作詞作曲:海藤節生 彼は1983年に行われた、初の武道館ライブの後、自ら脱退。
武道館大成功に、沸き立つHDキッズ達の知らなかった真実は、解散か、メンバーチェンジして、続行するかの合間で、メンバー全員が苦しんでいたということ。
岐路に立たされたリーダー大友が選んだのは、メンバーチェンジでした。
Hey Brother
海藤の脱退後に、発表されたバラード。
急遽、元TWISTの鮫島秀樹が、サポートメンバーとしてツアーに参加。後に、正式メンバーとなる。
彼は、たった一週間でセットリストをマスターしなければならなく、妻子を実家に帰してまで、練習に集中したそうです。
ラストヒーロー アフターコンサート
伝説の西武球場「TyphoonPartyTour1985」 大雨の中、白熱のライブ。
終盤の「ラストヒーロー」を熱唱中に、突然、花火が爆発し、大友が炎の中に飛び込んでしまい、瞼を負傷。
会場は、叫び声と泣き声で、騒然となる。
大友は痛みをこらえ、再び登場。
声を絞り出すように唄う「アフターコンサート」は、感動的だった。
ROAD
1987年リリースのアルバム、「BE QUIET」収録曲。
この翌年、1988年3月28日に東京ドームにて、日本人アーティスト初の単独ライブを開催。
また、同年4月4日、5日には、HoundDogと、人気を二分していたといわれているBOOWYが、解散ライブを行っています。
ラストナイト ラストタイム
1990年、「武道館15Days」を開催。
「ラストナイト ラストタイム」はデビュー当時から、ライブの締めくくりの曲として歌われ続けた名曲です。
リードギタリストであり、この曲の作詞作曲者である、八嶋順一のコーラスが、素晴らしい曲です。
1990年~1999年の10年に渡り、大友康平プロデュースのイベント「夢の島」を開催。
「大友康平命」と、背中にプリントされたハッピ姿の女性ファンや
大友を真似た、赤やブルーなど派手なカラーの、だぼだぼなスーツを着た男性ファンが多く見られました。
BRIDGE~あの橋をわたる時~
1992年リリース。アサヒスーパーDRYのCMソングとして起用され、同タイトルのアルバムが、、オリコン初登場第1位を獲得。
この前年には、紅白歌合戦出場者として、選ばれたものの
NHK側の「ff(フォルテシモ)」を歌って欲しいとの要求に、大友が反論。意見は受け入れられず、出場を辞退。
代理として、バブルガムブラザースが出場しました。
アカペラ PopCorn
2005年7月9日 「HoundDog日本武道館帰還」と題して、デビュー25周年、49回目の武道館ライブを開催。
これが、HoundDog,6人揃っての最後のライブとなりました。
思い出の武道館をバックに・・・
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事務所とのこじれから、裁判沙汰にまで発展し、HoundDogは現在、大友康平のみで活動していますが、
ギタリストであった西山毅は自身のblogで、昨年(2015年)7月9日(HoundDogメンバーとして、、
最後のステージとなった日本武道館帰還公演が行われた日)に、
「6人揃ってHoundDogの卒業式を行いたい」と、綴っています。