミングの勉強と実践を重ねながら、昼は業務用のソフト作りに精をだし、夜は夜でべつの《遊び》に精をだしていたという。
彼が言うところの《遊び》が、すなわち《ゲーム開発》のことであった。
こうしてつくられたのが上杉謙信と武田信玄を題材にしている《川中島の合戦》であった。そしてその後、1983年には第1作となる《信長の野望》も世に出てくることになる。
言わばこの1台のパソコンは、シブサワ氏のゲーム好き、歴史好き、信長好きと、その野望というパズルを支えた大切なピースだったわけである。
なぜ信長だったのか?
織田信長の戦術、戦略、そして何より経営の技に関しては他の大名を圧倒していると思わせる部分が多い。
もちろん信長には残虐な行為や冷酷さを感じさせる逸話もあるが、シブサワ氏はその部分は好きではないと語っている。
歴史上の人物のとらえ方は大きくふたつある。《肯定》と《否定》である。
これはいわゆる歴史あるあるで、「後世の歴史家の評価は分かれる」「人によって好みが分かれる」といったあたりの表現は銀河英雄伝説ファンでなくても聞いたことがあるだろう。
織田信長は、そういう二面性の強い人物であった。
だが二面性と残虐性が強い人物ということは、裏を返すと功績も大きいという部分がある。
三國志における曹操もそういった類の人物のひとりだろう。
もうひとつややこしい問題がある。
歴史上の人物は、一定以上年代が経っていると《創作》されていることが多いのである。
あるいは頭の良さを、あるいは残虐性を、あるいは優しさを、苛烈さを、その人物の何かしらの要素を強めるために、後世の人物たちは良かれ悪かれ彼らを《脚色》するのである。
これら《二面性》《脚色性》の迷路にはまりこむ人は多い。
だがシブサワ氏は、この迷路を脱して「好きなところが好き。だが全てが好きなわけではない」という落ち着いた視点に立つことができたようである。
熱狂するわけでもなく、冷めすぎるわけでもない。
絶妙な好意と情熱と理性が発揮されたからこそ《織田信長》という像から『信長の野望』がつくりだせたのかもしれない。
原点にして頂点? 信長の野望(初代) - Middle Edge(ミドルエッジ)
いつの間にか消えた「歴史三部作」の謎

チンギスハーン・蒼き狼と白き牡鹿IV
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《歴史三部作》のうち、《信長の野望》と《三國志》はシリーズ10作をゆうに超える人気シリーズとなっており、現在も人気は維持されている。
一方で《蒼き狼と白き牡鹿》は4作品まではつくられてものの、5作品目がつくられることはなかった。なぜか。
その理由は意外にも「キャラクターのイメージ」にあると本書では語られている。
日本や中国など主に国内で覇を唱えていた信長、三國志の登場人物達とは異なり、チンギス・カンは国外にも覇を唱えていった人物である。
すると何が起こるか。海外の人々がチンギス・カンに対し、《多くの国を征服した侵略者》というイメージをもってしまっているのである。するとゲームの代名詞であるチンギス・カンに好意的になれないという問題が発生してしまう。
これが原因で《蒼き狼と白き牡鹿》は海外での売上が伸びなかったらしい。
海外でも順調に売れた《三國志》と《蒼き狼と白き牡鹿》のその後を分けたのがキャラクターイメージであることは少し意外と言えば意外である。

三國志
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荒れに荒れたファミコンソフト『信長の野望 全国版』

信長の野望 全国版
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開発段階からして逸話が存在している。
これである。
後にゲーム業界は《メモリー拡張パック》《ディスク交換システム》《1のデータを2に引き継げる(コンバータ)》などのシステムを実装していくが、いずれも1990年代、ゲーム機黄金期と呼べる時代のことであろう。
さらに流通の点でも一悶着あった。
当時、ゲームソフトを流通させたいと思った場合はソフトメーカーが全国の会社をまわって営業をするのが一般的であったが、資金、時間、営業員にまだ余裕の無かった光栄は逆に各位を1箇所に集めるという方法をとったのである。
さらに取引内容も手形ではなく半金前払いという現金払いを条件にしたということも当時は型破りな方法であったらしい。
様々な《型破り》ポイントがあったファミコンソフトとしての『信長の野望 全国版』だが、最終的な売上としては50万本を記録した。
1981年の『川中島の合戦』が1万本の売上だったのに対し、1988年にはその50倍である数値を叩き出したのであった。
「人類の半分は女性だ!」 これも光栄ならではの発想『アンジェリーク』
そんなご時世でありながら、シブサワ氏の奥さんは強く主張していた。
そこで生まれたのが『アンジェリーク』。
開発には女性を主力としたゲーム開発チームを組み臨んでいる。
たしかに、漫画というジャンルにおいては昔から少年漫画がある一方で少女漫画がその世界を形成していた。
インベーダーゲームやアクションゲームが流行しているなか、「大人でもじっくりと遊べるゲームをつくりたい」というのが『川中島の合戦』が生まれた理由だった。
そう考えると「男性向けゲームがこれだけ存在しているなら女性向けゲームが存在していても良い」と考えるのは、当然と言えば当然のことのように思える。
だが、時代は少なくともそうは言っていなかった。
この発想をすることができた人物と、その発想を採用することができた人物、そしてそれらを実際にモノにできる開発チームがなければ『アンジェリーク』は生まれなかったのだろう。

アンジェリーク
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