2005年 テレビ東京 主演:北大路欣也
花神
『花神』(かしん) は、司馬遼太郎の長編歴史小説。日本近代兵制の創始者・大村益次郎(村田蔵六)の生涯を描く。1969年(昭和44年)10月1日から1971年(昭和46年)11月6日まで『朝日新聞』夕刊に、633回にわたって連載された。
周防国吉敷郡(現在は、山口県山口市に編入)の百姓に生まれた村田蔵六(後年大村益次郎と改名)は、郷里を発ち、大坂適塾に緒方洪庵らを師として研鑽を積み、抜群の成績を上げ塾頭にもなった。
医師として故郷防長に戻った蔵六だが、人と交わるのが不向きなため田舎では変人扱いされていた。
黒船来航・開国開港など時代が大きく変化し始め、諸大名が最先端の科学研究とその実用化に向け本格的に動き始め、ずば抜けて洋書を解読し著述ができる蔵六は、シーボルトの弟子二宮敬作の進言で、四国宇和島藩の軍艦建造に招かれ、それを機に洋学普及のため、江戸で私塾「鳩居堂」を開き、幕府の研究教育機関(蕃書調所のち開成所)でも出講するようになる。
出世をしても自らを売り込むことに興味のない蔵六だが、維新倒幕へ向け藩内改革を目論む長州藩志士桂小五郎は、江戸で出会った蔵六をさまざまな経緯を経て藩士として招き、軍政改革の重要ポストに就けた。
その出自に対し藩内でも差別や抵抗を受けつつ、また尊皇攘夷など狂奔な活動を起こし続ける長州藩に侮蔑の念を隠さない多くの蘭学者・洋学者(福沢諭吉)たちの白い目を承知しつつ、蔵六は時代に花を咲かせる花神(花咲か爺さん)としての役割を担っていく。
長州征伐における勝利を収め間もない高杉晋作の没後に、奇兵隊を倒幕に向け再編成し、大政奉還後に発足した官軍における事実上の総参謀を務め、戊辰戦争の勝利に貢献し明治維新確立の功労者となった。さらに維新政府の兵部大輔として軍制近代化の確立を進めてゆく。
一方で(本人は意に介さなかったが)、旧来の思考でしか判断のできない者(海江田信義・大楽源太郎など)からの偏見・嫉妬・批判はさらに深まり、遂に京の宿泊先で遭難した。死の床にあってもやがて来たる最後の大乱「西南戦争」を予感し、新製の大砲を用意しろという遺言を残し、最後まで技術者・実務家を通し生涯を終える。
1977年
1977年 NHK大河ドラマ 主演:中村梅之助
周防の村医者から倒幕司令官に、明治新政府では兵部大輔にまで登りつめた日本近代軍制の創始者・大村益次郎を中心に、松下村塾の吉田松陰や奇兵隊の高杉晋作といった、維新回天の原動力となった若者たちを豪快に描いた青春群像劇。
司馬遼太郎の小説『花神』(主人公:大村益次郎)、『世に棲む日日』(主人公:吉田松陰と高杉晋作)、『十一番目の志士』(主人公:高杉晋作と天堂晋助)、『峠』(主人公:河井継之助)、『酔って候』の「伊達の黒船」(主人公:伊達宗城と前原巧山)の五作品を、脚本家の大野靖子がドラマ化した。(前記以外にも『燃えよ剣』等の司馬作品からの引用も散見される)
「火吹きダルマ」と称された風貌で、技術者的な無骨さを最後まで崩さない大村益次郎を前進座の歌舞伎役者・中村梅之助が演じ、もう一人の主人公とも言うべき高杉晋作を、時代劇初出演の中村雅俊が演じた。
梅之助の演技に、原作者の司馬は「梅之助さんは見事に演じきってくれた。演芸史に残る演技だ」「滅多におかしがることのない蔵六も『梅之助氏の演じた蔵六こそ私です』と顔をゆがめるだろう」などと賛辞を送った。
風神の門
『風神の門』(ふうじんのもん)は、司馬遼太郎の長編時代小説。1961年(昭和36年)から1962年4月まで『東京タイムズ』に連載された。単行本は1962年に新潮社から刊行され、現行は新潮文庫(新版全2巻)で多数重版され、春陽文庫全1巻と『司馬遼太郎全集.2』(文藝春秋)にも収められている。
