90年代の若者男子はみんな観てました!イジリー岡田
今のように各部屋にテレビが無いような時代だった90年代、親の目を盗んでこっそり夜中、テレビ東京を観ていた人も少なくないのではないでしょうか。そう!伝説のエロ番組「ギルガメッシュナイト」を観るためです。ギルガメから生まれた?スター・イジリー岡田の当時の活躍をプレイバックしていきましょう。

芸人デビュー当初はエロ芸とは真逆の路線だった

今や、そして90年代もイジリー岡田と言えば、高速ベロなどのエロ芸ですが、実は芸風とは真逆の真面目人間として知られています。高校生の頃から憧れていたのは、大将こと萩本欽一。好きが講じて、欽ちゃんの仮装大賞にも出演、その後、欽ちゃんの弟子とも言える関根勤、小堺一機のお笑いライブのスタッフとしても働き、芸を磨いていました。
欽ちゃんがドンで関根、小堺も所属する浅井企画は、今も「キャイーン」「ずん」などエロ芸の対極にあるような事務所。それだけに本来イジリーが目指していた道が分かりますね。
モノマネ芸人として頭角を現す
フジテレビ系『発表!日本ものまね大賞』での敢闘賞獲得をしたことをきっかけにホリプロに所属。プロの芸人としての人生をスタートされる。当時の名前はイジリー岡田ではなく、本名である岡田昇。
その後も、各局のモノマネ番組に出演を果たし、徐々にモノマネ芸人として頭角を現し始める。同時に、ホリプロ第1号お笑いコンビとして、事務所がコンビとしての活動(キッドカット)もさせるが、相方が相次ぐ寝坊癖でコンビはあっという間に解散となり、ピン芸人として歩み始めていく。
本人は嫌だった!?イジリー岡田に改名
今も行っていますが、アイドルをトークでいじる対談コーナーを雑誌で持っており、その企画にペンネームが必要と言うことから、素人などいじりが上手いという理由で上司が「イジリー岡田」と命名。当初は、その企画内だけのペンネームだったが、好評と言うことで芸名そのものになる。
ただ、本人としては、卑猥な芸名と言うことで相当嫌だったらしい。多くの人がイジリーはエロい意味かと思っていますが、客いじりが上手いという意味だった!
伝説のエロ番組「ギルガメッシュナイト」に出演!ブレーク!!

「イジリー岡田」に改名して数週間後、その芸名が功を奏して、テレビ東京で始まる「ギルガメッシュナイト」にレギュラー出演を果たす。深夜番組ながら、放送コードギリギリのエロ企画ばかりで、一気に若者を中心に話題番組に。イジリーも一気に知名度を上げ、(特に若者男子のなかでは)ブレイクを果たす。
しかし、イジリー本人は、「下ネタとか、裸になって笑いを取るのは卑怯だ。オレは一生下ネタなんて認めないし、やらない」と下ネタ嫌いを公言しており、かなりの葛藤があったようだ。

高速ベロで一世を風靡!
イジリー岡田と言えば、やはりアイドルの楽屋などで、私物などにぺろぺろする高速ベロ。誰もができそうでできないまさしくイジリー岡田独特の持ち芸です。

いかがでしたでしょうか?欽ちゃんを尊敬し、エロ芸が嫌いだったにもかかわらず、エロ芸でブレイク、確固たる地位を築くとか、人生どう転ぶかわからないですね。
しかし、今はエロ要素は一切なしの舞台などもやっているみたいです。エロ以外、高速ベロ以外のイジリー岡田も期待したいですね。
イジリー岡田 公式ブログ - GREE