2026年、日本の南極観測は開始から70周年という大きな節目を迎えました。かつて人類未踏の地であった南極を目指した先人たちの挑戦は、今や日本の科学技術と探検精神の象徴となっています。その輝かしい歴史の裏側で、決して忘れてはならない「命の物語」があります。それが、南極観測隊とともに氷の大地を駆け抜けたカラフト犬たちの実話です。
株式会社ハート出版から刊行されている、児童文学作家・綾野まさる氏による『新装改訂版 南極犬物語』が、このアニバーサリーイヤーに大きな反響を呼び、2刷(重版)が決定しました。
15頭の犬たちが背負った「日本の夢」
1900年代初頭、南極はアムンゼンやスコット、そして日本の白瀬矗(しらせ のぶ)らが命を懸けて挑んだ探検の舞台でした。その後、国際的な協力体制の中で日本も本格的な観測に参加することになります。
当時、雪嵐が吹き荒れるマイナス40度の極寒の地で、重い荷物を運び、隊員の足となったのがカラフト犬たちです。彼らは単なる「作業用の動物」ではなく、隊員たちと寝食を共にし、心を通わせた家族のような存在でした。足の裏から血を滴らせながらも黙々とソリを引くその姿がなければ、当時の過酷な環境下での観測任務は達成できなかったと言っても過言ではありません。
悲劇の置き去りと、日本中を包んだ悲しみ
しかし、1958年。第一次観測隊から第二次へと引き継がれる際、想定外の猛烈なブリザードが観測船「宗谷」を襲います。交代を断念し、やむなく日本へ帰国するという苦渋の決断が下されたとき、そこには15頭の犬たちが鎖につながれたまま残されることになりました。
「新しい越冬隊の人たちを、しっかり助けてやってくれよ」
そう言い残して去らざるを得なかった隊員たちの断腸の思い。何も知らずに尻尾を振って見送ったであろう犬たちの姿。この「犬たちの置き去り」というニュースは当時の日本中に衝撃を与え、多くの人々が驚き、悲しみ、そして憤りに胸をえぐられました。食べ物もなく、鎖に繋がれたままの犬たちが生き延びる確率は絶望的にゼロに近いと考えられていたからです。
奇跡の再会、そして命の尊厳
それから1年。誰もが予想しなかった奇跡が起こります。第三次観測隊が再び南極の地に降り立ったとき、そこには逞しく生き抜いていたタロとジロの姿があったのです。
本書『新装改訂版 南極犬物語』は、このあまりにも有名なエピソードを、ノンフィクション分野で「いのちの尊厳」を描き続けてきた綾野まさる氏が、子どもから大人まで心に響く言葉で綴ったものです。2020年刊行の旧版を改訂し、より美しく保存性の高い「上製本」として生まれ変わった本作は、世代を超えて読み継がれるべき一冊となっています。
2026年、今なぜこの物語が必要なのか
南極観測70周年という祝賀ムードの中で、本作が重版となった意義は小さくありません。効率やテクノロジーが優先される現代において、人と動物の絆、そして一度は人間の事情で手放してしまった命が示した強靭な「生」の力は、私たちに多くの示唆を与えてくれます。
また、人気イラストレーター・くまおり純氏による装画は、厳しくも美しい南極の自然と、犬たちの温もりを見事に表現しており、手に取る者の心を優しく揺さぶります。
結びに:次世代へつなぐ「南極の記憶」
あの雪原で、犬たちは何を思い、何を見ていたのか。 歴史の教科書には載り切らない、一人ひとりの隊員と一頭一頭の犬たちの「心の交流」が、本書には詰まっています。
南極観測70周年。科学の進歩を祝うとともに、かつて白銀の世界に散った、そして奇跡を起こした命の物語に、改めて耳を傾けてみてはいかがでしょうか。『新装改訂版 南極犬物語』は、単なる過去の記録ではなく、私たちが今を生きる上で忘れてはならない「愛と責任」を問いかけています。
■【書籍情報】
書名: 新装改訂版 南極犬物語
著者: 綾野まさる(著)、くまおり純(イラスト)
仕様: A5判上製 168ページ
定価: 1,760円(本体1,600円+税)
発行: ハート出版