「こけちゃいました」谷口浩美・’92年バルセロナ五輪映像&当時を振り返る本人コメント

「こけちゃいました」谷口浩美・’92年バルセロナ五輪映像&当時を振り返る本人コメント

誰のせいにもしなかった谷口。彼の優しい人柄のにじみでた「こけちゃいました」は、当時、全国民を感動の渦に巻き込んだ。


谷口浩美 プロフィール

谷口 浩美(たにぐち ひろみ)

「途中で、こけちゃいました」の名言を残したバルセロナ五輪

1992年バルセロナ五輪・20キロ過ぎの給水所で転倒した谷口浩美

報道陣に苦笑いで「こけちゃいました」とコメントする谷口浩美

こけたことは残念だったが、精一杯走りきったことは視聴者にも伝わった。
少しも悪びれず、誰のせいにもしなかった谷口の名言「こけちゃいました」。
彼の優しい人柄のにじみでた言葉は日本中を感動させ、この年の日本フェアプレー賞にも輝いた。

51歳になった谷口浩美自身がバルセロナ五輪当時を振り返って

谷口「とっさに出た言葉だったし、名言と言われても…。突然マイクを向けられて、とにかくメダルを逃した理由を説明しなくちゃと思って。勝てずに申し訳ないと思っていましたから。まあ、言い訳ですよ。」

─転倒シーンは、テレビはもちろん競技場内のモニターにも映し出されていた。通常ならテレビが、詳細な転倒シーンを映すことは珍しい。しかし、谷口は前年の東京世界選手権優勝で金メダル候補。国際映像が専用カメラで追っていた。観客も、テレビ視聴者も、転倒を知って応援していた。しかし、本人だけは周知であることを知らなかった。

谷口「“よく頑張った”と思うのは転倒を知っているから。知らなければ“何をやってるんだ”と思われるでしょ。だから、転んだことを言い訳にした。笑顔に見えたのは、レース直後だからじゃないかなあ。走り終わった時は、いつもあんな顔をしてますから。」

─転倒のシーンは衝撃的だった。谷口がボトルに右手を伸ばした瞬間、左後方から来たモロッコ選手と交錯した。左足かかとを踏まれてバランスを崩すと、巻き添えを恐れた後続選手に5メートルも突き飛ばされた。

谷口「飛ばされながらも冷静でしたね。靴の場所を確認しながら、ケガをしない転び方を考えた。そのままはだしで走ろうかとも思ったけれど、路面が熱いのと石畳があることで、履き直した。棄権は、まったく頭になかったですね。」

─給水所のテーブルの下にあった靴を「ひらい(拾い)に行って」履き直すと、レースに戻った。タイムロスは30秒以上、先頭集団ははるか前だった。そこから、驚異的な追い上げを見せる。次々と前をいく選手を抜き去って8位でゴールした。

谷口「しばらく走った下り坂で見たら、前には15人いた。まず6人抜いて10位に入ろうと思って、直後に入賞が8位までだと気づいて目標を変えた。自分の考えていたレースプランは崩れたけれど、少しでも上をという気持ちでした。」

─給水所がポイントになることは、予想していた。前年の東京世界選手権は給水が勝敗を分けた。各国の選手は同じ猛暑のバルセロナで、給水を争うはず。参加人数が多い五輪だから、給水所付近が危険になる。位置取りにも気を使ったが、アクシデントは起きた。それでも谷口は恨み言を口にしたり、悔しがったりしなかった。「こけちゃいました」に続けたのは「これも運ですね」だった。

谷口「2時間以上のマラソンですから、いろいろなことが起きます。何が起きても、常に前を見て対応しないと。振り返ったら終わりです。1度止まると、次にアクセルを踏んでも加速しない。エンジンは回し続けないとダメなんです。」

─靴を履きながらも、上半身は動かしていた。再スタートを切る準備をしていたのだ。常に前だけ、先だけを見るから、恨み言や後悔がない。もし足を踏まれなければ、転倒しなければ、靴が脱げなければ…。しかし、谷口はそういう考えをきっぱりと否定した。

谷口「不運や失敗の連続だからこそ、マラソンはおもしろい。それを次に生かして強くなるんです。「こけちゃいました」は、結果的に谷口浩美の名前を有名にしてくれた。マラソンも注目された。だから、よかったですよ。ただ、銀メダルの森下には悪いことをしたと思います。本当は、彼がヒーローなんですから。」

─51歳になった谷口は、最後まで明るく、さわやかに20年前を振り返った。

【2012年2月9日付日刊スポーツより】

バルセロナ五輪に出場するまでの谷口浩美【略歴】

【高校時代】──────
小林高校では1976年から全国高等学校駅伝競走大会(全国高校駅伝)に3年連続出場し、1977年-1978年に2連覇。


【大学時代】──────
日体大進学後には箱根駅伝(57回〜59回)で2年次より3年連続で6区を走り、いずれも区間賞を獲得した。
特に3-4年次には当時の区間記録を2年連続で更新して「山下りのスペシャリスト」と呼ばれ、1983年第59回大会での日体大総合優勝9回目の原動力として活躍した。

【社会人】──────
小林高(宮崎)、日体大で、駅伝選手として活躍してきた谷口は、大学卒業後に旭化成へ入社。

ハードな練習に苦しんだものの、初めてマラソンに挑んだ1985年の別府大分毎日マラソンで優勝、さらに1987年の東京国際マラソン優勝、ロンドンマラソン優勝を達成し、トップ選手の仲間入りを果たした。

しかし、代表入りを確実視されていた1988年のソウル五輪は、選考レースで敗れ代表切符を逃した。

その後、1988年10月の北京国際マラソンでは優勝したアベベ・メコネンに僅か5秒及ばなかったが、マラソン自己ベスト記録となる2時間7分40秒の世界歴代7位(当時)で準優勝を果たし、1989年には東京国際マラソン優勝、北海道マラソン優勝、1990年にもロッテルダムマラソンで優勝など好成績を残した。

1991年9月に開催された世界陸上東京大会男子マラソンでは気温30度を超すコンディションの中、当時の日本人エース・中山竹通(ダイエー)や外国勢が途中棄権をしていくなかで先頭集団に食らい付き、最後は他選手を振り切って優勝を遂げた。

日本陸上界に初めて世界選手権の金メダルをもたらしたのは、この谷口浩美 。
現在まで、世界陸上選手権で優勝した日本人男子選手は谷口浩美と室伏広治だけである。

世界陸上、日本初の金メダリスト!

バルセロナオリンピック以降のフルマラソン出場レースでは優勝を果たせなかったものの、これまでの実績が評価されて1996年のアトランタオリンピックに五輪二大会連続出場を果たした。しかし同五輪の男子マラソンは日本人トップではあったが、入賞争いには絡めず19位に終わった。

出たレースは「必ず勝つ」姿勢で臨み、マラソン7度優勝の安定感を誇った谷口浩美。アトランタオリンピックの19位が、最初で最後の大崩れだった。

言い訳をしないことや、首を傾ける走り方が好感を呼んだ谷口浩美は、誰からも愛されたランナーとして記憶に残り続けるだろう。

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