戦国時代の忍者・霧隠才蔵こと服部才蔵が主人公となっている。真田十勇士を題材にした作品であるが、猿飛佐助と霧隠才蔵以外の十勇士は殆ど描写されていない。また、作品に登場する忍術は一貫して合理性を持たせて描写されており、忍術ものとしては荒唐無稽な描写が少ない作風となっている。
1980年
1980年 NHK水曜時代劇 主演:三浦浩一
関ヶ原
『関ヶ原』(せきがはら)は、司馬遼太郎の歴史小説。関ヶ原の戦いを描いた作品で、『国盗り物語』『新史太閤記』と並ぶ司馬の「戦国三部作」であり、『覇王の家』『城塞』と並ぶ「家康三部作」の一つでもある。
1964年(昭和39年)7月から1966年(昭和41年)8月にかけ「週刊サンケイ」で連載され、同年に新潮社で、初版単行本・上中下巻が出版された。1974年には新潮文庫版全3巻が刊行された。双方とも多数重刷し、何度か新装改版されている。なお『司馬遼太郎全集』(文藝春秋)では、14巻・15巻(『豊臣家の人々』と併収)に収められている。
太閤豊臣秀吉の逝去に端を発した五大老筆頭・徳川家康と、五奉行の一人で秀吉の信頼が厚かった石田三成との抗争は、やがて全国各地へ飛び火し、各国の諸大名を東西軍に分け、天下分け目の合戦の地・関ヶ原へと駆り立てていく。
物語は徳川家康とその謀臣・本多正信、石田三成とその重臣・島左近の4人の人間模様と謀略戦を中心に描かれるが、その対立構図だけでなく、上杉・毛利・島津・鍋島・真田・長宗我部といった各地の有力大名の内情も述べてゆくことで、マクロな視点で関ヶ原の戦いへ至る情勢を描いている。
1981年
1981年 TBS開局30周年記念番組 主演:森繁久彌
石田三成と徳川家康を主人公に、豊臣秀吉の死から天下分け目の関ヶ原の合戦に至るまでの過程を壮大なスケールで描く。
このドラマの最大の特徴は、それまで「徳川家康に無謀な戦いを挑んだ愚か者」もしくは「太閤亡き後の実権を握ろうとした奸臣」として描かれがちだった石田三成を、司馬の原作に即した「豊臣家への忠義に熱い正義の人」として主人公に据えた点にある。
このドラマの放映前にもNHK大河ドラマ『黄金の日日』などのように三成を悪役として描かないドラマはあったが、それらは全て三成が脇役として描かれるのみであり、本格的に三成を主人公に据えて描いたのはこのドラマがはじめてである。
ただし、一方的に美化するのではなく、融通のきかない性格から敵を増やし破滅していく過程を客観的に描く視点は、原作に忠実である。逆に、徳川家康に関しては司馬の原作と異なり、原作のように「陰謀家の狸オヤジ」という描き方はせず、関ヶ原の戦いの後に豊臣家の忠臣としての三成に敬意を表して涙するといった、懐の大きい人物として描いている。
翔ぶが如く
『翔ぶが如く』(とぶがごとく)は、司馬遼太郎の長編歴史小説。現行判は、文春文庫全10巻と『司馬遼太郎全集 35・36・37・38巻』(文藝春秋)。
題名は司馬と交友があった宮城谷昌光によれば、詩経小雅・鴻雁の什にある「斯干」という漢詩の「鳥のこれ革(と)ぶが如く、キジのこれ飛ぶが如く」から取ったものであるという。「斯干」は兄弟が仲良く新しい宮室を建てるという詩であり、明治という国家を作り上げた西郷隆盛と大久保利通を兄弟のようだと捉えているのだという。
