黄昏の文学 村上龍の初期作品たち(「限りなく透明に近いブルー」「海の向こうで戦争が始まる」「コインロッカー・ベイビーズ」)

黄昏の文学 村上龍の初期作品たち(「限りなく透明に近いブルー」「海の向こうで戦争が始まる」「コインロッカー・ベイビーズ」)

 昭和半ばから平成にかけて、文化と文学の黄昏とも呼べる時代があった。同じ時代を指して黄金期であったという声もある。あの時代には誰がいたのか。何が書かれていたのか。今回はご存知の方も多いだろう、村上龍の初期作品を取りあげる。テレビでは冷静な姿を見せる彼の、暴力的とも言える表現とテーマをおぼえておられるだろうか。


「限りなく透明に近いブルー」 1976年

 村上龍の処女作である。
 村上龍と言えば「限りなく透明に近いブルー」、「限りなく透明に近いブルー」と言えば村上龍とすぐに結びつく人も多いのではないだろうか。

限りなく透明に近いブルー

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 1976年、群像新人文学賞受賞によって雑誌『群像』に掲載。そのまま第75回芥川賞受賞。かなりの問題作であり、どのくらい問題かと言うと当時芥川賞選考員であった永井龍男が選考員を辞めると言いだすほどである。

文化勲章、瑞宝章にも達している小説家、永井龍男

永井龍男 - Wikipedia

 個人的には好きなタイトルである。が、原題は「クリトリスにバターを」。あまりにもあまりなので改題されたという逸話がある。

 デビュー作なので村上作品の代名詞にもなっているのだが、かなり尖っていて人を選ぶので読む際は注意した方が良いかもしれない。専門家でもこれは読めないと露骨に嫌悪している人が少なくない。
 逆に言えばそれだけのパワーを持つ作品でありまた圧倒的な表現力を持っているので好きな人ならはまると思われる。詩を読む人ならどこか納得する部分があるかもしれない。
 薬物あり、同性性交渉あり、暴力あり。その衝撃ゆえだと思うが当時は村上龍が同性性交渉をしている風刺的イラストが描かれるほどであった。

 映画もある。

映画 限りなく透明に近いブルー

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 衝撃的ではあるのだが文章と映像ではだいぶ印象が異なる。映像のほうが好きだという人もいるが興行としては大コケしており賛否両論といったところ。
 監督は村上龍自身である。彼は武蔵野美術大学の人間で文芸以外の経験も豊かだったが、だからこそスタッフたちとの間で摩擦が発生していたらしく、あの現場は居心地が悪かったという声もあったようだ。
 村上龍はその後も映画制作には関わっていくのだが、当時と今では制作事情や映画技術がだいぶ違う。おそらくそのあたりが足を引っ張ってしまっているところがあるのがたいへん残念に思える。

「海の向こうで戦争が始まる」 1977年

 こちらも70年代の作品。海岸で男と女が話す。海の向こう側には町がある。少年たちがゴミ山をあさり野良犬を殴りとばし、祭りでは鯨が血しぶきと脂をとびちらして群衆はそれを浴びて喜び狂っている。服屋の母親は病院で寝ている。

海の向こうで戦争が始まる

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 まだまだとがっている作品である。「限りなく透明に近いブルー」と比較するとかなりマイルドになっているのだがブルーは比較対象としておそらく不適切なのでうかつに人に勧めると株価を下げることになりかねない。
 村上龍の作家性に注目するとちょっとした驚きがある。「限りなく透明に近いブルー」は極端なまでに閉鎖的、内向的で自分の周囲100m以外で起こることには興味が無いのではないかという感じを受ける。仲間意識は高いが排他的にも思える。
 それに対して「海の向こうで戦争が始まる」はタイトルからして海の向こう――自分にとっては遠いところ――を示している。

 この時代を経験した人なら特に珍しくもないが、村上龍は学生運動を視ている。その影響があるのだろうが社会情勢、国際関係、経済といったものが出てくる作品を後になって発表している。「愛と幻想のファシズム」とか「希望の国のエクソダス」とかである。

個人的にはけっこう好きな作品。

希望の国のエクソダス

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 むしろカミュ「異邦人」に近い印象を受けた。
 我々にはいま生きている場所がある。電車に乗って職場に向かうし、家に帰ればそれとはまったく別の役割がある。趣味の場所では会社の肩書が関係あったりなかったりする。どんな立場であろうと主義主張を持っていようと昼時の駅前では食事を取る人が多いし、駅を使うからには改札を通ってあの機械をピッと鳴らす。

 そういう瞬間に「なんだこれ?」というような違和感をおぼえる人がいたらこの作品を読んでいておもしろいかもしれない。
 そういう思いが無い人は「異邦人」を読むとヒントを得られるのだろうか。太陽がまぶしかったから人を殺した――という逸話が有名だが、そういう、日常のなかにひそむほんのちょっとしたきっかけ次第で人間はどんな行動を取りうる。
 犯罪というものは常に訪れては去っていく通りもののようなもので、犯罪者とそうでない人の違いはソレに出会ったかどうかである――というのは京極夏彦「魍魎の匣」に登場してきた言い回しだと思う。

原書が登場したのは1942年のこと。日本で訳されたのは1951年、1965年あたりが有名なので古典と言うほど昔の本でもない。

アルベール・カミュ「異邦人」

1995年の作品。

京極夏彦「魍魎の匣」

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「コインロッカー・ベイビーズ」 1980年

 1980年代に入る。「コインロッカー・ベイビーズ」は野間文芸新人賞受賞作品。
 同名のバンドがあり、そこから山中さわおが抜けて上田ケンジと組んでできたのが、the pillowsである。
 the pillowsと村上龍に関係があるかと言われればちょっと微妙なところであろう。しかし前身のバンド、コインロッカー・ベイビーズの名前の由来はちゃんと村上龍「コインロッカー・ベイビーズ」である。

the pillowsの21作目のアルバム。2017年現在も絶賛活動中。

NOOK IN THE BRAIN

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 コインロッカーに幼児をいれる、という発想は村上龍オリジナルではなくそういう事件が実際に多発している。
 かなり厳しい事件である。幼児の致死率が高いだけではなく、犯罪心理的にも厄介な問題を孕んでいる。

 そのあたりも村上龍が好みそうなテーマであるが、実際の「コインロッカー・ベイビーズ」の焦点はそこではない。
 作品の主人公的位置にいるキクとハシはコインロッカーで《生まれた》のである。
 コインロッカーがどうというよりかは、自分の出自に思うところがある人間というものは、いかに生きていくのか、いかに生きていけるのか――というあたりが作品の鍵であるように思える。

 これは「限りなく透明に近いブルー」の《僕》や「海の向こうで戦争が始まる」のゴミ山の少年たちにも言えるのだが、彼らは素朴だが実は純粋で強固な人間関係を構築している。
 「コインロッカー・ベイビーズ」もそのあたりのことが多く書かれているが、そもそもの文章量が多いので重視すべきポイントとそれぞれの人物、エピソードの役割をつかむのはたいへんかもしれない。新装版の文庫では600ページ弱ある。

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