1994年に東北大学の軽音楽サークル「アステロイズ」にて結成。バンド名は、当時ロンドンに実在した劇場名に由来している。
1995年よりバンド自身がプロデュースするクラブイベント『シュガーボウル』を仙台市内で定期的に開催。
2000年より活動休止。
2018年より始動準備に入り、2019年より活動再開。
メンバー
林岳彦 (ギター、ボーカル)
臼井正一郎 (ベース)
山下哲 (ドラムス)
長谷川敦士 (ギター、ボーカル)
旧メンバー
石山啓太郎
石川太朗
P-MODEL(ピー・モデル)
1979年1月1日結成。オリジナル・メンバーは「マンドレイク」から平沢進、田中靖美、田井中貞利、そして彼らのファンだった秋山勝彦。ステージでのデビューは同年3月下北沢ロフト。ヴァン・ヘイレンの来日ライブの前座を務めたことで人気に火が点き、同年7月シングル『美術館であった人だろ』でメジャーデビューした。
2000年12月、「培養期」と呼ぶところの活動休止状態となったことが宣言された。表向きは活動休止だが、事実上の解散。
2004年、平沢一人が「核P-MODEL」なる名義で断続的に活動開始。
アルバム「ビストロン」発表、ライブ「トーキョービストロン」を行った。
メンバー
平沢進(ボーカル、ギター) 1954年4月1日(64歳)2019年2月、「ICE-9」以来となる「ギター・アルバム」の制作が、公式Twitterから予告。
旧メンバー
田中靖美(キーボード)脱退後は音楽から身を引き、アジア、アフリカの物品を取り扱う会社を経営しているが、2013年に核P-MODELの一部楽曲に参加。
田井中貞利(ドラムス)平沢ソロライブ「エラーフォース」に参加したのを最後に音楽から引退。
秋山勝彦(ベース)ソロ活動after the rainとして活動中。
菊池達也(ベース)佐久間と改名してレコードショップを経営していた。P-MODELのファンイベントにDJとして参加することもある。
三浦俊一(キーボード)
横川理彦(ベース)小西などとともに4-D mode1、ことぶきはプノンペンモデル、藤井はザ・グルーヴァーズ、上領はNeoBalladで活動中。
荒木康弘(ドラムス)恒松正敏GROUPのメンバーとして音楽活動。
中野照夫(ベース)
高橋芳一(システムズ)
ことぶき光(キーボード)
藤井ヤスチカ(ドラムス)
上領亘(アルゴリズム)
福間創(システム1)
小西健司(システム2)
TAINACO(ヴァーチャル・ドラマー)
BAISER(ベーゼ)
1991年5月、紫を中心に結成。
1999年5月、渋谷公会堂での初のホールワンマンが発表されていたが、桂の病気により急遽中止。振り替え公演が赤坂BLITZで行われた。
2000年解散。
メンバー
紫 -YUKARI-(Vocal)
泰祐 -SHAISUKE-(Bass)2001年7月16日、逝去。
桂 -KATSURA-(Drums)
水月 -MIZUKI-(Guitar)
零 -REI-(Synth guitar)
旧メンバー
秀楼-HIDEROW-(Guitar)
茜-AKANE-(Guitar)
灰二-HAIJI-(Bass)
俊美-TOSHIMI-(Drums)
アキヒロ-AKIHIRO-(Drums)
ポケットビスケッツ(POCKET BISCUITS)
1995年10月20日、バラエティ番組、『ウッチャンナンチャンのウリナリ!!』から誕生した音楽ユニット。
1995年から2000年まで活動し、同年より活動休止中。 2018年8月25日、同局の24時間テレビにて一夜限りの復活を果たす。
メンバー
TERU(内村テル)内村光良。プロデューサー、リーダー、キーボード担当。南々見一也が経営する「居酒屋ナミちゃん」の雇われ店長として登場。
CHIAKI(坂本千秋)演者は千秋。ボーカルと作詞を担当。テルと同じく「居酒屋ナミちゃん」の店員。
UDO(独活野大木(うどのたいぼく))キャイ〜ン・ウド鈴木。ショルダーキーボード、ギター、エレクトリックドラム担当。南々見一也のスタッフであったが、厄介払いされるような形でポケットビスケッツに加入。
最後に・・・
LUNA SEA【ジャケットC】
いかがだったでしょうか?
次回からは1970年代もまとめてみたいと思います。
おすすめ記事
2000年に解散してしまった!!日本のバンド・グループ・ユニット!!(前編) - Middle Edge(ミドルエッジ)
1999年に解散してしまった!!日本のバンド・グループ・ユニット!!(後編) - Middle Edge(ミドルエッジ)
1999年に解散してしまった!!日本のバンド・グループ・ユニット!!(前編) - Middle Edge(ミドルエッジ)