バラクーダって?

1974年に『ダスターポット』残党の岡本圭司さんとベートーベン鈴木さんのコンビで結成されたコミックバンドが「バラクーダー」の始まりになります。(※最初はクーダーと伸ばした読み。)
メンバー
岡本圭司(おかもと けいじ)

作詞担当のリーダーで愛称は「社長」
岡本さんは、横山ノックさんに誘われ、ノックさんの弟子の横山やすしさんの相方として短期間ながら漫才コンビを組んでいました。(初舞台を前に解散)
及川ちかし(おいかわ ちかし)

左から及川おさむさん・岡本さん・及川ちかしさん
1995年からの再結成メンバーでエレキベース・編曲担当。
1970年から『仲野彰とニューシャープス』『チャーリー石黒と東京パンチョス』等、ビッグバンドの楽団員を渡り歩っていた方になります。
おさむ
※個々の画像が無かった為、及川ちかしさんのメンバー写真を参照に・・・。
1995年からの再結成メンバーで、及川ちかしさんの弟さんになります。
エレキギター担当で、アフロヘアーだった事から「ジャンボ具志けん」の名で活動していた時期もありました。
昭和期メンバー ベートーベン鈴木( ベートーベン すずき)

1986年の解散までの初期のメンバーで作曲担当。
おかっぱ頭が特徴で、『バラクーダー』解散後はシンガーソングライター兼ギター漫談家(東京演芸協会所属)として現在も活動中。

1979年12月に自主制作しリリースした「日本全国酒飲み音頭」72万枚のヒットを飛ばし当時は宴会ソングの定番化とされていました。
この曲を聴いた時は、私も小学生の頃で、確か遠足の時にバスの中で友人がアカペラで歌っていたのが最初でした。
何でもオヤジに教わったとかで、そいつのオヤジも相当な吞兵衛だったのかもしれません💦
ガキのくせにクラス全員が大笑いしていたのを思い出します・・・。
チャカ・ポコ・チャ

そして1982年にリリースしたセカンドシングル「チャカ・ポコ・チャ」もハチャメチャな曲でした。
「チャカ・ポコ・チャ」も40万枚のヒット作品になったんですよ💦
で、ミュージックカセットテープですが、ミニアルバム的な形でも発売されていたんです。

そしてそして、1985年には、「演歌・血液ガッタガタ」をリリースされています。
こちらの「演歌・血液ガッタガタ」は、50万枚のヒットとなり、第18回全日本有線放送大賞・特別賞を受賞もされていました。
この曲、飲み屋に行くと、カラオケで酔っぱらったオッサンがよく歌っていました💦
他にも・・・。

ヒット曲以外にも「愛しの中年」や「愛しのヒニー」「い・る・い・る’83」等々とにかくハチャメチャな曲が多かったのを覚えています💦
バラクーダー解散!

岡本圭司
3年毎に連続ヒットを飛ばしていた「バラクーダー」ですが「演歌・血液ガッタガタ」のリリースを最後に1986年に一旦解散されました。
メンバーの岡本さんとベートーベン鈴木さんは、個々の活動に・・・。
因みに、再結成時のメンバーも含めて歴代メンバーは全員プロのミュージシャンになります。
再結成!

10年の時を経て1995年に岡本さんは、『ミュージカルぼーいず』残党の及川兄弟を交えて『中小企業楽団 バラクーダ』として再結成されました。
阪神タイガース酒飲み音頭2003
再結成後、2003年5月8日リリースしたのが「阪神タイガース酒飲み音頭2003」で、こちらの曲は、「日本全国酒飲み音頭」をタイガースバージョンでアレンジしたモノでした。
2カ月で4万枚以上のプチヒットしていました。吞兵衛とタイガースファンには、最高の曲ですよね💦

2003年10月22日には「日本全国酒飲み音頭」をチョットアレンジした「帰ってきた酒飲み音頭」をリリースされていました。
2カ月で1万枚のプチヒットしていました。
バラクーダの現在は?
勿論、バンドとして活動をされていますが、あまりメディアに登場しません💦
音楽番組が少なくなった事もありますが、全員がプロのミュージシャンの為、個々で作曲家・編曲家としての活動や漫談・スタジオミュージシャンとしても活動をされてるそうです。
最後に・・・。

皆さんも機会があったらカラオケで歌ってみてはいかがでしょうか?
若い世代の方は、知らないのでウケるかもしれませんね💦
また面白そうなネタがあったらまとめてみたいと思います。
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