【古賀正明】セ・パ全球団から勝利!9シーズン38勝で達成したスゴい投手!

【古賀正明】セ・パ全球団から勝利!9シーズン38勝で達成したスゴい投手!

セ・パ交流戦が始まる以前、公式戦でセ・パ全12球団から勝利を挙げた投手はわずか3人です。その一人が、今回ご紹介する古賀正明。しかも、生涯成績38勝、現役生活わずか9シーズンで達成しています。あの江夏豊でさえも達成できなかった驚異的な記録。そんな古賀投手の各球団初勝利の軌跡を振り返ります。


全球団勝利を達成した投手はわずか3人

セ・パ交流戦がなかった頃、公式戦セ・パ全12球団から勝利を挙げるのは至難の技でした。交流戦があれば最低2球団に所属すれば達成できる記録ですが、交流戦がないと少なくともセ・パ各2球団(計4球団)に所属しないと達成できません。5球団を渡り歩いた大投手、あの江夏豊でさえも達成できなかった大記録。12球団になった1958年から交流戦が始まる前年の2004年までで、全球団勝利を達成した投手は以下の3人です。



野村収(1983年に達成)

古賀正明(1983年に達成)

武田一浩(2002年に達成)




中でも、古賀はわずか8シーズン目37勝で達成。しかも、達成した翌年には、生涯成績9シーズン38勝で短い現役生活を終えています。



古賀の全12球団初勝利の記録を、時系列で見てみましょう。

1976年5月26日 南海ホークス

古賀は、プロ入り前は、日大三高、法政大学の野球部に所属。1972年に丸善石油に入社し、都市対抗野球で活躍します。1974年に阪神タイガースからドラフト1位指名を受けますが、条件が合わず見送り。そして、1975年11月のドラフトで、太平洋クラブライオンズから1位指名を受け、プロ入りを果たします。



当時の太平洋は台所事情が苦しく、古賀は即戦力で一軍入り初登板1976年4月5日南海戦で、9回に2/3回を投げ、無失点の好投を見せます。その後は、リリーフ登板しても悉く失点を浴びるものの、5月5日の阪急戦では、先発初登板で延長10回1失点の好投。引き分けで勝敗はつかなかったものの、徐々に結果を残していきます。



そして、迎えた5月26日南海戦。先発登板で見事零封し、ついにプロ入り初勝利初完投勝利初完封勝利を同時に達成しました。

1976年7月3日 阪急ブレーブス

初勝利後は、先発ローテーションの一員を任され、6月25日の南海戦では再び完投で2勝目を挙げます。



前期は最下位に終わり、迎えた後期2試合目の7月3日阪急戦。この日も先発で登板し、エース足立光宏と投げ合う投手戦となります。両者完投を果たしますが、勝ったのは古賀。見事1安打1失点で、阪急から初勝利を挙げました。先発として結果を残し、徐々に主力投手としての地位を確立していきます。

1976年8月12日 日本ハムファイターズ

その後、チームは前期同様、下降線をたどる一方。古賀もなかなか勝利を挙げられず、7月終わって4勝9敗と散々でした。



8月12日日本ハム戦は、なんと先発の玉井信博を7回からリリーフ。2対2の同点のまま、9回が終わっても決着つかず、延長戦に入ります。相手ピッチャーは、奇しくも6回からロングリリーフした野村収。のちの全球団勝利の第一号投手です。結果は、13回表、太平洋が野村を攻略して2点勝ち越して勝利。古賀はロングリリーフで7回を投げ、日本ハム戦初勝利を挙げました。

1976年9月15日 ロッテオリオンズ

ロッテは、ここまで3連敗と最も相性の悪いチーム。しかし、9月15日ロッテ戦は先発で起用されます。相手は、マサカリ投法のエース村田兆治。結果は、太平洋打線が村田をノックアウトし、古賀は、見事二度目完封勝利を挙げました。



プロ1年目は、近鉄バファローズを除く4球団から勝利を挙げ、1976年のシーズンを終了します。個人成績は11勝13敗1S 防御率3.10と新人賞にも値する結果でしたが、チームは前期・後期ともに最下位。翌年、クラウンライターライオンズにチーム名が変わります。

