20代前半は記録が伸びず、ハンバーガーショップの店員・倉庫番・競争犬の世話などのアルバイトで生計を立てるという苦しい選手生活を送っていたグリーン。
アトランタオリンピックでのドノバン・ベイリーの世界新記録での優勝を目の当たりにし、コーチを変えるなどし、トレーニングを積んでいった。
無名のまま出場した1997年アテネ世界選手権では大本命と目された前回のチャンピオン、ドノバン・ベイリーを序盤からリードし、9秒86の大会タイ記録で優勝。大きな注目を浴びた。
そして、1999年6月16日に行われたアテネ国際グランプリ100mにおいて、当時の世界記録9秒84を、一気に100分の5秒も短縮する9秒79という驚異的な世界新記録を樹立し、人類で初めて100mを公式に9秒7台で走った男となり、20世紀における史上最速の男となった。
本来のレースパターンは先行逃げ切り型だが、後半さらに加速し、9秒79の世界新記録で駆け抜けたモーリス・グリーン
《トリビア》
100mでは9秒台を51回記録しており(その他にローリングスタート、風速計故障、それぞれ1回ずつ9秒台で走っている)、アサファ・パウエルに次ぐ史上2位の記録である。
《日本人》伊東浩司(1998年)【10秒00】
1970年1月29日生まれ。兵庫県神戸市出身。
身長:180cm。
《自己ベスト》
100m:10秒00 (1998年)
200m:20秒16 (1998年)
400m:46秒11 (1996年)
伊東浩司
1998年12月、バンコクアジア大会の男子100m、準決勝で当時のアジア記録ともなる日本新記録の10秒00を出した。
この際、速報タイムでは9秒99で、ついにアジア人・非ネグロイド初の9秒台かと思われたが、準決勝だったため最後は少し流しており、期待された記録は達成できなかった。
非アフリカ系選手で当時の最高記録となる10秒00をマークしたのは、1984年のポーランドのマリアン・ヴォロニンに続き2人目であった。その年の年末、紅白歌合戦にゲスト出演するまでに知名度が上がり「アジアの風」と呼ばれた。
9秒99でゴールしたかと思われたが、幻に終わった・・・
《トリビア》
以上、90年代の100m走の記録をまとめた!
20世紀最強だったアメリカ陸上界の復権はまたあるのだろうか。
リンフォード・クリスティやベン・ジョンソンは元々ジャマイカ出身。昔から才能の宝庫だったであろうジャマイカ。
これからどんなルーツを持ったスプリンターが、どの国から出てくるか、期待を持って注目したい。
オススメの特集記事
永遠の憧れはカール・ルイス!1995年、日本人で初めて100m9秒台を体感した男「伊藤喜剛」!! - Middle Edge(ミドルエッジ)
幻の金メダリスト『ベン・ジョンソン』ドーピング事件の陰謀説と引退後の活動について - Middle Edge(ミドルエッジ)
カール君・コカール君・ジョンソン君など『ビートたけしのスポーツ大将』の名物人形を振り返る! - Middle Edge(ミドルエッジ)