上記の引用の通り、本来「翔ぶ」と書いて「とぶ」という読み方はせず、字義または飛翔の語句から「翔」の字を当て字として使用したとされる。近年子供への命名に「翔」の字を使用し「と」と読ませるケースが見られるが、この小説により広まった可能性がある。
1972年(昭和47年)1月から1976年(昭和51年)9月にかけ、「毎日新聞」朝刊に連載された。
薩摩藩士として明治維新の立役者となった西郷隆盛と大久保利通。この二人の友情と対立を軸に征韓論・ 明治6年政変などを経て、各地で起こった不平士族の反乱、やがて西南戦争へと向ってゆく経緯と戦争の進行を、著者独特の鳥瞰的手法で描いた。
「坂の上の雲」と並び、司馬作品中で最も長い長編小説で、登場人物も西郷・大久保以外に極めて多岐にわたる。中でも薩摩郷士の代表として大警視となった川路利良と、幕末期は西郷の用心棒として、維新後は近衛陸軍少将として薩摩城下士のリーダー的存在となった桐野利秋の二人が重要な位置を占めている。
1990年
1990年 NHK大河ドラマ 主演:西田敏行
原作は70年代に執筆された征韓論争から西南戦争までを描いた長編作品。そのため原作では、西郷・大久保の若年時代は描かれておらず、第二部「明治編」のみが原作に該当する。
第一部「幕末編」は原作の挿話と、同じく幕末維新期を描いた司馬遼太郎の『竜馬がゆく』『花神』などの長編小説や『最後の将軍』『きつね馬』『酔って候』などの短編小説をもとに書かれた、脚本家・小山内美江子のオリジナルストーリーである。また、原作では川路利良も中心人物の一人だが、ドラマではあまり踏み込んだ描かれ方はされていない。
原作では西郷・大久保をはじめ多くの薩摩人は無口な人物として描かれ、沈黙に耐えられる薩摩人の器量を他藩出身者と比較して描写しているが、脚本を担当した小山内美江子は「無口だとドラマにならない」と泣く泣くセリフを継ぎ足したという。原作者の司馬もその点に関しては寛容であり、対談で小山内の苦労をねぎらった。
第一部、第二部を通じてナレーションは全て鹿児島弁である(第一部のナレーションを担当した草野大悟は鹿児島出身)。無論出演者の台詞も大抵鹿児島弁なので、分かりにくい言葉には字幕がついた。もっとも、劇中のナレーションやセリフに使われている鹿児島弁は、標準語に影響されやや洗練されたもの(「唐芋標準語」。特にナレーションはイントネーションのみ)であり、実際の鹿児島弁はより難解で複雑なものである。
西郷を演じた西田敏行は当時有名だった肖像画でよく見られる西郷に近づこうと、メイクや表情など撮影時の努力だけでなく、実際にクランクイン前から体重を増やして撮影に挑んだ逸話がある。身長については6尺を優に超えていた西郷に対しカメラアングルを工夫することで大柄な印象を操作した。また、鹿賀丈史の演じる大久保もかなり実像に近い演技であると、大久保の子孫から賞賛されている。
1990年のNHK大河ドラマ「翔ぶが如く」!原作は司馬遼太郎、主演は西田敏行、鹿賀丈史でした!! - Middle Edge(ミドルエッジ)
徳川慶喜
『最後の将軍-徳川慶喜』(さいごのしょうぐん とくがわよしのぶ)は、司馬遼太郎の長編時代小説。『別冊文藝春秋』96号~98号(1966年6月、9月、12月)に連載。
翌67年に文藝春秋で初版単行本が刊行された。現在は文春文庫版(改版1997年)で重版している。
江戸幕府最後の将軍である徳川慶喜を、その生い立ちから没するまで描いた。1998年にNHK大河ドラマ『徳川慶喜』の原作となった。
作者は、徳川慶喜を才知に富んだ人物ではあるが、感情的に不可解な人物として描いている。慶喜自身、生母が有栖川宮家から嫁いだ上に、幼い頃から水戸史観に大きな影響を受けたため、後世の逆賊の汚名を避けるために薩長に対し絶対恭順をしたと説明されている。
