マルチな活躍ぶりをみせた小川知子さん
小川知子さんのプロフィール
小川知子さんというと同姓同名のアナウンサーを思い浮かべてしまうミドルエッジ世代も多いかもしれませんね。
彼女はTBSのアナウンサーとしてご活躍され、現在は総合編成本部アナウンスセンターの部長を務めているといいます。元アナウンサーの小川知子さんも有名人なのですが、今回の記事では、女優・小川知子さんのことを振り返っていきます。
小川知子さんの経歴
1949年、広島県広島市に生まれた小川知子さん。三歳のときに東京に転居され、北区王子にて幼少期を過ごしました。
1960年、小学5年生のときに東宝児童劇団に入り…
こちらの作品に出演されて芸能界デビューします。
その後も、子役として当時は数々のテレビドラマに出演されています。
中学生のときには…
日本テレビ系列放送のバラエティー番組『九ちゃん!』
こちらで司会としても活躍されました。
1965年 TBS系列放送の音楽バラエティー『夢のスタジオ』
こちらでは歌手・久保浩さんとコンビで司会を務め、その翌年にはお二人で歌った…
こちらの楽曲をリリースしています。
その年にはスカウトを受けるかたちで東映に入社。
同年公開の映画『悪魔のようなすてきな奴』
こちらの作品に出演され、本格的に女優としても活動されるようになります。
1967年公開の映画『大奥(秘)物語』
こちらのご出演で、小川知子さんは官能的なカットに挑戦してエランドール賞・新人賞を獲得されています。
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しかし、彼女は青春路線をやるという約束で東映に入社したはずなのに、違う方向に進んでいく現実に違和感を覚えるように。
次回作『尼寺(秘)物語』の出演が持ち上がると、彼女は当初の話と違うと単身で東映本社に乗り込んで東映との契約を解消しました。
こちらの楽曲はオリコンで一位を獲得し、彼女の歌手としてのキャリアを代表するものとなります。なぜか遠く離れた南米コロムビアにおいても『ゆうべの秘密』は『Amor japonés』のタイトルでヒットし、AKAINA AKAMOTOという歌手が歌ったことになっています。
NHK紅白歌合戦には、1968年から1970年まで3年連続で出場されましたね。
1969年には、当時、恋人として交際していたレーシングドライバー兼モデルの福澤幸雄さんが事故死。当時、フジテレビ系列で放送していた歌番組『夜のヒットスタジオ』の収録中…
こちらの楽曲を歌って泣き崩れてしまったのは、テレビ業界に衝撃を与え、現在でも伝説的なエピソードとして語り継がれていますね。
1970年代に入っても、小川知子さんは歌手・女優としてテレビドラマを中心にご活躍。
1971年公開の映画『別れの詩』
小川知子さんはこちらの作品でも官能的な場面に挑戦。
『大奥(秘)物語』のときより更に成長を果たした彼女。その魅力は、大人の女性として完熟した雰囲気を放っていますね。
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1975年には大手の芸能事務所から離れ、当時では珍しく個人事務所を設立しています。
講談社フライデー事件 - Wikipedia
当時、講談社フライデー事件における彼女の抗議活動のインパクトは凄かったですね。
1994年 TBS系列放送のドラマ『命ささえて―ママ、パパはエイズなの?』
こちらの作品では、日本民間放送連盟優秀賞を獲得されていますよ。
2010年からは幸福の科学の月刊誌『アー・ユー・ハッピー?』にてエッセイを連載。
一時は幸福の科学を脱会したといったウワサもありましたが、現在も熱心な信者として活動されているようです。
小川知子さんの主な出演作品
映画
『大奥(秘)物語』
内容&あらすじ