太平洋クラブライオンズ 古賀正明投手

1979年9月5日 近鉄バファローズ

クラウンライターの1977〜1978年は、初年度ほどの成績は挙げられず、特に近鉄相手には入団以来0勝7敗と散々でした。西武ライオンズに変わる前年、多くのトレードが敢行され、古賀は倉持明とともにロッテオリオンズに移籍します。



ロッテでは、主にリリーフとして活躍。9月5日近鉄戦では、6回からリリーフし、最終回まで無失点の好投を見せます。最後はロッテが勝ち越し、ずっと勝てなかった近鉄からついに初勝利を挙げました。

1979年10月11日 西武ライオンズ

そして、10月11日には、古巣ライオンズ戦に初先発します。優勝争いから外れた2チームの消化試合でしたが、古賀は見事完投勝利。古巣への恩返しを果たします。



これで、パ・リーグ全6球団から勝利!



結局、移籍1年目は、4勝3敗2S、防御率2.48と好成績でシーズンを終えました。しかし、ロッテとの契約はこの1年で終了。今度は、小川清一とともに、セ・リーグ読売ジャイアンツに移籍します。

1980年5月11日 大洋ホエールズ

巨人では、先発、中継ぎ、抑えとフルに活躍。特に、前半戦抑えで大活躍し、5月9日には、先発江川の後の3回を零封。巨人で初セーブを挙げます。5月11日大洋戦では、味方が勝ち越した8回から登板。2回を無失点に抑え、見事大洋戦初勝利を挙げました。ここまでの防御率は、なんと1.80。移籍早々好調を続けます。

1980年6月12日 広島東洋カープ

6月12日広島戦は、江川が早々にノックアウト。その後を鹿取が投げ、1点ビハインドの8回から古賀がリリーフします。土壇場で巨人が同点に追いつき、試合は延長戦へ。相手投手は抑えの切り札、江夏豊です。古賀が10回表まで無失点に抑えるとその裏、ホワイトがサヨナラホームラン!古賀が抑え対決を制し、見事広島戦初勝利を挙げました。ここまで2勝2S防御率1.17と絶好調です。

1980年8月15日 中日ドラゴンズ

ところが、7月以降はリリーフに失敗するようになり、負けが続きます。そして、8月からは先発主体に転向。8月15日中日戦も先発で登板します。3回に3点を許しますが、味方打線の援護もあり、その後は抑え切って完投。中日戦初勝利を収めました。

1980年10月1日 ヤクルトスワローズ

10月1日ヤクルト戦も先発で登板。味方が2回までに5点を挙げ、自身は5回3失点で勝ち投手の権利を持ったまま降板します。最後は、鹿取、角の黄金リレーで、見事ヤクルト戦初勝利を挙げました。



セ・リーグ1年目は、阪神タイガースを除く4球団から勝利を挙げ、1980年のシーズンを終了します。しかし、巨人との契約も1年で終了。再びトレードで、今度は横浜大洋ホエールズ移籍します。

古賀 正明(横浜大洋ホエールズ) | 個人年度別成績 | NPB.jp 日本野球機構

1981年5月29日 阪神タイガース

大洋でも、先発、中継ぎ、抑えとフルに活躍。5月29日阪神戦では、1点ビハインドの8回から登板しますが、9回表に追加点を許してしまいます。ところがその裏、味方打線が爆発。3点を取ってサヨナラ勝ちを収めました。前年勝てなかった阪神から見事初勝利です。



全球団勝利まであと1球団となりました。

1983年10月4日 読売ジャイアンツ

大洋に移籍して3年目の1983年10月4日。この日は、巨人戦に先発登板し、6回まで0点に抑える好投を見せます。7回に点を許しますが、勝ち投手の権利を持ったまま降板。最後は斉藤明夫が抑え、見事巨人戦初勝利を挙げました。



これでついに、セ・パ全12球団から勝利!



8シーズン目の37勝目での達成は、超省エネ記録です。同じ年の5月15日に野村収が達成しており、史上二人目の快挙となりました。



古賀本人はこの快挙を「流れ者の勲章」と称しています。

富士大学野球部コーチとして活躍する古賀正明

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