1998年
1998年 NHK大河ドラマ 主演:本木雅弘
原作は司馬遼太郎が、1960年代に執筆した中編小説『最後の将軍 徳川慶喜』(文春文庫ほか)。司馬の原作が短いので、本作では他に、渋沢栄一らが編んだ基礎史料たる『徳川慶喜公伝』(平凡社東洋文庫全4巻)を参考に、随所で原作以上に用いた。
大河ドラマで、幕末を題材にしたのは、同じ司馬遼太郎原作、1990年の『翔ぶが如く』以来の8年ぶりであった。主演・本木雅弘は、1991年の『太平記』以来で、二度目の大河ドラマ出演で主役抜擢された。
脚本は『武田信玄』(1988年)や『信長』(1992年)などを手がけた田向正健。
江戸幕府最後の征夷大将軍・徳川慶喜が主人公で、主に幕府側の視点から幕末の政治劇を描く。ナレーションを担当したのは大原麗子で、大原演じる新門辰五郎の妻れん(架空人物)が当時を回顧する体で物語を進めていた。
江戸っ子のれんが江戸弁で砕けたナレーションを行なうという設定のため、慶喜を「ケイキさん」と呼んだり「これは後から判ったことなんだけど」「ここだけの話なんだけど」「わっちら下々の者は知らなかったんだけど」といったフレーズがよく用いられた。
菅原文太・若尾文子・杉良太郎らベテラン勢の他、石田ひかり・深津絵里ら若手女優を起用して人気確保に努め、また架空人物のエピソードや多面的表現を盛り込むなどしたが、幕末の対立構造の複雑さや、主人公の慶喜の動きの乏しさ、そして数多く登場する架空人物の存在意義の低さなどから、視聴率は伸び悩んだ。
一方で、主演の本木は、常にポーカーフェイスで通しクールで聡明、策謀にも長けた慶喜を表現し、その演技に好評価を得た。また慶喜の家臣で、幕末の動乱に巻き込まれていくなど準主役格の活躍を見せる村田新三郎(架空の人物)を、当時はまだ無名に近かった藤木直人が演じている。
蒼天の夢〜松陰と晋作・新世紀への挑戦〜
『世に棲む日日』(よにすむひび)は、司馬遼太郎の長編歴史小説。1969年2月から1970年12月まで「週刊朝日」に連載された。初版は1971年に文藝春秋から全3巻で刊行された。現行版は文春文庫全4冊(改版2003年)で重版している。同社の『全集 27』もある。
幕末初期の長州藩士の思想家吉田松陰と、門下生で奇兵隊を結成し、馬関戦争や長州征伐において活躍した倒幕の志士高杉晋作を描く。前編の吉田松陰編と後編の高杉晋作編に分かれる。
司馬は『世に棲む日日』を中心とした作品業績により、1972年に第6回吉川英治文学賞を受賞している。
1977年放映のNHK大河ドラマ『花神』の原作の一部になった。
2000年
2000年 NHK正月時代劇 主演:中村橋之助
菜の花の沖
『菜の花の沖』(なのはなのおき)は、司馬遼太郎の長編小説。1979年4月から1982年1月まで『産経新聞』に連載。1982年5月~11月に文藝春秋全6巻で刊行。現在は文春文庫全6巻(改版2000年)と、『司馬遼太郎全集 42・43・44』(文藝春秋)に収録。
江戸時代の廻船商人である高田屋嘉兵衛を主人公とした歴史小説。
司馬作品は、歴史小説の体裁をとりつつも、作者独自の歴史観による解説を折り込んだ構成を特徴としており、後期作品である本作は、近世社会の社会経済や和船の設計・航海術をはじめ随所で思弁的に史論を述べつつ、後半で主人公が当事者となるゴローニン事件へ至る背景事情(日露関係史への知見)と共に、物語が進行する構成となっている。
2000年
2000年 NHKドラマ 主演:竹中直人